#6
《今日は残業 遅くなりそう》
送られてきたメッセージは絵文字も何もないそっけない文章だった。
文字だけだと感情が伝わらない気がして嫌だ、という彼のこの文章。
あぁ、仕事の合間に送ってきたんだな、と分かった。
それならもう少しのんびりしていればよかったかな、と思いながら私はソファーに腰を掛ける。
本を読もうか、テレビを見ようか……
そんなことを考えながらも私は無意識に携帯を触っている。
メッセージアプリを起動させて「兄ちゃん」の連絡先を呼び出したままその画面を見つめて私はため息をついた。
会いたい。そう一言言ってしまえば終わることなのに。
マスターたちの好意を無駄にしたくはない、という気持ちもあるが、なにより怖かったのだ。
メッセージを送ったところで受信拒否されていたらどうしようとか考えることが。
カーソルだけが点滅するその画面を閉じると私は大きく伸びをしてソファーに横になった。
こんなはずじゃなかったのにな。
ふとそんな感情が込み上げてきた。
そう、こんなはずじゃなかったんだ。
私は「兄ちゃん」に会って自分の思いを伝えて、過去の弱かった自分とさよならして新しい自分を迎え入れたかったんだ。
そのためにあの世界へ再び行くようになった。
いまさら過去に投げ捨てた夢を追いかけようなんて思っていない。
ただ過去に逃げるように投げ捨てた思い出をきちんと思い出にしたくて、自分の過去を苦しい思い出にはしたくなくて、気持ちを整理するためにもこの世界へやってきたはずだった。
それがどうだ。
数年ぶりのふぅちゃんやルコとの再会は素直に嬉しかった。
例の喫茶店のマスターや桃華さんをはじめとするプラネットの人たちと出会えたこともよかったと思っている。
それでも変わってしまった世界に、歌を奪われる、という聞いたこともない事件。
その被害者の弥生さんに会いに行ったことで胸に渦巻く感情。
ルコや桃華さんの悲しげな表情やふぅちゃんに対して抱く違和感はふとした時に思い浮かんでしまって、私は盛大にため息をついた。
こんなはずじゃなかったのに……
私は心の中でもう一度呟く。
そして、弥生さんに、桃華さんや、本気で心配してくれている千草に申し訳なく思った。
「最低、だ」
誰に言うわけでもなく呟く。
静かな部屋に響く自分の声はひどく掠れていて、そして震えていた。
現実から目を逸らしたくて固く目を閉じるが、罪悪感はもちろん消えることなんてない。
私は最低だ。
私が抱いた怒りに似た感情や胸の痛みは嘘なんかではなくて純粋に私の感情だった。
それでもそんな想いを抱きながらも私はこの状況をどこかで楽しんでいた。
非日常的な状況に胸が高鳴っているのが自分でもわかったんだ。
そして気付いてしまったんだ。
退屈なこの現実世界にない非日常的な出来事にワクワクしていることに。
うー、とクッションに顔を埋めて足をバタつかせながら込み上げてくる苛立ちを逃がそうともう一度深くため息をつく。
そしてそのままゆっくりと目を閉じた。




