#3
日付が変わる頃に千草はもう寝なきゃ、としぶしぶといった感じでゲームを中断して、すぐに眠りについた。
眠ってしまったことを確認して私は布団から抜け出すと、例のゲーム機をセットしてもう一つの世界へと行く。
一瞬の眩い光の後に広がる光景はやはり静かで少し不気味だった。
とりあえず私は例の喫茶店へと向かったが、その店には準備中の文字が浮かび上がっていて、私は自分がよく使っていたライブハウスへ足を運んでみた。
どうやらライブ最中のようで、外にいても聞こえてくる歌声と歓声にホッとする。
自分がよくここへ遊びに来ていたときはこれが普通だったのだ。
どこからも歌声と歓声が聞こえてきたし、いろんなところから甘い香りが漂っていた。
みんないろんなことを楽しんでいて、そんな人たちを見るたびに素直に自分の趣味を極めようとしている人たちをかっこいいと感じていた。
毎日がキラキラして見えていたのは、この世界しか見えていなかったからだけではなかったと今なら言える。
みんながキラキラしていて、私もそうなりたくて、どこを見ても全てがキラキラして見えていたんだ。
しばらく宛もなく歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきた。
それはライブとはまた違うもので、誰かのために歌っている、というよりは口ずさんでいるみたいな……。しかし、綺麗で透き通った歌声はのびやかでそれが『誰かに聞いてもらう曲』でないことが少し残念にも思える、そんな歌声。
私はその声を辿っていった。
歌っていたのは十代後半から二十代前半であろうか大人びた印象の女性だった。
腰まである髪の毛は吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な黒で、緋色の瞳がにらみつけるように私をじっと見つめていた。
「あ、の……。ごめんなさい。私、リーネといいまして。えっと……歌が、綺麗だったからつい」
思ったままを素直に伝えると、それまですこし冷たい印象だった女性はプッと吹き出し笑った。
「久しぶりに会えた。……歌が好きな人に」
呟くように言う彼女の表情は曇っていて、どこか遠くを見ていた。
ドキリと胸が高鳴ったのを感じた。
一つ一つの仕草も表情も綺麗で、言葉を失ってしまう。
ちらりとこちらを見るその女性は少しだけ困ったように笑って肩をすくめた。
私がどうかした?
言葉にしなくてもそう言われたのがよく分かった。
それくらいには私も彼女のことをまじまじ見ていた、という認識はあったんだ。
「あなたは、新しい人?」
「数年前はライブハウスでよく歌ってました。でも、仕事やプライベートが忙しくてなかなかここに来ることが出来なくなって、ここに来るのは本当に久しぶりなんです」
そう。と短く返してきた彼女は何かを言いかけて口を閉ざした。
昨日感じた違和感と何か関係があるのかもしれない。
でも、彼女の表情はひどく苦しそうであまり問い詰めるのもよくないのかな、と思ってしまった。
そう思ってしまえば会話は自然となくなる。
「奪われたの」
彼女が突然口を開き出したのは、沈黙に耐えきれなくなりもう勢いで聞いちゃおうか、と思っていた時だった。
「奪われたって、何を?」
「歌。この世界から歌が奪われた」
彼女の言っていることに理解するにはあまりにも時間がかかった。
仕方のないことだろう。
だって私たちはその奪われてしまったという歌に導かれて出会ったのだ。
それにその少し前にも私はライブハウスで賑わっているのをドアの外からではあったが聞いている。
納得していない、きっと私はそれを露骨に表情に出していたんだと思う。
そうよね、とため息をついた彼女が、今度は先ほどよりすこし大きめの声で歌い始めた。
すると、茂みから何者かが現れあっという間に彼女の口を塞いだのだ。




