#2
いろいろ思うことはあったが、考えていても始まらない。
私は洗濯を回し、その間に食器を洗って部屋中の片づけを始めた。
自分でもわかるくらいに昨日に比べて時計を見る回数は増えていた。
それもそのはずだ。
昨日の行動を思い返せば、午前中かけて家のことをやってしまい、買い物に行って帰って夕飯の用意をしただけでもう一日が終わったのだ。
昨日一週間分の食材を買ったから買い物をする必要はないが、それでも気持ちが急くのは私は行かなくてはいけない場所があって、そしてどうしても確認したいことがあったのだ。
部屋の片づけをしている間に終わった洗濯物を干したら大体のことは終わって、着替えをすませると私は例の病院へと向かった。
そこは名前はよく聞く大きな総合病院で、私も何度も足を運んでいた。
私自身はこの病院でお世話になったことはないが、祖母がこの病院に通院していて、よく付き添いで一緒に行っていた。
そのほかにもいとこが生まれたときや、友人が入院したとき、ここへよくお見舞いに来たものだから始めてくる人は迷子になるであろう複雑な構造の院内ももうなんの案内もなく歩き回れるくらいにはこの病院のことを知りつくしていた。
教えてもらった病室へ行くと、そこには一人の少女が窓を眺めていた。
そしてその隣にいた母親であろう女性が私に気付き小さく頭を下げている。
「あの……。はじめまして。私、紅野信子といいます。水無月弥生さんとはとあるゲームで仲良くしていただいていてよく連絡を取り合っていたのですが…… 最近お互いに連絡することがなくなってしまって友人に聞いたら、いま入院されていると聞いたもので」
わざわざありがとうございます、とにこやかにほほ笑む女性の表情はだいぶやつれて見えた。
「もう三年になります。いつものように学校から帰ってきてすぐにゲームを始めたみたいなんですが朝、彼女を起こしに行ったら、倒れていてそのまま…… 」
彼女を見て、魂を抜かれる、というマスターの言葉の意味がようやく分かった。
確かに彼女は魂を抜かれたようにただ窓の外を見つめていた。
いや、焦点はあっていないから見つめているわけではないのだろう。
「話したり、言葉に反応したりとかは? 食事とかは摂れるんですか? 」
私の問いかけに女性は力なく首を横に振った。
「この子は生きているようで、この管に生かされているんです」
どうして、と泣く女性にかける言葉は見つけられなかった。
まさか、あなたの娘さんはゲーム内で誰かに殺された可能性があります、なんて言えるわけがない。
ただでさえ苦しんでいる彼女をこれ以上追い詰めて何になるのだろう。
私は弥生と呼ばれる彼女のそばへ行き、彼女の視線に合わせて屈むと私は彼女を抱きしめた。
「待ってるから。ずっと待ってるから。…… また、一緒に笑える日を」
母親のすすり泣く声を聞きながらしばらく抱きしめると、私は立ち上がり彼女に頭を下げた。
「また弥生に会いに来てやってください」
深く頭を下げる彼女に「もちろんです」と返して病室を出た。
込み上げてくる感情を何とか抑えて足早に車へと乗りこむと途端に涙が止まらなくなった。
彼女のことは何も知らない。
会ったことなんて一度もなかったし、もちろん連絡なんて取り合っていない。
マスターに病院の住所と部屋の番号を教えられただけでゲームではどんな名前だったのかもわからないし『水無月弥生』という名前も病室の扉の前で名札を確認しただけだ。
ただの他人でしかないはずの少女にどうしてここまで胸が痛むのか …… 。
あんな姿を見てしまったからだろうか。
そんなことを考えながらしばらく泣き続けてから私は車を走らせた。




