第四話 秘密の庭友
私が住んでいるファルザルク城は、王都シリンの小高い丘の上にある。お城としては、実にベタな立地だよね。王都のシリンという名は、太古の女神様の名前の一部分なのだそうだ。
昔々、ファルザルク城は、小国の国境の砦だったそうだ。今のお城は、石造りの砦跡を基礎に、歴代の国王が増改築を繰り返してきた。だから、建物がまるで迷路か迷宮みたいに複雑に入り組んでいる。
今度、お勉強の教師陣に、創世神話や建国の由来とか詳しく知りたいのて教えを請おうかな。もしかしたら、あの『妖精の庭』の事も何かわかるかもしれない。
私は、またお昼寝の時間に、パッチリ目覚めてしまった。ずっと、ベッドでゴロゴロしているのに飽きてきて、そっと窓から外を眺めてみる。今日は、雲ひとつない、爽やかな素晴らしい天気だ。
両親やエルシアを心配させた事を反省して、もうお昼寝を脱け出すのは止めよう …… 。そう思っていた。さっきまでは、 …… !
窓から眺めた中庭で、沢山の蝶が花々の上をひらひら群れ飛んでいた。その内の一頭が、例の蔦の壁に消えてしまった。それを合図に、蝶の群れは一斉に飛んで行き、吸い込まれるように次々と蔦の葉影に消えていった。
私は、まだ子供。幼い好奇心旺盛な、ごく普通の子供。 …… 知識は大人並みの異世界転生者だって、子供は子供だよね。
そういう事にしておこう! そうだ、子供は過ちを何度も繰り返して、大人になっていくのだ! だから、二度と過ちを犯さないように、後悔もすれば反省もするよ! また今度ね!
私は、ドキドキする胸を抑えて、そっとテラスの窓を開けて外に出た。テラスの端の階段から庭に降りて、庭を突っ切り蔦の壁を目指した。
「 …… あった!」
不思議な蔦の葉のトンネルが、奥へ奥へと続いている。私は、何の躊躇いもなく、その秘密の通路を蝶たちと一緒に走った。嬉しい! もう一度、あの場所に行ける!
そして、秘密の通路の出口の明るさに目が眩んで足元を見失い、ガクンと転げ落ちた!
「ひゃん!」
「グホッ!!」
私の落ちた先は、ふかふかの謎生物の弾むようなお腹ではなかった。またしても、下級騎士の制服を着た、よく鍛え上げられた硬い腹筋の上だった。
一度ならず二度までも、どんなに温厚な人物でも、さすがにキレるよね。身の危険を回避すべし! 速やかに逃げねば!!
…… でも一歩遅かった! 騎士の身体の上から降りたところを、がっしりと、頭をわしづかみにされて逃げられなくなった! 私は手足をジタバタさせながら涙目で叫んだ。
「ごめんなさい! わざとじゃないの!」
「やはり、お前か …… ! あばれるな、いいから、落ち着け! ここに座れ!」
ボサボサ頭の前髪で顔がよく見えないけれど、いい声をしたおじさん? お兄さん …… かな? 騎士にしては細身だけど、硬い剣だこの出来た手に引き締まった筋肉 …… 特に、腹筋が素晴らしいのは間違いなさそうだ。
ここは、やっぱり『妖精の庭』だった。たくさんの蝶が群れ飛び、色々な草花や野薔薇が咲き乱れ、小さな泉がキラキラ光を放ち、小川が小さく歌いながら流れている。
あまり、広くない場所なのに、森のように思えたのは、木々が大きくて密集しているからだろう。高い梢を、小鳥達がさえずりながら飛び交っている。
騎士殿は、片肘の長椅子にクッションを並べて昼寝をしていたらしい。これ、どうやって持って来たのだろう。私の知らない扉が、何処かにあるのだろうか?
私は、言われた通り、彼の隣に座ろうとした。ちょっと座面が高めなのと、お昼寝用のワンピースの裾が邪魔でよじ登るのが大変だ。わたわたしていると、騎士殿がひょいっと私を持ち上げて座らせてくれた。
「 …… ありがとうございます」
「まったく、地面に寝っ転がって昼寝をしていて、またお嬢さんに踏まれては堪らないから、わざわざ長椅子を用意したのに、今度は上から降ってくるとはな。お嬢さんは、よほど俺の腹の上がお気に召したらしい」
「ええっ! 違います! わざとじゃないもの!」
クックッと笑う騎士殿に、私は彼が怒ってない事に安堵した。
私は、自分が落ちた場所を見上げた。私の身長の二倍はありそうな場所に、壁にぽっかりと穴が開いている。そこを、蝶がひらひらと出入りしている。あんな高い場所に自力で登れそうもない。私の部屋に帰るには、どうしたらいいのだろう。壁の穴を茫然と見上げていたら、騎士殿がツンと私の頭を軽く小突いた。
「帰る時は、手伝ってやるから心配するな」
「 …… おじさまは、この場所の秘密を知っているの?」
「な、何を、言い出す! …… お、俺が、おじさま?!」
「あ、ごめんなさい。お兄さん? 騎士殿? 何てお呼びしたらいいでしょう?」
「あ、ああ。そういう意味か …… 好きに呼んでかまわない」
『好きに呼んでかまわない』って、それが一番難しいと思う。『おじさま』呼びは不評みたいだし、一応はお伺いを立てたから、好きに呼んじゃおうかな。
「では、『妖精の騎士様』」
「なんだ、その妙な呼び名は?!」
「『妖精の庭』を守っている『騎士』だから、『妖精の騎士様』です!」
どうだ! 恥ずかしい名前で呼ばれたくなければ、正直に名を名乗ればいいのだ。
「ここは、そんな変な庭じゃない! 俺の事は、 そうだな …… 『シド』とでも呼べばいい。お嬢さんは …… いや、『お嬢さん』でいいな?」
よし、騎士殿の名前をゲットした。きちんとフルネームを名乗らないでいるのはお互い様だ。私も、『お嬢さん』と呼んでもらうことに異論はない。
「はい。 ええっと、 …… シド様?」
「なんだ?」
「いつも、こちらの庭で、騎士のお仕事をさぼっているのですか?」
「はっ、俺の勝手だろう? そういうお嬢さんは、昼寝でも脱け出してきたのか?」
「お、女の子にはいろいろあるのです!」
「クッ! ハハハハハッ! そうか、女の子もいろいろ大変だな! ハハハッ …… !」
失礼な …… 何かのツボにはまったらしく、爆笑されてしまった。下級騎士は下級貴族出身の、王宮の外周りや王都の警備を主にしている騎士だ。だから、普通は王宮内部に立ち入る事はないはずだ。
どうやら、『妖精の庭』の出入り口は、一つではなさそうだ。私は、違う出口から庭に来たばかりだし、シドが何処から入って来ているのか、わからないけれど『妖精の庭』以外に行けないのなら問題ないよね。
私が王族だって、ばれて騒がれたくないし、お互いに詳しい身の上について、これ以上は余計な詮索や追及をしないでおいた方が得策だろう。
それにしても、気持ちのいい場所だな。四方を壁に囲まれているのに、爽やかな風が通るし、木々が木陰を作って陽射しもやわらかい。ぼんやり、新緑を眺めているだけで癒される。
「シド様、先日、私はこの庭に来ようとしても、入り口が分からなくて、来られなかったのですが、何か理由をご存知ですか?」
「 …… ここは、古い魔法のかかった庭だ。蝶が道案内をしてくれる時だけ、立ち入ることが可能だ」
「古い魔法?! 蝶の道案内?」
「さて、俺はそろそろ戻る。お嬢さんも、部屋に帰って、ちゃんといい子でお昼寝をしろよ」
「え、もう?! 私は、来たばかりです。まだ、きゃっ!」
シドは、ごねる私を抱き上げて、壁の穴に押し込んだ。男の人なのに、触れた身体から爽やかないい匂いがした。
「気をつけて帰れ。それと、俺の事は誰にも言うな。言えば二度と、ここに来られなくなるぞ」
「はい。シド様の事は、誰にも言いません」
「じゃあな」
「ごきげんよう」
私は、誰にも見咎められないで、寝室のベッドまで戻って来られた。エルシア達に見つからないでホッとした。また『妖精の庭』へ絶対に行くのだ!
こうして、私は『妖精の庭』でだけ会える、秘密の友だち(?)『庭友』を手に入れたのだった。
世界は、理不尽に満ち溢れている。不条理に人々は嘆き、罪なき者は、今日も罰っせられている …… 。
私が、高熱を出し倒れて、『異世界転生者』であると両親に告白してから、協力者達と何度も何度も話し合った。
ある時、母上は、私を膝に乗せて背中を撫でながら、震える声で色々教えてくれた。父上が、心配そうに母上を見つめていた。いつもと違う母上の様子に、私も緊張していた。
「マリー、よく聴いてね。この世界は、異世界から落ちてきた転移者を『落ち人』と呼んでいるの。ファルザルク王国は、『落ち人』を保護して生活の保障もするわ。でも、それは本当は監視が目的で、危険だと判断された人物は、密かに処理されるわ」
「カンシがもくてき? ショリ?」
「サンドラ、待ちなさい。それは、子供にする話ではないよ」
「ははうえ …… 処理って、監キンとかアン殺とか?」
「そうね。でも、もっと酷い事もあるのよ」
「サンドラ! この子は知識があるだけで、心は四歳のままなのだ。そんな性急に、残酷な情報までも与えなくても …… 」
「グレイル! あなたは、平気なの?!もし、もしも、この子が『異世界転生者』だって、知られて …… また、この手から引き離されてしまったら!」
「焦ってはいけない。そう言っているんだ。誰よりも不安なのは、マリー本人なのだから …… 」
「 …… !! …… !」
「 …… 、 ………… ?!」
………… 『ちちうえ』、『ははうえ』、おねがい。ケンカしないで …… 。
異世界の知識や思想は、甘くて芳しい香りを放つ劇薬と同じで、使い方次第でこの世界に利益も与えるし、不利益も与える。
「……それからね、マリー。前世の異世界の記憶を持ったまま生まれる『転生者』は、世界にはたくさん居るのだよ。そして、それを隠して生きている」
「どうして、かくすの?」
「ファルザルク王国は、悲しいことだが、『異世界転生者』を忌み嫌っているのだよ」
「どうして?」
「『落ち人』も『転生者』も異世界の知識をこの世界で正しく使うのは、難しい事なのだ。過去には、その事が原因で、様々な事故や事件が起きている。だから、この国の人々は『転生者』を、 …… 恐れている」
「こわいから、嫌いなの?」
「 …… そうだね。『落ち人』は、ずっと進んだ未来の知識をきちんと持っているから、この世界の文明を進歩させる貴重な存在だ。『転生者』は、前世の異世界の知識を、断片的にしか持っていなかったり、前世の人格が影響しやすい …… 。それから、魔力も『落ち人』の方がずっと多い。だから、『落ち人』は優遇されて『転生者』は罪人の様に扱われる。最悪な場合は 、…… 平民だと私刑を受けて殺されたりする」
国民は、『落ち人』や『異世界転生者』を発見したら、国に報告する義務がある。
そんな国情で、王族の私が『異世界転生者』だってばれたら、大変な事になる。私の廃嫡幽閉コースは勿論、隠していた両親も失脚して罰を受けると聞いて、ますます恐ろしくなった。
ファルザルク王国の大貴族と呼ばれる侯爵家や辺境伯の中には、長きに渡るファルザルク王家の支配を不満に思っている者もいるそうだ。それって、自分達の一族が王族になりたいって事らしい。
特に、現在は祖王の血を継ぐ純粋な王族の人数は、五人と少ない。過去のファルザルク王家は、血脈を重んじて血族結婚を繰り返し、子供が生まれにくい家系になってしまった。
しかも、代々王族を平和を保つために、他国への婚姻に向かわせた。周辺の王家に、ファルザルク王家の血の入っていない国はない。
とにかく、一ヶ月の間、私達は慎重に対策を練ってきた。
「 ………… ! おい、起きろ。おい、お嬢さん。起きろ、大丈夫か?」
「ううん?」
私は、シドの硬い腹筋の上で目覚めた。あれ? 夢をみていた? 寝汗をぐっしょりとかいている。私は、のたのたと長椅子に起き上がった。
「悪い夢でもみていたのか? うなされていたぞ」
「 …… わかんない。どんな夢だったか思い出せない」
「悪い夢なら、忘れたままでいい …… 」
シドは、持っていたハンカチで私の額の汗を拭いてくれた。
私達は、ほとんど毎日会っている。シドとは、一緒にお昼寝をする仲になっていた。
不思議な魔法の庭は、蝶の群れが連れてきてくれる。時間の流れが違うので、入ったそのままの時間に戻る事が出来るのに驚いた。それと、お昼寝を脱け出しても一度も見つかった事がない。これも、『妖精の庭』のデタラメに便利な古い魔法のおかげなのだろう。
「そう言えば、お嬢さんは知っているか? 国王陛下の孫姫は、本当は死んでいるって噂を …… 」
「 …… はあ?」
シドの言葉を理解するまで、数秒かかった。国王陛下の孫姫って、私のことだよね。私が、し、死んでる噂が …… ?!
「マリシリスティア姫は、高熱が出る病を患って、本当は死亡した。今の姫は、療養していた一ヶ月の間に、市井で見つけて教育した替え玉だという噂だ」
「 ……………… はい?! し、知りません!」
「そうか、なるほど。ははははは …… 」
シドは、ボサボサに伸びた前髪で、顔がよく見えないけど、何だか上機嫌で笑っていた。
それにしても、そんな噂、当人にはとても笑えないよ!部屋に戻ったら、エルシアに聞いてみよう!
ああ、妖精の庭とシドの事は内緒で、エルシアに説明するのは難しいな …… 。
お読みいただき、ありがとうございます。