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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
月曜日~変わる世界
11/35

#2

 しばらくすると「今から帰るね」と千草から連絡が入り、私は夕飯の準備をしながらお風呂を沸かした。

 会社までは徒歩で行ける距離だ。

 もちろん連絡してから帰ってくるのも早い。

「ただいまー」

「おかえりなさい。お仕事お疲れさま」

 お風呂はまだ湧いてないから先に夕飯をすませちゃおう、と二人でキッチンへ向かい私はいそいそと温め直したおかずをテーブルの上に並べる。

「へー、美味しそうじゃん」

「数ヶ月にわたって花嫁修業しましたからね」

 そんなやり取りをして私も席に着き「いただきます」と声を合わせると、今日一日の報告会が始まった。

 数年後にはこの報告会の主人公はきっと子供になっているんだろうな、なんて考えながら私は千草の話を聞いていた。 

 数ヶ月前までは同じ職場で私も働いていたから仕事内容も作業者も知っている。

 話を聞いていて退屈をすることはなかったし、相変わらずなメンバーに思わず笑うこともあった。

 おかずを頬張りご飯をかきこみながら一生懸命一日の出来事を話す千草を見て私は不思議な気分になる。

 うまく言葉にできないが、不思議な気分なのだ。

 まるで現実味がない。まるでおままごとをしているかのような感じ。

 それでも私たちは私たちの家で私の作ったご飯を食べていて、薬指に光る指輪がこれは夢ではないのだということを教えてくれていた。

「ごちそうさま。おいしかったよ」

「ありがと。片付けておくから千草はお風呂入っちゃってね」

 はーい、と返事が遠ざかっていくのを背中で感じながら私は食器を洗ったりごみを片付けたりと動き回る。

 この数ヶ月で台所に立つことはもう慣れてしまってあまり台所に立つことのなかった数か月前に比べれば割とてきぱきと動けている方だと思う。

 やればできる子なんだよ、私。

 なんて少し得意げになりながら、台所の掃除を終わらせる。

 ただごろごろしてるだけのように感じていた主婦っていう役目も案外大変だな、と台所の電気を消して私はリビングへと向かった。

 ココアでも飲んでくつろごうとソファーに腰を下ろすと短い電子音とバイブの振動がポケットから伝わってきた。

 なんとなく誰からかは想像がつくが、とりあえずSNSのアプリを開いてみれば案の条ふぅちゃんからだ。

《何時に来るの?》

 少しの恐怖と同時に芽生えるめんどくさいという苛立ち。

 私はため息をつきながら返事を返すことなく通知が来ないように設定をし直す。

 問い詰められたら、気付かなかったと一貫すればいいだけのことだろう。

 入れたばかりのココアを啜って、再びため息をついた。

 今の生活は穏やかで好きだ。

 しかし彼女の存在が瞬間的にあの薄気味悪い感覚の恐怖を思い出すことになる。

「なにかが、変わった気がするんだよなぁ……」

 誰に言うわけでもなく呟くと、背後から「なにが?」と声が聞こえ、私は大きく跳ね上がった。

 勢いよく振り返ればそこにはきょとんとした表情の千草がいて私は思わず笑った。

 なんだよ、と困った表情の千草に「何でもない」と返して、私は一つの袋を千草に渡した。

 それは一緒に暮らす前からずっと欲しいと言っていたゲームだった。

 シリーズもののそれもゲーム機本体を持っていなくてできずにいたらしく、暮らす前はしつこいくらいにゲーム機を持って来てくれ、と言っていた。

 私自身ゲームはよくやる方だし、まだクリアできていないゲームも数多くあるから言われなくても持っていく気満々だった。

 欲しい欲しい、と言いながら、いざ一緒に暮らす準備を始めると、家電や生活用品なんかでお金はどんどん消えていった。

 このあと出産に子育てとまだまだいろんなことが待ち構えていると思うと贅沢はできない、と思ったのだろう。

 彼の口からそのゲームの名前が出てくることがなくなってしまったことが私は気になっていた。

 妊娠がわかってからの彼は、八年ほど勤めている職場で面倒くさいという理由でずっと避けてきた上に上がる道を選び、嫌っていた会議にも積極的に行くようになった。

 残業も倒れてしまうのではないか、というほど毎晩していて、私たちを守るんだと強く思ってくれていることがすごく伝わってきた。

 しかし私はというと食事の栄養面や体重増加を気にしたり、多少運動はするものの基本は家で好きなようにやっている。

 子供が生まれたら忙しくなるのだから、今は十分に体を休めなくてはいけないのだ、という母の言葉はその通りなのかもしれないが、どこかで彼ばかり大変な思いをしている、という罪悪感に似た感情は拭いきれない。

 たった一日の休日は引っ越し作業。そして疲れが取れないままに仕事、という日々だった彼に引っ越し作業が落ち着いたいま、少しの間でも自分の好きなことを好きなようにやってほしい。

 そうして思いついたのがこのゲームだった。

「え、これ」

 驚いた表情の千草はパッケージを眺めながらしばらく固まった後で、ぱぁっと笑顔を浮かべて「ありがとう」とふにゃりと笑う。

 その笑顔だけで私は心の底から、よかった、と思った。

「私、そのゲーム知らないんだよね。どんなゲームなの?」

 そう尋ねてみれば彼は楽しそうにゲームの話をしてくれた。

 どんなキャラがいて、自分はどんなキャラが好きで、前作はどんな話だったのか……。

 話しても説明しきれない、と結局ゲームを始めた彼の隣で私は彼の話を聞きながら彼のやるゲームを見る。

 退屈なんて全然しない。

 こんな穏やかな時間が私は本当に好きだった。

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