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私のかわいそうな王子様  作者: 七瀬美織
第一章 初恋
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第三話 妖精の庭




 このひと月、大人の知識を持った子供って何だろう? って、色々と悩んだりした。頑張って子供らしく、幼い口調で演技してみたけれど、両親とエルシアには、わざとらしいと不評だった。

 ベイルクス先生に、無理して体調を崩すより自然体で過ごした方が良いとも言われている。

 まあ、私の事情を何も知らない人は、高熱を出した病み上がりだからと、少しくらい不自然でも変に思われずにすんでいる。


 私は、乳母が亡くなってから、母上の執務室や父上の近衛騎士団の詰所を遊び場に過ごしていた。両親は、私を目の届く場所に置いておきたかったようだった。

 私は、母上の侍従や文官達も近衛騎士団の騎士達も大好きだ。近衛騎士団エリートの護衛騎士達は、特にカッコいいし、私に優しくしてくれた。

 そんな護衛騎士の中には、派閥の違いからか私を遠巻きに見ている者もいたけれど、敵意を持っているわけではないようだった。その証拠に、こっそりと侍女経由でリボンや絵本をくれたりしたのだ。お菓子とか、口にする物でないのは、毒殺の疑いを避けるための気遣いだろう。


 こんな風に、私は常に大人に囲まれて育っていた。だから、おしゃまさんで、よく大人の口まねをしたりしていた。少し口調が変わってしまったかもしれないけど、違和感はないらしい。


 でも、そんな状況に甘えていられない。とことん、用心しなくちゃいけない。


 もしも、私が異世界転生者だと知られたら、ファルザルク王家は最悪、王権を奪われ追放されるかもしれない。普通ならありえない事態だが、今の王族の立場はとても危ういのだそうだ。今や直系の王族に数えられているのは、たったの五人しかいないのだから …… 。



 去年、流行病で夭折したシリスティアリス王妃殿下。私は、『あにうえ』が葬儀で泣かなかった事を覚えている。

 まだ若かった妃殿下は、妖精の女王様の様に儚く美しい女性だった。

 星のように流れる銀髪と、濃いすみれ色の瞳をしていた。代々、ハイルランデル公爵家に現れやすい色だったという。

 私の名前は、義理の祖母にあたる、シリスティアリス妃殿下からいただいた。数文字違いのマリシリスティア。

 王族は、親世代から名前の一部をいただいて名付けられる。厳密に親世代からと、決まっていないらしいから、シリスティアリス様と血は繋がってないけど、アリなんだろう。記憶の中で、『母上が決めた名前だから諦めてね』と、父上とお祖父様が言っていた。どういう意味なのだろう??

 

 王妃殿下が亡くなってから、アレクシリスの後見人は、母方の祖父のハイルランデル公爵が就いた。でも、公爵はご高齢で病気がちなので、母上が異母弟の後見を願い出たそうだ。

 その関係で、アレクシリスと私は、同じ部屋で同じ家庭教師についてお勉強をする事になった。

 先々の予定では、アレクシリスが剣術や乗馬を学ぶ間、私は刺繍や楽器を学び、ダンスは一緒にパートナーを組んで練習をする。

 私達は、始めは一年の年の差があるから、それぞれ別々の内容を学んでいた。でも、最近は、というか前世の知識を思い出してから、私の座学が、アレクシリスに追いついてきてしまった。そのせいで、一緒に机を並べて同じ内容を学ぶようになってきている。

 私は、両親の職場で難しい用語にも馴染みがあり、難なく理解出来たのも大きかった。

 そんな私と比べられて、アレクシリスに悪い事をしたのかもしれない。私は、いわゆる『知識チート』なのだから。

 でも、アレクシリスは努力する天才だった。


「あにうえ、お顔の色が悪いのではありませんか?」

「そんな事ないよ、マリー」

「姫様、殿下は最近、お昼寝もなさらず、お止めしても、夜遅くまでお勉強されているのです」


 そう答えたアレクシリスに、フレデリクが呆れたように言った。


「まあ、あにうえはすごいですね。でも、無理しないで下さいね」

「ありがとう。 …… フレデリク、余計な事を言うなよ」

「殿下は、マリー様にお勉強で負けたくないのでしょう?」

「そんなんじゃないよ …… 」


 アレクシリスは、少しねた顔をして、七つ年上の彼の従者に言った。

 フレデリク=アゼル=ウインズワースは、侯爵家の次男で、秋から学園に入学予定の十二歳。ファルザルク王国の学園は、王都にあり、王城からも通える距離だ。フレデリクは、将来アレクシリスの側近になるべく従者として仕えている。

 上位貴族は、とにかく顔面偏差値が高いと思う。フレデリクは、まだ成長期前だけど、明るい茶色の髪と瞳の顔立ちも凛々しく、手足も長く騎士のようにカッコいい。

 ただし、アレクシリスは別格だ。お祖父様と同じ金髪碧眼だけど、シリスティアリス様の繊細な美貌を受け継いで、子供ながら既に素敵な王子様だ。

 アレクシリスには、もう一人、大人の従者がいるが、私はまだ会ったことがなかった。



 つくづく、王族は大変だ。まず、一人になる事がないもの。私の場合は、必ず侍女のエルシアが一緒に行動する。それに、専属の護衛騎士が必ず一人は、交代でついている。王宮の居住区の自室で、それなりの人数が、私の専属で働いているけど、全員の顔と名前を知っているわけじゃない。つまり、何が言いたいかというと、たまには息抜きしたいのよね。


 お昼寝の時間にベッドをこっそり抜け出す。そんな、遊びを始めてみました。


 幼児の成長には、お昼寝が必要なのは知っている。お勉強の時間のあと、昼食を食べてお昼寝をするのが私の生活パターンだ。お昼寝の時間は、二時間前後かな?

 でも、眠ってから、早い時間にパッチリ目が覚めると、もうこれ以上は眠れなくなってしまう。寝室のベッドで一人、退屈な時間を過ごさないといけない。その時間は、結構苦痛なのだ。

 いっそ、起きちゃえば良いって思ったりもした。まだ早い時間に起きると、エルシアに叱られるかもしれないから、そっと寝室の扉の隙間から、居間をのぞいてみた。

 すると、エルシアが、他の侍女や下女達に指示を出して忙しく働いていた。護衛騎士達は、引き継ぎや、今後の予定を打ち合わせていた。

 きっと、私が起きてしまうと、色々邪魔しちゃうのだろうな。最近、何故かまわりに誰かが必ずいる生活を、息苦しく感じてきていた。今までは、当たり前で気にした事などないのに、私はどうしたというのだろう?


 今の私は、ぱっと見た感じ寝間着には見えない、お昼寝用のワンピースを着ている。部屋履きの布靴で、厚いカーテンを引かれた隙間から、テラスの窓を開けて外に出てみた。

 私の部屋の前は、小さな中庭になっている。細い水路と花壇がメインの庭は、春の花でいっぱいだ。きれいな蝶がひらひら飛んでいる。ぼんやり眺めていると、蝶がふと消える場所があった。気のせいかと思って、蝶の飛ぶ行方を目で追うと、確かに消えたと思ったらまた現れる場所がある。


 その場所は、木陰の裏の壁に蔦がびっしり生えた一角だ。不思議に思って、蝶のあとを追いかけてみた。少し蔦をかき分けてみる。

 すると、蔦と壁の間に大人がやっと通れる程度の蔦のトンネルが続いていた。葉っぱのすき間から光が入るので、そんなに暗くない。


「 …… これは、行くしかないよね」


 小さくつぶやいてみると、ちょっとわくわくしてきちゃった。私が歩く分には問題ない広さだし、足下は古い石畳だ。どうやら、これは秘密の通路っぽい。蝶もひらひらと蔦のトンネルの先へ飛んでいった。私も薄暗い通路を進み、どんどん歩いて行くと先が明るくなってきた。いつしか夢中になって走ってしまい、出口を飛び出してしまった。


 そこは、まるで妖精の棲む庭だった。


 木漏れ日が、背の高い樹々から明るく射しこんでいる。草花をサワサワと揺らしながら、爽やかな風が吹いていきた。たくさんの蝶が、花々を群れ飛び、野薔薇の香りがいっぱいに広がっていた。岩陰に小さな泉がチョロチョロと音をたてて湧き出し、小川を作って流れていた。


 此処は、本当に秘密の庭なのかもしれない。手入れをされた人工の庭ではなく、深い森の中の美しい場所をそのまま切り取って持ってきたような、不思議な場所だった。


 いったい、王宮のどの辺りだろうと周りを見上げてみた。南側は、大人の背丈の倍近い壁だった。残りの三方は、ぐるっと三、四階の建物の壁だ。階数がわからないのは、全ての建物の壁に窓が一つもないからだ。私は、上を見ながら歩いていたら、何かにつまずいて、膝から盛大に転んで上に乗っかってしまった。


「ウグッ!」


 私を乗せたまま、下級騎士の制服を着た、男性が身をよじっている。身体を丸めて、鳩尾のあたりを痛がっていた。どうやら、私の膝が入ったらしい。


「ごめんなさい!」


 私は飛び退いて、秘密の通路に駆け込んで逃げた。何度も振り返ってみたけれど、下級騎士が、追ってくる気配はない。無事、私の部屋の中庭に戻ってこれた。


 私の部屋の中庭は、出てきた時と同じように静かだった。エルシア達は、私が抜け出した事に気がついていないようだ。そっと、テラスの窓から寝室に入り、ベッドにもぐり込んだ。私の冒険は、今日はここまで。

 まだ、心臓がドキドキしている。また明日も行ってみよう! そう、思いながら眠ってしまった。



 翌日、お勉強の休憩中に、アレクシリスが急に私にキラキラした笑顔を向けながら、ささやかなお願いをしてきた。


「ねえ、マリー。ぼくの事は、アレクシリスと名前でよんでくれないかな?」

「あにうえでは、ダメですか?」

「うん。だって、ぼくは、マリーの本当の兄上じゃないだろう? だから、名前でよんで?」


 アレクシリスに、天使の微笑みでおねだりされたら全力で答えねばなりません!


「はい! では、 …… アレクちリス?!えっ?! アレクシリチュ、痛ッ! シ、りぃ、ちゅ …… 」


 ごめんなさい! 今まで、ちゃんと喋っているふりをしていました。実は、まだ舌足らずな私は、発音が怪しい幼児喋りなのです。舌を、物理的に噛みました! エルシア、大丈夫だからお医者を呼びに行かないで! 理由を聞かれても恥ずかしいから、やめて!


「ごめんね。マリー、大丈夫?」

「 …… ひゃい」


 私は、涙目で答えた。アレクシリスの元々の愛称のシシィ呼びも難しいし、『アレク』はお祖父様の愛称だ。どうしたらいいの?!


「あははははっ!」


 フレデリクが、もうたまらないって感じで大笑いしだした。笑われて、恥ずかしいのと悔しいのでフレデリクを睨みつけた。アレクシリスも同時に、彼を睨みつける。


「あはは、ごめんね、姫様。でも、可愛い。面白い。あははは …… !」

「フレデリク、後で覚えていろ …… !」

「はっ! 申し訳ございません!」


 うっ! アレクシリスが、何だか黒いよ? やだ、天使が悪魔に変わった?! フレデリクは、アレクシリスの纏う気が変わったので慌てている。


「では、姫様。殿下を『シィ』様とお呼びするのはいかがですか?」

「『シィ』? あ、言える!」


 私は『シシィ』が言えないのに『シィ』なら言えた。 …… 解せぬ! エルシアの提案に、すかさずフレデリクも乗っかってきた。


「お、さすが、エルシア殿は姫様の事を、把握されていますね。姫様、特別に(・・・)殿下のことは、どうぞ『シィ』様とお呼び下さいませ」

「 …… 『シィ』様でも、よろしいですか?」

「うん。マリーにだけ、特別・・だよ!」


 あ、アレクシリスが天使に戻った。


 休憩が終わるまで、何度もアレクシリスにねだられて、『シィ』様って言わされた。 …… ちょっと、しつこくて疲れた。



 お昼寝の時間は、少し眠るとパッチリ目が覚めてしまった。

 さあ、冒険の時間だ。寝室のテラス側の窓を開けて、そっと部屋を抜け出した。昨日の蔦の葉のトンネルへ向かう。

 あれ? おかしいな? この辺りの壁のはずなのに入り口らしきものがない。蔦は、壁にびっしりと根が張っていて、すき間なんて何処にもない。昨日の事は、まさかの夢落ちなの?!

 私が、ショックを受けて茫然としていると、エルシアが慌てて走ってきた。


「姫様! どうかなさいましたか? こんな場所で、何を?!」

「 …… エルシア。妖精の庭を見つけたと、思ったのに、…… 夢だったみたい」


 エルシアは、しょんぼりした私を抱きかかえて、部屋まで連れていってくれた。私は、知らないうちにポロポロ泣いていた。

 もう一度、あの場所に行ってみたかった。あの、美しい庭に行きたかったのに、行けなかった。

 まるで、歪な『異世界転生者()』は『妖精の庭』に入る資格がないのだと、何かに拒絶された様な気がして悲しかった。

 エルシアは、何も言わず背中をトントンしてくれた。そして、私が泣き疲れて眠るまで一緒にいてくれた。



 その夜、ふと目覚めたら隣に母上が寝ていて驚いた。私をそっと抱きしめて、疲れた顔をしているけど、ぐっすり眠っている。

 最近は、私が落ち着いてきたのと、母上が忙しかったので、一緒に眠っていなかったのだ。


「マリー、起きちゃったかな?」


 小さな囁き声が、反対側から聞こえた。


「ち、父上?!」

「静かに、サンドラが起きちゃうよ」

「父上? なにかあったのですか?」

「ふふ、なにがあったのだろう? 私もサンドラも、マリーが寂しがっていないか、いつも心配しているのだよ」

「あ、あの、お昼のことは …… 」

「いいよ。何も気にする事はない。私の小さなお姫様、父も一緒に添い寝してもよろしいですか?」

「はい。父上」

「おやすみ、愛しい娘 …… 」


 父上は、私の額にキスしてくれた。その後、母上の頬にもキスしようとした。でも、母上は眠っているのに、何かを察知して反対側に寝返りをうった。父上は、キスをあきらめたけど、かなりへこんでいた。


 何だか、くすぐったい夜だった。


 一つのベッドで、両親と揃って眠っただけなのにとても楽しかった。私の些細な変化に気づいてくれて、心配してもらえて、とても嬉しかった。

 その夜から、両親は交代で私と一緒に眠ってくれた。私が、もういいと言うまで、毎晩だ。両親の愛情を、いっぱい感じられた。


 私は、異世界の知識を思い出してから、自分を罪人のように思っていた。ファルザルク王国が、異世界転生者を迫害している現状が、とても恐ろしかった。不安のあまり、この世界に王族として生まれた事すら恨んでいた。

 だから、一人になれない王族の立場に、息苦しさを感じていたのかもしれない。


 でも、もう運命を受け入れよう。


 私は、両親から無条件に愛されているのだと感じられてから、前世の自分を受け入れて、やっと本当の意味で、新たな世界で生きていこうと思えたのだった。



 


お読みいただき、ありがとうございます。


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