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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
月曜日~変わる世界
10/35

#1

 翌朝、真っ先に目に入ったのはまだ見慣れない天井だった。

 不思議なほどに、こうして生活を送ってもまるでこれが夢のように感じてしまう。

 隣で眠る千草を起こさないようにそっとキッチンへ向かい時計を見ると午前六時になろうとしていた。

 会社は徒歩でも行けるほどの近距離で、朝もそんなに早起きしなくてもいいのだが、朝は朝でゆっくり朝食を取りたい、とアラームは六時半にセットされている。

 とりあえず私は家を出るときに「栄養に気をつけなさい」ともらったフルーツと昨日思い出して買ったヨーグルトを冷蔵庫から取り出して一口サイズにフルーツを切りヨーグルトであえた。

 朝のフルーツは大事だとよく母に言われて飽きるほどに毎朝出てきたデザート。

 飽きたはずなのにないとないで物足りなく感じてしまうのが不思議で可笑しくてつい笑ってしまった。

 昨夜食べ散らかしたままのごみを片付けてテーブルの上を綺麗に拭くと、今度はトーストを焼きながら同時に片方では目玉焼きを焼き、もう片方でお湯を沸かした。

 さすがにキッチンが賑わぎだしアラームより先に目を覚ました旦那様に「おはよう!もうすぐできるから待ってねー」と声をかけながら、なんだかくすぐったい気持ちになった。

 料理が得意だと胸を張っては言えない。

 母に比べれば少し歪な形になってしまった目玉焼きとトースト、そしてデザートに熱々のコーヒーをテーブルの上に並べて、二人で「いただきます」と向かい合って食べる。

 今日の予定とか晩御飯は何がいいとか、そんな話をしながら完食して、千草は出勤の準備を私は洗濯を回しながら洗い物を始めた。

「ねぇ、作業着ってどうしたっけ?」

 少し遠くから聞こえてくる声に、

「もう用意してあるでしょ?手さげかばんの中ー」

 なんて返したりする。

 どこにでもある光景。なんでもないやり取り。

 それでも私にはこの上なく幸せな時間だった。


「じゃぁ、行ってくるね」

「はーい。終わったら連絡してね」

 そんなやり取りをしてベタに行ってきますのキスなんかしてそれぞれ新しい一日が始まった。

 多少生活ができる程度には形になってきたがまだまだ足りないものもある。

 すぐには気付かない。でも、使おうと思ってもないものは結構あった。

 いい例は耳かきや爪切りといったもの。

 よく考えれば消毒液や絆創膏なんかもない。

 救急箱はちゃんと用意しとかないとな、と浮かび上がった小物をすべてメモに記録する。

 その間に出来上がった洗濯物を干して、部屋中を掃除機かけ終えたころには店が開き始める時間になり、私は先ほどのメモ用紙を眺めながら行き先を決めた。

 近所のショッピングモールへ行き、百円均一で小物を買い揃え、フードコートでお昼をすませてから下のスーパーで一週間の食材を買い込む。

 買うものを決めていても時間はあっという間に過ぎていて、早く帰ってご飯の準備をしなくちゃと焦っていた。

 すこし急いで帰宅して、休む暇もなく乾いた洗濯物を取り込みそれぞれの場所へ片付けて、夕飯の支度。

 全てが終わったころには外は薄暗くなり始めていて私はソファーで横になった。

 主婦って結構大変なんだな、と実感して、今度会ったら母にちゃんと礼を言おう、と心に決め、少し休憩。

 最近めったに開くことのなくなったSNSを開けば、仲が良かった子たちは相変わらず他愛もないことで盛り上がっていた。

 そこにはふぅちゃんもいて、勤め先の愚痴をおもしろおかしく呟いていた。

 懐かしい仲間たちがいっぱい。

 数年前は私もここで一緒になってばかやっていたんだ。

 そう思うと少しだけ寂しくなる。

《久しぶりにイン!みんな相変わらず元気そうでなにより》

 そんな私の投稿に一瞬にして反応があった。

 『おかえり』『本当に久しぶり』『リーちゃんは元気してるかい?』

 数年絡みがなくても覚えていてくれる人はたくさんいた。

 もちろんそれまで仲良かったのに返信がなかった人も大勢いたけど。

「兄ちゃん」もそのうちの一人だった。

《みんなありがとう。私は元気です》

 そんなメッセージを入れるとまた各々から個別メッセージがやってくる。

《もう街には来ないの?》

 そんな内容のメッセージが多くて私は点滅するカーソルを眺めるだけで手が動かなかった。

 するとそんな私をどこかで監視しているかのようにそれまで一切絡んでこなかったふぅちゃんからメッセージが届いた。

《今日も来るよね?》

《少し遅くなると思うけど行けるよ》

 そう返す以外になくて私は送ってから深くため息をついた。

 憧れていたはずの彼女がどこかで恐怖に変わっている気がした。

 それからぷつりと連絡は途切れ、私はアプリを閉じる。

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