第六話 竜騎士
私は、上機嫌で貰った本を長椅子に置き、何だか様子の変なシドに別れの挨拶をして、蝶たちと寝室に戻った。それから、お昼寝をしようと、いそいそとベッドに入いる。
寝室に戻ってくると、『妖精の庭』で過ごした時間はなかった事になる。なので、お昼寝時間は、まだたっぷりとあるのだ。
私は、『妖精の庭』で繰り返される時間と、普通に流れている時間 …… 二つの『時間の流れ』について考えた。
今にして思えば、『妖精の庭』は雨の降った翌日でも、長椅子やクッションが濡れていた事は一度もなかった。しかも、どんなにいい天気だろうが、中庭に蝶の群れがいなければ『妖精の庭』へ行けない。あの庭は、雷の荒れ狂う嵐でも、深々と雪の降る日でも、きっと穏やかに晴れているのだろう。
ふと、シドが持ち込んだ長椅子とクッションや本は、あの庭の魔法にとって異物にならないのか気になった。持ち込まれた物は、庭にある限り、繰り返される時間の一部として存在するのだろうか?
では、人間は? 人があの場所に居続けると、どうなるのだろう? ああ、戻れば時間は経っていないのだから、変わらないのかな? …… あれ? 変わらないはず無いよね …… おや?! そんな似たような場所の出てくるお話があったような …… ?! う〜ん? 前世の知識だったのだろうか ……?
「それで、マリーはどうやって調べてみるの?」
「シィ様、私は図書館に行って調べてみたいです」
「城の図書館は、王宮から遠いよ。だから、マリーは王宮内の図書室を利用した方がいいよ。本の数は図書館より少ないけれど、図書室の司書に頼めば、好きな本や調べたい内容に合わせて、図書館からすぐに本を取寄せてくれるよ」
「そうなのですか? だったら、図書室で『ファルザルク王国の農産物』について調べてみます」
次の教師が来るまで時間があるので、さっきの授業で分からなかった『ファルザルク王国の農産物』について、アレクシリスと話をしている。とても幼児教育とは思えない内容だ。私達のお勉強は、同年代の子供と比べても、かなり進んでいると思う。王族は、貴族の手本になるべきという訳で、いわゆる英才教育なのだ。私は、前世の知識チートだから余裕で授業についていけている。
しかし、この世界の知識は無いし、将来伸び悩まない為に基礎からきっちり学ぶつもりだ。明るい未来のために頑張ろう!
アレクシリスが、ゲンタリオス国の王女との結婚話を知っているのか気になっていたけど、大丈夫みたい。いつもの『シィ様』だ。
私達の教師は、母上配下の文官達だ。ただし、学園の元教師なので授業はとてもわかりやすい。
数年前、母上が学園内部の派閥争いで、辞職した教師を文官に登用したのだ。学園でも、派閥ですか …… 。本来、学園から教師が派遣されるのが、慣例なのだという。でも、母上は現在の学園を信用出来ないから、配下の文官に、教師役も依頼している。だから、兼任教師は、仕事の都合で授業の約束時間に遅刻したりする事がある。アレクシリス達と待っている間、おしゃべりするのも楽しい時間なので問題ない。
「シィ様、午後から図書室にご一緒しませんか?」
「ごめんね。僕がマリーを図書室に案内してあげたいけど、午後から竜騎士団の見学に行く予定だから、今度一緒に行こう」
「り、竜騎士団?!」
「そうだよ。大空を竜の飛ぶ姿が見られるかもしれないから、楽しみだな」
私は、びっくりして聞き返した。
「り、竜?! ………… !! 竜って、どんな生き物なのですか?!」
危な~い!! もう少しで、この世界には竜がいるのですか?! って、言いそうになった!
「マリーは、竜族を知らないの?」
「竜族?」
「姫様は、竜が王都の空を飛んでいるのを見かけたりしませんか?」
ナチュラルにフレデリクが会話に参加してきているけど、基本的に従者は主人と同じ席でお茶はいたしません。ほら、エルシアは私の背後で控えているよね。フレデリクの兄は侯爵家当主でも、君はまだ子供でしょう? それとも子供だから許されるのかな? アレクシリスが何も言わないから、いいの? それにしても、竜族?! 知らなかった!
「中庭からなら …… 時々空を見ていますが、竜を見たことはありません」
「なるほど。それは姫様が知らなくて当然ですね。王宮上空は竜の飛行禁止区域です。それに、姫様は行動範囲が狭いですから、気がつかなくて当たり前ですね」
「…… フレデリクって、悪気はないみたいだけど、ちょっと意地悪ね」
「えっ、姫様? 殿下、私は意地悪じゃないですよね?!」
「フレデリクは、意地悪と言うよりも、無自覚に失礼な発言が多いだけだ」
「そうですね、フレデリクって …… 」
「「天然の無礼者だ」ね」
おおっ! アレクシリスと息ピッタリ。
「ええ~! 殿下に姫様まで、ひどい評価です! 私は、そんなつもりで言っておりません。姫様がご存知ないようですから、お教えしましょう。ええっと、竜族は人の姿と竜の姿を持つ、最強の一族なのです。生態も住処も不明ですが、古より契約で人間に力を貸してくれる、不思議な一族なのです」
フレデリクは、『竜族』について焦りながら話してくれた。でも、何気に上から目線な感じの口調は、さすが『天然の無礼者』だ。
「義兄上が副団長を務める近衛騎士団の他に、ファルザルク王国には、竜騎士団、王国軍と王国警備隊がある。海軍は辺境伯を中心に貴族の私設軍隊が担っているそうだ」
「凄いです! シィ様はよくご存知なのですね」
「そうでもないよ …… 」
アレクシリスは、ちょっと嬉しそうに照れ笑いをした。まだ幼さが抜けないが、整った容姿をしたアレクシリスが少し笑っただけで、とても麗しい。まさに、天使降臨だ。私は、うっとり顔でアレクシリスの笑顔に見とれてしまった。
はっ! そうだ、竜だ!!
「ねえ、エルシア! 私も竜騎士団を見てみたいわ!」
「承知いたしました。王女殿下に、ご相談しておきます」
「ありがとう、エルシア」
母上、許可してくれるかな? 竜に、竜族に会ってみたい。生で見るドラゴン! なんか、ワクワクしちゃうな。前世の世界には、生きてるドラゴンは存在しなかったよね。実在してないのに、存在は知っているって、前世の異世界って不思議だな。でも、生ドラゴンはファンタジーの王道だ! いや、生は要らないドラゴン! ドラゴン! ドラゴン!
私が、脳内大興奮状態なのをエルシアが察して、お茶を飲んで落ち着くように言われた。ヤバい。アレクシリス達の前だった。やだ、恥ずかしいから、みんな微笑ましそうに見ないで!
ノックの後、エルシアが対応して入室してきたのは、三十代前後の文官の制服に身を包んだ細身の男性だ。
「アレクシリス殿下、マリシリスティア姫殿下、遅くなり申し訳ございません。お勉強をはじめましょう。今日は、国の組織について簡単にご説明します」
リンジャー先生は、母上の執務室の前線室て働く元学園教師の文官だ。彼は、たれ目がちな目元の美形で、学園にいた頃はさぞや女生徒におモテになった事だろう。いつもは、最前線室で髪をボサボサに振り乱して書類と格闘している。さすがに教師役の時は、きっちり髪を整えてきていた。
「リンジャー先生。今、殿下方と竜騎士の話しをしていたのです。特に、竜族を知らない姫様の為にも、竜騎士団について教えていただけませんか?」
従者フレデリクよ。上から目線の素晴らしい提案、多少物申したいけどありがとう。今日のお勉強は、国の組織だから丁度いいよね。
「竜騎士団 …… ですか?」
「はい。私もぜひ知りたいです」
「私も、午後からの竜騎士団見学に行く前に、学んでおきたいです」
リンジャー先生は、納得いったという感じで何度も頷いた。
「承知いたしました。まず、両殿下は私が『竜騎士』だとご存知ですか?」
「えっ?」
「いいえ。リンジャー先生は、文官ですよね?」
「ええ、文官です。同時に竜と契約した、『竜騎士』でもあります。しかし、竜騎士団には所属しておりません」
「? ? ?」
頭のなかが、疑問符だらけになった。リンジャー先生は、そんな私達の顔を予想していたのか、口角を上げた。 この国に多い、栗色の髪と瞳で、茶目っ気たっぷりに話しはじめた。
おや、背後に控えるエルシアの視線が、熱い気がする…… えっ? そうなの?!
「まず、『竜騎士』とは何か、アレクシリス殿下はご存知ですか?」
「竜に乗って戦う、騎士ですか?」
アレクシリスは、正解を知らなかったらしく、疑問形で答えていた。私も、そう思った。
「いいえ、違います。竜族と契約した『契約者』と『契約竜』が、それぞれ『竜騎士』と呼ばれるのです。そして、『竜騎士』は必ずしも戦う為に、竜騎士団に所属する必要はありません」
「そうなのですか?!」
従者フレデリクよ。これは、私とアレクシリスのお勉強だよ。君が、入ってきては駄目でしょう。でも、確かに意外だよね。秋から学園に入学予定のフレデリクも、初耳だったのね。
「私もそうですが、一度も戦闘訓練に参加しない『契約竜』もいるのです。非戦闘員の『契約竜』でも仕事は沢山ございます。さすがに、国も遊ばせてはくれません。外交儀礼や式典の参加、要人の送迎、遠方への伝令、荷物の緊急搬送、需要はたっぷりあります。大空を自由に飛べ、力もそれなりにある。竜の能力は利用価値が高いのです。私は、外交儀礼や式典専門の『竜騎士』で、近衛騎士団の所属になります」
なるほど、役割を戦う事以外に選べるのはいい事だと思う。近年は、大きな戦争がなく平和が続いているから、それが許されているのかな?
「リンジャー先生、『竜騎士』には、どうしたらなれるのですか?」
アレクシリスが、瞳を輝かせて質問した。私も、興味津々だよ。
「ファルザルク王国では、厳正な審査条件さえ通れば身分に関係なく、誰でも『契約者』になれる制度があります。まず、十八歳以上の成人で、犯罪歴のない、良識のある人物であるのが最低条件ですね。なので、『竜騎士』には、平民出身の者が多くおります」
「意外ですね、殿下。…… 殿下?」
フレデリクの呼び掛けに、アレクシリスが答えない。アレクシリスの様子がおかしい?
「シィ様、どうかしました? 顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」
「…… ああ、大丈夫だよ」
アレクシリスは、綺麗な笑顔を私達に向けた。これは、無理して笑っているよね。本当に、どうしたのかな?
「リンジャー先生、例えば、僕たち王族でも『竜騎士』になれますか?」
「はい、殿下。先々代の国王陛下は、竜騎士団長で在らせられました。竜族との契約条件に男女も身分も血筋も関係ありません。それは、全ては竜族しだい、竜族に選ばれなければ話しにならないからです」
「そうなのですか?」
アレクシリスも驚いたみたいだけど、私も驚いたよ。
「はい。ですから、『竜騎士』になるつもりが全くない者でも、突然、竜族に気に入られて『竜騎士の契約』を、締結する場合がございます」
あらら、リンジャー先生が遠い目をしているよ。もしかして、ご自身の事なのかしら?
「それでは、竜族と契約出来る条件は竜族しだいで、完全な一方通行になのですか? 竜族に選ばれた者は『竜騎士』になるしかないのですか?」
だとしたら、選択の自由がない強制的な関係だ。そんなの、あまり嬉しくないと思って、私は質問してみた。
「いいえ、姫殿下。双方の合意がなければ『竜騎士の契約』は誓約なので成り立ちません。しかし、王国では晴れて『契約者』となれば、竜騎士団や国軍などに所属する事になり、『契約竜』と『契約者』の双方には、王国から一代限りの竜騎士爵を与えられます。貴族位の伯爵と子爵の中間位の地位になり、普通の騎士爵よりも、かなり高位ですし、なかなかの厚待遇です」
「だから、平民が『竜騎士』を目指すのですね。それで、竜騎士団に平民出身者が多いのですか。なるほど …… 」
フレデリク …… まあ、いっか。
「それに、国防の要である『竜騎士』は、一組でも多く望まれています。しかし、『契約者』になり竜騎士団に所属しても、いざ戦闘等に参加するか否かの選択は、『契約竜』しだいなのです」
「 …… つまり、ほとんどの選択権は竜族側にあるのですね」
何か、深く考え込んでいた、アレクシリスが呟いた。
「ええ、そうです。『竜騎士』は、守秘義務の為に、王宮の竜騎士団詰所にある宿舎が生活の中心になります。外出が厳しく制限されて、家族に面会するのも自由になりません。結婚も国内でしか認めないという法律があるくらいです。だから『契約者』は、独身者が多いのですよ」
「まあ、失礼ですがリンジャー先生は?」
「独身です!」
リンジャー先生、即答でした。『竜騎士』って色々と大変だなって感想しか、この時の私にはなかった。
リンジャー先生のお話は、とても興味深くてもっと知りたい事があった。でも、時間切れになったので、また『竜騎士』についてお話していただく約束をして授業を終えて別れた。
アレクシリス達は、午後は竜騎士団の見学だと言っていた。本当は、一緒について行きたかったけど、警備の問題や受け入れ先の竜騎士団の都合もあるから、急な予定変更は出来ない。
私が、自由に往き来していいのは、母上の執務室と父上の近衛騎士団の詰所くらいだ。それも、エルシアと護衛騎士がついている。
しかも、ただ気軽に遊びに行く事は出来ない。特に今は、どちらの部屋もブラック企業化しているはずだ。
例の、ゲンタリオス国からの来訪代表者が、就任したばかりの宰相閣下だと伝わったので、式典のランクを上げ、その準備に追われてるからだ。宰相を寄越すなんて、ゲンタリオス国の本気度が垣間見えて、結婚話を断るのが普通なら大変そう。母上が一刀両断にするけどね。
アレクシリス達と別れ、もう少しで私のお部屋にたどり着く廊下で、いつかと同じような感じで、ぶわっと、急に体か浮き上がった。
「ひゃっ!」
「私の可愛いお姫様、ご機嫌はいかがですか?」
「父上! いきなり、抱き上げないで下さい! そう申し上げたでしょう!」
私は、父上に抗議した。背後から抱き上げられ、くるりと父上の腕の中で反転して腕に座らされた。見上げた父上の顔色が悪くてびっくりした。目の下に、すっごいクマさんを飼っているよ!
「父上、ひどい顔です!」
「愛娘に、顔が悪いって言われた …… 」
「違います。顔色が悪いって意味です。父上、あまり寝てないのですか?」
父上は、私を抱っこしたまま、ガックリと頭を下げた。そのまま、私のお部屋入って行く。器用だな。
「近衛騎士団長が、仕事してくれない。もう、いつ眠ったか覚えてないのだよ」
「近衛騎士団長って、王太子殿下ですよね?」
「そうだね。姫の叔父上、私の義兄上、次の国王陛下になる方だ …… マリー、ちょっとだけいいかな?」
父上は、私をソファーに座らせた。エルシアが、他の侍女や下女を下がらせて、扉が閉められた。
私は、両手で耳をふさいで準備した。
「アレクトレスのバカ野郎! 仕事しろ! 逃げるな! 何処に行きやがった! 貴様の妻の手綱くらいはしっかり握っていろ! もし俺が、過労死したら、サンドラに殺られるのは、原因の貴様だぁあああ!!!」
父上は、日頃のストレスを発散する為に叫んだ。さすが、鍛え上げられた騎士の肺活量は立派なもので声量も凄い! でも、大丈夫。この部屋も、母上謹製の結界があるので、外に魂の叫びが漏れる事はない。父上は、立場上ご苦労が多いのだから、娘の前くらいは仮面を外したって良いと思う。
そして、父上は、母上に絶対カッコ悪い所は見せたくないらしい。普通、逆のような気もするけど、我が家はそれでいいと思う。
しかし、原因はまたしても王太子殿下らしい。
「はあ、すまない。マリー、みっともない父上だね」
「いいえ、父上。お仕事、大変なのですね。お疲れ様です」
「マリーは、いい子だね」
「エルシアに、お茶をお願いしますね」
「いや、もう行くよ。叫んでスッキリしたし、マリーに癒されたから、もう少し頑張ってくる」
「父上、無理しないで下さいね」
「ありがとう。マリー、母上にも会いに行ってあげなさい。あちらも、似たような状態だろうからね」
「お邪魔じゃないでしょうか?」
「マリーは、最前線室の癒しなのだそうだよ。それに、キレたサンドラと仕事する方が執務室の危機だ …… 」
「では、後で母上に会いに行ってみます」
父上は、私をもう一度抱きしめて部屋を出た。
「姫様、王女殿下をお訪ねになるのは、お昼寝の後ですからね」
「はい、わかりました。そうだ、執務室に差し入れを用意してもらってもいい?」
「ええ、姫様。執務室の皆様もきっと喜ばれます。近衛騎士団にも、姫様の御名前で差し入れをしてはいかがですか?」
「準備が大変でなければ、お願いします」
「承知いたしました」
「エルシア、ありがとう」
せっかく父上に会えたのに、あまりお話し出来なかった。せつない …… 。
お読みいただき、ありがとうございます。
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