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Prologue――始まりの鐘


 世界はかつて、災厄とも呼ばれた一つの存在、魔王によって混沌へと陥れられた。

 誰もが絶望し、日に日に魔王軍に侵攻されていく世界。

 しかしそんな中で、後に七人の英雄と呼ばれる人物達が現れた。聖騎士ユアン、闘拳士リカルド、大魔導士リュミシス、精霊術師レナ、弓術士イリュレーナ、大盗賊ガイ、錬金術士クリスティーナ。

 種族こそバラバラだが互いに大きな力を持った七人は力を合わせ、魔王討伐という世界の悲願を果たす。

 それから十年。すっかりと平和になった世界のとある辺境にある町に二人の男がいた。

 一人は誰もがその名を知る七人の英雄の一人、大魔導士リュミシス。そしてもう一人はその弟子、アルマ・ルカナ。

天才的な頭脳とそれに伴う天才的な実力。かの英雄の弟子には相応しいと言える。

――が、この弟子のアルマ。十人中十人が口を揃えて「屑」、と答えるほどの屑野郎である。

 一つ例を挙げよう。それは、北の大陸フリューでの出来事だった。アルマはリュミシスの弟子として彼の旅についていっている。その際の師を師と思わない態度は置いておくとして、それはフリューの最北端にある町、レビリスでのこと。





 「不当搾取、ですか」


 「ああ。前町主が床に伏せて現町主に変わってから、月の町民費の徴収額が倍以上に跳ね上がったらしい。当然、払えない者も出てくるわけで不満も募る。が……」


 リュミシスは途中で区切り、苦虫を潰したような顔で続ける。


 「現町主が雇っている荒くれ者の所為で町民は何も言えずじまい。泣く泣く金を払い続けてるってわけだ」


 「なるほど。この町に入ってから回収された入場料なるものもその現町主とかいう野郎のせいなわけなんですね」


 どうでも良さそうにコップの氷をストローでカラコロと回すアルマは、頬杖をつきながら呟く。

 もしその時払ったのがアルマの金なら、今すぐにでもこの町は一面雪なのに灼熱地獄になるわけだが、師としてリュミシスが払ったからこそどうでも良さそうにしているのだ。

 ずずっ、とコップの中身を飲み干したアルマは不意に手をぽんと叩くと意地の悪い笑みを浮かべる。その瞬間、リュミシスに嫌な予感がよぎった。


 「おい待てアルマ。何しようとしてる」


 「嫌だなぁ師匠(せんせい)。何も企んでないですよ【リストラクション】」


 その瞬間、リュミシスの体を幾本もの黒い鎖がきつく巻き付いていく。あまりにも自然すぎる魔法の発動に、リュミシスは一歩反応が遅れてしまったのだ。だが、その一歩がリュミシスをミノムシ状態にしてしまった。

 勢いのある拘束魔法で床に倒れこむリュミシス。それを足を組みながら椅子に座るアルマはニヤニヤと意地の悪い笑みで眺めている。


 「おまっ、何するんだアルマ!?」


 「いやいや、師匠お疲れのようだったのでゆっくり休ませようかと思いまして」


 「拘束してんだろこれ!? しかも微妙に既存の魔法にオリジナル加えてるから簡単に解除できなくなってるし!?今度は何やらかすつもりだアルマ!?」


 「……ちっ、うるせーおっさんだな。ま、僕これから用があるんで大人しく休んでてくださいよ師匠」


 「おい聞こえてたぞ! 聞こえてたからな! あとおっさん言うな! まだ三十五歳のお兄さんだから!」


 リュミシスの反抗も虚しく、その言葉を流すようにいなしてアルマは飄々と店を出て行った。

 そしてリュミシスの嫌な予感は想像を裏切らない形で現実のものとなる。





 ――レビリス町主屋敷前。

 そこの門の前には二人の門番と、対立するかのように佇む青年が一人。青年とは言わずもがな、アルマである。

 突然の来訪者に身構える門番二人。しかし相手が悪かった。


 「【ナイトメア】」


 アルマがそう呟いた瞬間、意識を失ったかのように深い眠りの底に沈む門番。その額には幾つもの汗が滲み出ており、時折呻き声も聞こえる。

 ――汚染系魔法【ナイトメア】。対象を深い眠りへと誘い強制的に悪夢を見せる魔法。外部から解除するのは容易だが、自分で解くのは上位の魔導士でも困難を極める。さらに言えば、アルマの【ナイトメア】は既存のものに若干のオリジナルを加えていることで外部から解くのも少し難しいし、内部からなんてさらに難しい。

 そんな門番達に目もくれず、正門を堂々と潜り抜けていくアルマ。その足取りは、他人から見ればえらく上機嫌で何か良いことでもあったのかと思えるほど軽い。……しかし、アルマのことを少しでも知っている者が見ればそれはそう、悪魔の足音に聞こえてしまう。そしてその音がこの屋敷の主、現町主の耳に届くのも時間の問題だった。

 屋敷の中へと難なく侵入したアルマは、屋敷の者達に出会う度に【ナイトメア】をかけまくる。今や屋敷内の人間の九割近くが床に倒れこんでいるわけだ。

 そんな異常事態に気付かないはずもなく、現町主が雇った荒くれ者達がぞろぞろとアルマの前に姿を現す。数はざっと二十人程度。皆一様に武器を構えてにやにやと下卑た笑みを浮かべるそいつらは、まるで「身の程も知らないただのガキが……」と完全にアルマを見下している。

 ――が、その余裕も出会い頭の、ほんの数秒程度の事だった。


 「【アイスメイデン】」


 一瞬だった。アルマの唱えた魔法は水属性の中でも上位に食い込むほどの威力を誇る魔法、【アイスメイデン】。大きく乙女の姿が刻印された氷の棺の中に対象を閉じ込め自由を奪う魔法。それは対象を氷漬けにしてしまうことも、内部で串でめった刺しにもできる、比較的に造形に自由が利く魔法なのだ。そんな魔法を食らってしまえばひとたまりもない。


 「あ? は? ……え?」


 「さて、残るは君一人なわけだけど。聞きたいことがあるんだよねぇ」


 目の前で起きた予想外の出来事に腰を抜かす一人の荒くれ者。でもアルマにはそんなの関係ないし、どうでもいいことだった。


 「【リストラクション】」


 瞬時に黒い鎖により自由を奪われる荒くれ者。鎖の勢いに床に倒れてしまうが、そんなことはお構いなしに今度は幾つもの氷の棘が床から生え、肩口をごっそりと削る。


 「がぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁ!!??」


 「今の町主ってどこにいるの?」


 「ぐぁ……お、おおおお俺のっ、かかっっ肩たたたたたた……!!??」


 「……【アイスニードル】」


 同じように幾つもの氷の棘が、今度は右の太腿の三分の一程度を削り取った。荒くれ者の痛みによる獣ののような叫びをどこかうるさそうに顔を顰めるアルマは、頭を踏みつけ再び問う。


 「で、どこなの?」


 「さ、三階の……自室に、いいい、いる、はずだ……!!」


 「あ、そう。それはどうも。お礼に【フレイム】」


 呼吸をするかのようにそう唱えた瞬間、相手の肩と足の傷口を容赦なく焼き払う。想像を絶する痛みに、荒くれ者は叫び声をあげるまでもなく気絶してしまった。

 アルマから言わせればお礼に止血してあげただけのことなのだが、傍から見れば鬼畜の所業。

 しかしアルマはなんの悪びれた様子もなく目的地へと足を進める。


 「……ここか」


 一つだけ扉が豪華な部屋を見つけたアルマは、ごく自然に扉を吹き飛ばした。そのままの足取りで部屋に入ると、突然の侵入者に脂ぎったいかにも趣味の悪そうなおっさんが驚きのあまり目を見開いている。


 「あんたが不当搾取で金巻き上げてるらしい町主?」


 「な、なんなんだ貴様! まさか帝都の人間か!? 俺様の不正に気付いて処分しに来たのか!?」


 「いや違うけど」


 「嘘つけ! ……くそっ、俺様がどれだけお前ら帝国に貢献してると思ってるんだ。だから良い思いしたって何も悪くない、悪くないんだよ……!」


 「なんか勘違いしてるみたいだけど、まぁいいや。用件はただ一つ。不当に搾取した金を町の人達に返せ」


 「誰がそんなことするかぁぁぁ!! 俺様のなんだよ……全部全部全部!! 俺様の物ぉ!!」


 「醜いなぁ。そんなあなたにはこれがお似合い。【ミストポイズン】」


 猛毒の霧はほんの数秒足らずで室内を覆い尽くす。使用者以外に効果のある汚染系魔法【ミストポイズン】は、肌に触れるだけでも効果のある魔法で室内だと上位に食い込むほどの危険な魔法だ。もちろん町主も例外ではなく猛毒の霧に侵され膝をつく。


 「き、さまぁぁぁ……!!」


 「これ、既存のものにオリジナル加えてるからあんたが治癒系魔法使えたとしても簡単には解けないよ。多分その前にジ・エンド。だから僕の要求を呑んで僕が解毒した方がいい」


 「くっ……」


 「さ、あんたが溜め込んだ金。皆に返してもらおうか」





 「……アルマ、何が目的だったんだ?」


 「善意ですよ。ぜ、ん、い。」


 「嘘を吐くな。お前に善意はない」


 「いやいやいや。日々日頃から師匠を慕って師匠のために生きる僕は善意に満ち溢れてますよ」


 「……お前の慕ってるって言うのは暴言吐いたりいきなり拘束魔法使うことなのか? あぁん?」


 「あっはっは」


 町主から有り金全てを巻き上げて町民に返したアルマは再び元いた酒場に戻り、現在自力で拘束魔法を解いたリュミシスの対面に座り酒を飲んでいた。

 そこで事の顛末、アルマがしでかしたことを知ったリュミシスは普段のアルマからは考えられない今回の行動に、疑いの眼差しを向ける。それに対して適当に返すアルマにこれ以上聞いても無駄だと判断し、リュミシスも酒を飲むことにした。

 しかしそんなリュミシスの疑問は、この後すぐに解消されることとなる。


 「あ、いたいた。アルマさ~ん」


 「ん」


 そこに現れたのは、アルマと同い年くらいに若い美女三人組。何やら親しそうに話しかけてくる姿を怪訝そうな顔で見つめるも、次の会話で全てを理解した。


 「まさか本当に取り返してくれるなんてびっくりよ!」


 「そうそう! おかげでまた普通の暮らしができるわ」


 「本当、アルマ君には感謝してもしきれないくらいよ!」


 「あ、そう。じゃ、約束通りに」


 「……ええ。夜はまだまだ長いものね」


 「まさかお前アルマ……」


 事の真相を全て理解したリュミシスに、アルマは満面の笑みを浮かべて返す。


 「僕明日の朝まで戻らないんで。よろしくです」


 そう言い残して美女三人と共に夜の雪降る街へと消えていくアルマ。つまりはそういうことだったのだ。

 リュミシスを拘束した後に町に出て自分好みの美女を見つける。不当搾取なんて行われている町の住人だ。そのことが不満だったり困っている人が大勢いる。その弱みに付け込んでアルマは自分に都合の良い約束をあの三人と交わした。その結果がこれだ。


 「あんの……屑野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





 ――と、このように屑極まりない行動が数えきれないほどの例があるアルマは誰もが屑認定するわけだ。

 流石に常識に欠ける行為の数々を黙って見過ごしていけるほどリュミシスも優しくはない。それは、何でもないある日の事。唐突に言い渡されることとなる。


 「アルマ。お前一年間教師やれ。そこで色々学んで来い」


 「……は?」


 リュミシスが言い渡した内容は、至極簡単なものだった。

 王都にある王立レイシェント魔法学園高等部で一年間、教師をやること。その際に問題行動か何か起こしてクビになったり一年以内に教師を辞めたら即破門。ただこれだけ。普通の人間だったらそこまで難しくないことだろうがこの男、アルマ・ルカナは違う。


 「どうして僕がそんなこと……」


 「お前は魔導士としては優秀だ。天才だと言ってもいい。が、それ以前の問題がお前にはある。それを一年間で見つけて直せ」


 「いや、だから意味が分かりま――」


 「――ここで断っても即破門だ」


 「……分かりました。やりますよ」


 こうして始まりの鐘が鳴った。これが後にどういう結果を、結末をもたらすのか。


 ――これは一人の天才屑魔導士教師と、その生徒が織りなす物語である。

 初めまして、珈夜れいです。

 自分なりに出来るだけ読みやすいように、けど自分が書きたいようにやっていきたいので温かく見守っていただけると幸いです。

 もちろん感想やアドバイスも有り難いことですのでお待ちしております。

 ではまた次回に。


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