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私のかわいそうな王子様  作者: 七瀬美織
第一章 初恋
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第七話 竜騎士団見学




 お昼寝の後、エルシア達と予定通り母上の執務室を訪ねた。


 そこは、戦場だった …… ! 相変わらず入り口には、他の部署の文官の大行列が出来ている。室内では、慌ただしく処理をする者、各机に高く積まれた資料の山々、室長の机は書類の壁で埋まっている。みんな青白い顔をしながら、頑張っていた。部屋の隅で、いも虫みたいに毛布にくるまって、寝ている文官の姿に涙を誘われた。

 悲惨な戦場の奥、母上の執務室から冷気が漏れている。母上は、氷の魔法が得意で、怒った時に冷気を含んだ魔力を放出してしまう。真夏は重宝するのだろうけど、少々迷惑レベルに冷え込んできている。扉の前に立つ護衛騎士達が気の毒だ。


「ごきげんよう、皆様。いつも、ご苦労様です。差し入れをお持ちいたしました。お茶にいたしませんか?」

「「「「「おおっ!」」」」」


 適度な休憩は、作業効率も上げてくれるはず。私の役目は、声をかけてるだけで、エルシアを中心とした差し入れ隊に、お茶の用意をお任せした。折りたたみ式のテーブルを持ち込み、シンプルな白いクロスをかけて、その上に簡単につまめる軽食と甘いお菓子を並べていく。中心に小さなテーブルフラワーまで置かれ、エルシア達の心尽くしに感心してしまう。


「姫様、ありがとうございます」

「いいえ、お邪魔しています。グラトン室長。私は、差し入れの準備をお願いしただけですから …… 」

「いいえ、とんでもございません。愛らしい姫様が、いらっしゃるだけで、みんな癒されます。疲れが吹き飛んでしまいます」


 グラトン室長は、私を褒め称えてくれた。さすが、気遣いの人だ。

 もしかしたら、私の『精霊の祝福』の影響で、皆さんは癒されているとか …… ? いやいやいや、それはないよね。


「では姫様、参りましょう」

「はい。エルシア、ご苦労様です」


 いつもの様に、母上の執務室に入ると …… うわぁ、寒いです! 思わず震えるほど、室内が冷え込んでいた。窓を開けると書類が飛ぶので仕方ないけど、この部屋だけ真冬になっている?! 今日は、来客がないらしく、侍従頭のガブラン侯爵の案内で衝立の向こう側に声をかける。


「母上? 失礼します」


 衝立の向こうに回り込んだ途端にムキュっと抱き締められる。視界が高くなり、母上が私を抱き上げ、さっさと休憩室に連行された。母上も、相当お疲れ様のようだ。


「マリー、いい子ね。差し入れなんて、ありがとう」

「父上が、母上に会いに行くようにと、むぎゅ」


 母上が容赦なく私を抱きしめる。柔らかな身体と優しい香りが凶悪な武器となって、私を落とそうとする …… 前に、離してもらえた。はははは〜、危ない。


「まあ、グレイルったら、抜け駆けしたのね。 …… ふふっ」


 母上の妖艶な笑みが、黒く深まって怖い。どうやら、父上にお仕置きを考えているようだ。


「父上も、かなりお疲れのようでした。だから、父上が一人で私に会いに来たのは許してあげて下さい」

「近衛騎士団も、忙殺されているでしょうね。ゲンタリオス国も宰相を寄越すなんてね。新任宰相は、我が国に留学経験もあって面識もあるわ。おそらく、挨拶と顔見せが目的だけど、王族の結婚を纏めて帰国すれば、箔が付くって目算かしらね」


 そんな、政治の駆け引きにアレクシリスを巻き込まれては、いい迷惑だ。政略結婚、断固反対だ!


「ところで、マリーは、竜騎士団に興味があるの?」

「はい。今日、シィ様達が竜騎士団に見学に行くって聞いたので、リンジャー先生の授業で、竜騎士についてお勉強したのです」

「ふふっ、マリーの本音は?」

「ファンタジーの王道、竜が見たいのです! なまのドラゴンが見たいのです! 巨大生物が空を飛ぶなんて、憧れます!」

「ふふっ、あまりはしゃぎ過ぎて、ふぁんたじぃ?とか、なまどらごん! とか叫ばなければ許可しますよ」

「はい! 叫びません。気を付けます!」


 興奮すると、ついつい異世界言語が出てきてしまう。私の意思は、ヤワヤワに柔らかいらしく、危なっかしい。異世界言語を自主規制して封印しなければならない!


「では、明日の午後から竜騎士団の見学の許可がおりていますから、行ってらっしゃい」

「今日、シィ様が行ったばかりで、竜騎士団のご迷惑になりませんか?」

「ふふっ、竜騎士団にマリーも見学したいって伝えたら、契約竜達が大喜びしたそうよ。『マリシリスティア姫は、いつでも大歓迎だから是非お越しください!』って、返答がきたわ。それに、明後日には要人警護で連日忙しくなる前に、ですって」

「早く見学出来るのは、うれしいですけど、なぜ契約竜の皆様が歓迎して下さるのですか?」

「 …… 理由は色々あるわ。でも、まだマリーが知らなければいけない話ではないの。だから、明日はただ楽しんでいらっしゃい」

「はい。母上 …… 」


 私と両親は、ある約束をしていた。


 私は、異世界の知識があるので、理解力もとても高い。でも、肉体的、精神的にはまだまだ幼い子供なのだ。両親は、私の成長が健全で穏やかなものになるように願ってくれている。

 だから、私に、あらかじめ知識や情報の制限や管理をすると話してくれた。その上で、どうしても知りたい事があるなら、相談すればいいとも言われている。両親も、全部隠したり、頭ごなしに禁止したりはしない。


 ああ、本当は精霊さんの事を聞きたいけど、これは聞いちゃ駄目なやつだよね。両親が、まだ私に教えるべきじゃないって考えているのだろう。全ては、私の為なのだから、そんなに不満に思ってはいない。

 私も『妖精の庭』や、シドの事を内緒にしている。私は、これからも、この二つは秘密にしておくつもりだ。そんな私が、どうして何でも教えてなんて、言えるだろうか …… 。


 とにかく明日は、竜が飛ぶ姿が生で見られるのだ! きゃっほい!




 今日のお勉強は、私一人だけだっだ。アレクシリスは、体調を崩したそうで授業をお休みしたからだ。アレクシリスに昨日の竜騎士団の見学話を聞きたかったから残念だ。従者のフレデリクが、授業前に伝えに来たけど、ずいぶん顔色が悪い。大したことはないと、彼は言っていたけど心配だ。フレデリクに、アレクシリスのお見舞いに行きたいと申し出たら、やんわりと断られてしまった。う~ん。


 今日もリンジャー先生に、王国の組織について簡単に講義してもらう。アレクシリスがお休みという事もあって、授業というより雑談会になっちゃったけど、それなりに有意義だった。

 王国には、魔術師団のギルド『茨の塔』があり、王城の端に本部を置いている。魔法や魔術については、また別の教師に教わる。

 王国警備隊の仕組み等々、知りたい事も増えていく。商業ギルドに、冒険者ギルド、傭兵ギルドや、精霊神殿の存在や、挙げればきりがない。

 世界が変わっても、国が成り立つ為には、様々な組織や仕組みが必要なのだと思った。


 とにかく、午後イチ、竜騎士団の見学だ!


 自室に戻り、昼食もさっさと済ませた。この後が楽しみで、ついつい早食いになってしまう。


「まあ、姫様ったら、慌てなくても竜騎士団は無くなりませんよ」


 エルシア達に、微笑ましい目で見られて、ちょっと恥ずかしかった。


 昼食の紅茶は、ミルクをたっぷり入れて砂糖は少なめにした。デザートが、バニラの風味がアクセントの濃厚なカスタードとバターたっぷりのサクサクパイ生地の絶品カスタードクリームパイだからだ。


 この世界の …… と言うよりも、ファルザルク王国の食料事情はとても豊かだ。自国で生産される農産物も種類豊富なうえに、様々な食材とスパイスが輸入されている。あ、図書室に行って、『ファルザルク王国の農産物』について調べないといけなかったが、今日の予定は埋まっている。


 ところで、調理法や料理に関しては『落ち人』の異世界知識で『マヨネーズ』や『カレーライス』まであるから充実している。他国には、『ケチャップ』『ソース』『味噌』『醤油』もあるようだ。もちろん、それらも王国に輸入されている。

 それから、庶民にまで『栄養』や『食事のバランス』という考えが浸透してる。

 だから、ファルザルク王国の料理は、素材を活かした美味しい料理が多く、他国から食事目的に観光客が訪れるほどだった。


 春はベリー系のフルーツタルトが旬で美味しいのだが、私の為に用意されるデザート類は、栄養価がとても高い特別な玉子を使った物が多い。王城の片隅で飼育されている特別な鳥が、十日に一つか二つ産み落とす、綺麗な青い殻の大変貴重な玉子だそうだ。一日一個は私が口にする食事に使用されている。かなり贅沢をしているかもしれない。

 ただ、私は四歳の割りに身体が小さくて痩せ気味のうえに食も細い。だから、口にする料理は、見た目や味も素晴らしいが、素材は栄養価重視で調理されている。

 時々、見た目は美味しそうだけど、苦味や渋みが強い料理が出されたりする。さすがに、食べられないほど不味い食事は出ないけど、見た目と味のギャップが激しくて、口に入れた瞬間に固まってしまう事もある。食事は、毒味されているから大丈夫とわかっていても、ピンク色の甘い香りの野菜がすごく酸っぱかったり、生臭い魚が甘辛かったり、味の予想が微妙に違うと、本能的に飲み込むのを拒否してしまう。

 すると、エルシアがすかさず味と素材の解説をしてくれて、安心して飲み込む事が出来るのだ。




 さあ、今日はお昼寝なしで、エルシアと護衛騎士のブーフィング親子達とで竜騎士団にお出かけだ。あれ? これって、私のはじめての遠出になるのかな?


 ファルザルク王国の王宮の右翼側に、竜騎士団の本部詰所や寮がある。その更に最奥の崖地に建つのが契約竜の寮という配置になっている。王宮から竜騎士団詰所には専用通路一本で行けるのだ。なんだ、近いよね。なんて考えていたら、甘かった。


 ファルザルク城は、各棟の配置が迷宮仕様で通路が複雑に繋がっている。高低差のある場所に建物を増改築したせいで、二階から隣の棟へ回廊を渡ると四階に繋がるなんて当たり前だ。

 しかも、幼女がテクテク歩くには、無謀なほど広大な敷地面積をドンと誇っていた。

 だから、ある程度歩いたら、護衛騎士のロベルト(父)が腕に座る子供抱っこをしてくれた。さすが、元近衛騎士団長の腕は筋肉質で硬くて座り心地があまり良くなかった。あとで、イトラス(息子)と交代してもらおう。


「ロベルト、ありがとうございます」

「おそれながら、姫様が歩くには、距離がございますからね」

「こちらの通路は、近衛騎士以外あまり人がいないのですね」


 王宮の王族居住区から出て、公務が行われる中央執務棟を抜けるため、各部署の執務室の廊下の一つを歩いている。この辺りは、出仕している下位貴族や使用人が多数働いているらしい。

 でも、廊下を歩く者はなく、所々の扉の前に立つ近衛騎士以外ほぼ無人なのだ。不思議に思ってロベルトに尋ねた。


「本日、姫様が通る通路は、近衛騎士が管理して立ち入り禁止にしております」

「まあ、ではお仕事をされている皆様の邪魔をしてしまったのですね」

「ご心配なく、城内は迂回路も沢山ありますし、この方が少人数で警備しやすいのです」

「そうですか」


 でも、外出する度にこれじゃ、申し訳ない気がするな。


「王宮の中央執務棟から、竜騎士団本部詰所までは、直結する専用通路があります。専用通路の入り口までは、警備上迂回しながらの道程になります。専用通路は、竜騎士団員と、騎士団専任の女官達しか利用できません。そこは、規制出来ませんが、竜騎士団から出迎えが参ります」

「お出迎えだなんて、緊張してきます」

「姫様、緊張しているのは、竜騎士団の方々でしょう」


 みんな笑っているけど、私の身分は国王の孫ってとこだけだよね。そこまでの身分なの?! なのかな?

 私は、まだ幼い子供なので公務に参加したり、貴族と謁見したり、王族として明らかに扱われることがなかった。

 王宮の中央執務棟の母上の執務室と、父上の近衛騎士団の詰所でも、上司の娘さんって感じに可愛がられているつもりだった。

 改めて考えると、私は、自分の立場をよく解ってない気がした。



 


お読みいただき、ありがとうございます。



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