#4
「静かにしてっ。歌を歌わないで。……殺されたくないでしょう」
そう言われて解放された彼女は今にも泣きだしそうな表情をして、ほらね、と肩をすくめると「もうしないんで、帰っていいですか?」ともう一人の人物に尋ねた。
「手荒な真似をしてごめんなさい。……お気を付けて」
丁寧に頭を下げるその人物と私に背を向けると彼女はひらひらと手を振りながら帰っていった。
「気を付けて、リーちゃん」
深く帽子をかぶっていたその人物が帽子を取ると、目の前には見知った少女がいた。
茶髪のショートボブ。女子力よりも走りやすい服装、といつもタンクトップにショートパンツの彼女・ルコ。
漢字で書くと瑠璃色の瑠に琥珀の琥で瑠琥と書くらしいが、本人はカタカナの方が読みやすいらしい。
「久しぶり、リーちゃん」
「ルコ……。なんかだいぶ大人っぽくなったね」
容姿なんてあってないようなこの世界。
それでも数年前と変わらない容姿のはずの彼女が大人びて見えたのは気のせいではなった。
「そりゃぁ、リーちゃんが仲良くしてくれていたときの私は中学生だったもん。……もう今や就活に追われる忙しい高校三年生だよ」
はは、と苦笑する彼女はどこか疲れた顔をしていて、時折すごく悲しそうな表情をするのが見ていて辛い。
数年ご無沙汰だった私が言えた立場ではないだろうけど、彼女は妹のような存在なのだ。
「なにがあったの?何があってルコはそんなに辛そうにしているの? 歌が奪われたってなに? この世界はどうなっちゃったの? 」
そんなにまくしたてるつもりはなかった。
しかし話しているうちにだんだんと感情が高ぶってしまった。
気付くとそれまで笑顔を崩さなかった彼女の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。
拭っても拭っても涙は止まらず、彼女はずっと苦しんでいたのだという事実だけが突き付けられた。
しばらくすれば泣きじゃくっていた彼女も落ち着いてきて、涙でぐちゃぐちゃになりながらもいつもの笑顔を見せてくれた。
「ここだとちょっと危険かもしれない。……行きつけのカフェがあるの」
そう言われて連れて行かれたカフェはカフェっぽくありカフェっぽくないな、と思った。
店内自体は綺麗で落ち着いている。
ではなぜカフェっぽくないのか。
そもそも暗証番号制のカフェって言うのが怪しさ満点なのだが……。
店員は口喧嘩ばかりで、店内には焦げたにおい。マスターであろう女性はあまりにも危なっかしくここに来た数分で何枚も皿を割っていた。
落ち着いた店内は店員によって賑やかになっているのだ。
聞くところによると、このカフェはカフェでありカフェでないらしい。
このカフェに店員も客もいない。この空間にいる人は誰もが家族なのだ、というぬくもりを与える空間らしい。
そして彼女たちにはもう一つの姿を持っていた。
「私たちはルコさんのことを信用しています。なので私たちが知るすべての情報をあなたに教えます」
マスターのその言葉にそれまで騒々しかった店内が途端に静かになった。
ピリッとした緊張感さえ漂う中で、私はこの世界の現状を知ることになる。




