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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
はじまりのお話。
1/35

#1

 狭く感じていた自分の部屋もベッドや本棚、テレビをどかしてしまえば広々としている。

 十数年の思い出が脳裏をよぎっていった。

 親と話すのも鬱陶しくて部屋にこもったり、友達と喧嘩して声を殺しながら泣いたり、友達とはしゃいだりもした日々。

 学生の頃そこそこ広く感じていた部屋は、社会人になっていろんなものが増えていってだんだんと部屋は狭くなっていった。

 漫画ばかりの本棚はいつしか小説がぎっしり並べられるようになっていて、好きなアーティストが出すCDやDVDは漏れなくコレクションされていく。

 学生の時では手にできなかったものが増え、学生の時当たり前に使っていたものは捨てられていって……それは仕方のないことで、でも少しだけ寂しくもあった。

 あの頃はお金がなくても楽しんでいた。

 炎天下の中でも寒空の下でも何時間でも話せていたし、何を買うわけでもなくショッピングモールをうろうろしたりもした。

 少ない小遣いの中でカラオケに行ったりファミレスに行ったり、なにも不自由だと思わなかったものだ。

 よくできたよなー、あのときのあたし。

 そう思うようになったのは、大人になってしまったからなのだろうか。

 考えたところで到底答えは見つかりそうにもない。

 私はうーん、と大きく伸びをしながら何もなくなった部屋で大の字になって寝転がった。

 天井に向かって伸ばした左手の薬指にはシンプルな指輪が光っている。

 決して高くはないであろうその指輪は、ダイヤはもちろん飾りは何もついていない本当にシンプルなものだった。

 その指輪を撫でながら私は小さくため息をついた。

 今年で付き合い始めてから三年になる彼・紅野千草こうの ちぐさと夫婦になることや、自分の名字が変わること、自分のおなかに新しい小さな命が宿っているということも何一つとして実感がない。

 そんなもんだよ。と母は笑うが、そんなもんなんだろうか?

 結局、これも考えたところで答えなんか見えてくるわけがなかった。

 殺風景になった部屋の片隅には段ボールが積み上げられていて、その段ボールに混じってひとつのゲーム機がぽつんと置いてある。

 私はそのゲーム機に視線をやりため息をついた。


 社会人になって少ししてから自腹で買ったそれは、たまたまサイトで仲良くなった友人がハマっていたもので仮想空間へ行き、各々いろんな活動を楽しむことができる、というものだった。

 別に何をするわけでもなくその世界をぶらぶらして遊んでいる人もいれば、一日中人の悩み相談に乗っている人もいたし、自分の得意なものの講師をやっている人もいた。よほどのことがない限りは何をしても自由なその世界に友人に勧められて初めて入ったとき、私はいつも穏やかで静かな彼女がステージで歌っているのを見てぽかんと口を開けてそこに立ち尽くしていたのを覚えている。

 それまでライブというものに行ったことのなかった私にとってファンの熱気や一体となる空気が珍しくて、ただただその空間にいることが楽しくて胸を高鳴らせていた。

 何よりも、ステージにいる友人は輝いていてあの時から私の憧れになったんだ。

「どう?なかなか面白い場所でしょう? 」

 満足げに言う彼女に「あたしもやる!いつかあのステージで歌う! 」と約束をして、あのゲーム機を買うまでにそう時間はかからなかった。

 しかし『あのステージで歌う』と言い出したはいいが、元々歌は好きでも、人見知りであがり症、それゆえに人とコミュニケーションを取るのがとにかく苦手だった私にはあまりにもハードルが高かった。

 些細な一言を気にして、心ない言葉に傷ついて、本当に私なんかがやっていけるのだろうか? と憧れていたはずのその世界で笑うことよりも泣くことの方が多くて、だからこそ友人に対しての憧れは一層強くなっていったんだ。

 あの大きなステージで友人と一緒にいつか歌うんだ、という強い気持ちから、私はほぼ毎日その仮想世界にログインしては小さなライブハウスで歌い続けた。

 三人しかいない、なんてよくあること。そのうちの二人は寝ていたりもする。途中退場だって当たり前だった。

 それでも笑顔を崩さずに歌い続けていた。

 その結果、私は私のファンだという人に出会ったんだ。

 「プルメリア」と名乗った男性と親しくなるのにはそんなに時間はかからなかった。

 ゲームと連動させている公開式メッセージアプリで毎日のようにやり取りをしていたし、ライブをするときは必ず顔を出しに来てくれていた。

 ちょっと落ち込めばすぐに連絡してくれて、心ない人たちの言葉に振り回されれば気分転換にといろんなところへ連れ出してくれて私はいつしか彼を「兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。

 そのゲームを始めてからは、友人の背中を追いかけ続け「兄ちゃん」に支えられながらそれなりに楽しんでいた。

 それでも歌を歌う人は何万といて、その中からあの大きなステージへ行こうと思ったらやはり数字がすべてを物語るわけで、伸びていかない動画の再生数やライブの集客数に諦めモードになり、転職先が膨大な仕事量と残業の日々でそれどころではなくなってしまったことが原因でいつしかゲームの電源を入れることすらしなくなったんだ。



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