第二十話 萌えは難しい
私は、母上が、父上が、アレクシリスが、お祖父様が、エルシアが、私の身近な人々、みんな大好きだ。血の繋がりだけが、家族じゃない。その逆も、言えるという事も理解しているつもりだ。だけど、それはとても悲しい関係ではないだろうか?
「姫様、失礼をいたしました!」
「エルシア?」
エルシアは、深々と私に頭を下げた。そして、その姿勢でピタリと動きを止めてしまった。エルシアのきっちり編み込んで結い上げた髪の旋毛が、私の目の前にある。
「姫様のお心も考えず、愚かな発言をいたしました。申し訳ございません」
「エルシア、いいの。私も、急に今までと違うことを言い出して、ごめんなさい」
「母によく注意されているのです。私には、妄想を暴走させて、喋り捲る悪癖があるのです」
「妄想 …… 暴走、悪癖?」
「祖母の語った、異世界の物語の『萌え』の世界に、周囲の人物を当てはめて悦に入ってしまうのです。相手の方々の身分やお心も考えず、不敬で不埒な妄想を …… いいえ、言い訳をするなんて許されません。申し訳ございません。私は、姫様の侍女失格です!」
「エルシア、もういいから頭を上げてください」
「いいえ、姫様は間違っておられません。王族や貴族は、国家や主家を守るために、他者や自己さえもを犠牲にしなければなりません。しかし、一個の人間として、家族を愛する気持ちを失ってよい訳ではありません。姫様の侍女として、配慮の足らない発言をいたしました」
「そんな、配慮だなんて …… あっ!」
私は、自分が大変な失敗をしてしまった事に、たった今気が付いた。『精霊の種』は、私に教えてくれたはずなのに!
「私、エルシアに大変な事を …… エルシアに何の配慮もなく、指輪を …… シンシアは、馬車の事故で亡くなった、のでしたよね。私、何てことを …… 」
がばっと、エルシアは頭を上げて跪き、私の涙を優しくハンカチで拭ってくれた。
「姫様、お泣きにならないで下さい。 …… 私は、真実を知っておりました。家族は、シンシアが殺された事を、私にだけは隠しました。でも、私達は双子です。不思議ですが、子供の頃から、お互いに何かあれば、どんなに離れていても感じとれました。馬車の事故で亡くなったと言われる、もっと前からシンシアがもう何処にもいないのだと ………… ですから、シンシアが殺されてから、ずっと …… 私は、自分が半分になってしまったと感じていました」
「エルシア …… 」
話をしているうちに、エルシアの頬も濡れていた。
「エルシア、泣かないで …… 」
「姫様、私は大丈夫です。指輪と一緒にシンシアの魂も、戻ってきたのかもしれません。シンシアと、最後に約束していたのです。シンシアは、護衛騎士の恋人を捕まえたから、私に、上級魔術師の恋人を捕まえてねって! だから、私の失った半分を埋めてくれる、魂の恋人を捕まえて、シンシアの墓前に報告するのが目標です!」
「上級魔術師を、ですか?!」
エルシアは、元気いっぱい宣言したかと思ったら、眉をへにょんと下げて、困った表情をした。
「しかし、残念ながら『茨の塔』の上級魔術師は、ご高齢な方か既婚者しかいませんの! 理不尽ですわ!」
「ふっ、エルシアったら、ふふふ」
「こうなったら、将来性を期待して、中級魔術師を狙います!」
「エルシアを、陰ながら応援します!」
「ありがとうございます」
何だか可笑しくなってきて、二人で泣きながら大笑いした。
「私の可愛いお姫様、ご機嫌はいかがですか? …… っ! 私のお姫様にエルシアまで、一体どうしたのですか?!」
父上は、泣きながら笑っている私達を見て、目を丸くしていた。
「何でもありません。父上は、『ヤンデレ』なんですか?」
「『ヤンデレ』?」
エルシアと顔を見合わせて、また笑った。父上は、不思議そうな顔をしていた。私達は、さっきのやり取りを説明した。父上は、黙って最後まで聞いていた。
「『ヤンデレ』 …… 」
意味を聞いた父上が、ちょっと萎れてしまった。
「否定したくても、心当たりがありますから、否定は出来ませんね。しかし、異世界文化は、理解するのが難しいですね」
「父上、『ヤンデレ』の自覚がおありなのですね …… 。私も、『萌え』の世界を全て理解しているわけではありません」
「祖母は、『萌えは、世界を平和にするのよ』って、よく言っておりました」
「マリーに、口止めしたのは、あまりサンドラに思い出して欲しくなかったからです。実は、成人直後のサンドラの寝室に、男が侵入したことがありました。男は、すぐに捕まり事なきを得ましたが、王太子殿下の依頼だと言い残して、尋問中に死亡したのです。犯人の男は庶民の破落戸で、遅効性の毒を飲まされていたようです。捜査も難航して、黒幕にまで到りませんでした。そして、王太子殿下は、肯定も否定もされなかったのです。サンドラは、王太子殿下の周辺人物が、黒幕なのだと考えていました。今でも、王太子殿下が反論しなかったのは、、犯人を庇っているのだと思っているようです」
「そうだったのですか …… 」
「何れにせよ、もう済んだ話です。マリー、そろそろ出発しましょう」
「はい。父上」
私は、父上の爽やかな笑顔の裏を、見ないふりして笑顔を返した。そして、やはり小ホールの騒動がどうなったのか詳しく聞いた。
あれから、自室に運ばれた宰相は、目を覚ますと王女の娘が『精霊の種』を使って自分を殺そうとしたと、騒ぎ立てたそうだ。
それを、王太子殿下が宥めて『精霊の種』が霊威を示しただけで、殺意があっての事ではないと、証言してくれた。
私は、今回の件で初めて知ったのだけど、王太子殿下は、『精霊術師』と呼ばれる特殊な能力の持ち主で、精霊を視る能力、精霊の声を聞く能力、精霊に言葉を伝える能力を持っているそうだ。どれか一つでも持つ者さえ、そう多くはいない。全て持っている王太子殿下は、とても稀な存在なのだそうだ。
『精霊術師』は、精霊に関して嘘を言えない誓約があるそうで、その事は広く知られている。大々的な調査を『茨の塔』に、正式に依頼して調査させる事で、噂が一人歩きするのを防いでくれた。
『茨の塔』の魔術師達は、熱心に調査をしている。『精霊の姫君』である私には、直接的な調査は禁止されているので、その場に立ち会った宰相を、質問責めにしたらしい。
その時、王太子殿下は、宰相が『精霊の種』の霊威を示す為、貢献した様に情報操作をした。そのため、魔術師達に尊敬の念を抱き、宰相の自尊心を大いに満足させた。
王太子殿下は、小ホールの騒ぎから、私達を守ってくれたのだ。
『ファルザルク王国の王宮は、まるで伏魔殿だわ。王族も複雑な事情で、色々と人間関係が大変ね』
記憶の中で『精霊の種』の声が、脳裏に響いた。
急がないと竜族との会談に遅刻しそうなので、最初からエルシアに抱っこしてもらった。
今日は、護衛騎士が少なめで、父上やイトラスも護衛の頭数だから頼れないのだ。
「エルシア、疲れませんか?」
「身体強化系の魔術を使えますから平気です」
エルシアって、そんな事も出来るんだ!
「父上、会談はどこで行われるのですか?」
「『囁きの森』、竜族の竜騎士団寮です。こちらからは、王太子殿下、アレクシリス殿下、マリーと、私が出席します」
「母上は会談に出席しないのですか?」
「出席者は、王族の代表、当事者、『精霊の姫君』、護衛兼教育係代表です。竜族は、他の者の出席を認めていないのです」
「母上、またふて寝していませんか?」
「サンドラは、グラトン室長を過労死させるわけにはいかないので、執務室でお仕事です。会談が終わったら、報告に一緒に行きましょう」
「はい。父上」
「竜族は、長の蘇芳殿と、杜若殿と藍白殿に、非番の竜族の竜騎士達です。話の流れ次第で、後から、竜騎士団長と副団長も参加する予定です」
アレクシリスの運命が決まる会談だ。
『精霊の種』どうか力を貸して! 私は、心の中で呼びかけた。
『いいわよ、マリー姫。軽めに竜族の知識と、蘇芳対策を教えてあげる』
「!?」
「マリー様、どうかいたしましたか?」
「な、なんでもありません」
エルシアが、心配そうに私の顔を見ていた。私の呼吸が、驚きで一瞬止まったからだ。
『脳内会議みたいな感じだから、マリー姫は、普通にしててね』
ーーーーり、了解です。それにしても、小ホールでは、色々とやらかしていただいたのですね。
『ごめんなさい! つい、調子に乗りました! 王宮の精霊達まで、ストレス解消とばかりに一緒になって弾けちゃったの。でも、マリーの魔力をそんなに使わずに済んだから許してね』
ーーーー私の為にしてくれたのでしょう? ありがとうございます。『精霊の種』さんは、まだ生まれる前なのに、そんな事をして大丈夫なのですか?
『わたしは、精霊王に言わせると、規格外なのですって』
ーーーー規格外? 異世界転生者の精霊だから?
『それもあるけど、時間が無いから、その話はまた今度ね』
ーーーーえ、はい。
この世界には、知性を持つ様々な種族が存在する。
しかし、他の大陸に住んでいたり、人間の生存不可能な場所など、生活圏が交わらず互いの交流は少ない。広大な世界には、未だ前人未到の地が数多く存在し、そんな秘境に住んでる一族の一つに竜族がいた。
竜は、大空の覇者にして、全ての生物の頂点に君臨する最強の種族だった。自らを神々の剣と呼び、強靭な巨体と豊富な魔力で、太古の昔、魔族を滅ぼしたと言われている。実際に、竜族はどこでどんな生活をしているのか子細は全く謎だった。
その、謎に包まれた竜族と人族の交流が始まったのは、竜族が幾つもの部族に別れて敵対し、争いに発展したのがきっかけだった。
もし、世界最強の竜族間で戦争を行えば、世界中が破壊し尽くされてしまうだろう。遥かな太古、竜族同士の争いで、崩壊して海に沈んだ大陸の伝説があるほどなのだ。
そこで、どういう理屈なのか竜族は、人族を間に介すことにした。
『これ、約八百年前の事だけど、それには『誓約の女神』が深く関わっているのよ』
ーーーー『誓約の女神』って、アレクシリスと杜若の誓約を成立させた『誓約の精霊』と関係あるのですか?
『そうよ。彼女は『誓約の精霊』の長。『誓約の女神』は、世界を守るため、一計を案じたのよ』
当時、人族の国々も戦乱の世であった。そこで、敵対している人族の国に、敵対する竜族がそれぞれ味方をする。竜族が己れと共に戦う人族のを選び、半身とする契約を結ぶ。契約を結んだ竜族を『契約竜』、人族を『契約者』と呼び、共に『竜騎士』を名乗り共に戦う。後に、『契約戦争』と呼ばれた大戦だ。
『竜騎士の契約』は、竜族にとって魔力や能力の枷になり、人族にとって竜族の大きな力が武器になる。竜の背に乗り、大空を自由に飛べる高揚感に人は酔いしれた。
しかし、『契約竜』の制約の枷は、互いに悲劇をもたらした。
『契約竜』は、能力に関して制約が多く、奮える力も魔力も通常の半分以下となり、その背に『契約者』を乗せなければ、魔法も発動できず戦えない。その為、契約戦争では、多くの人族側の竜騎士が犠牲になった。『契約竜』は、枷に縛られ戸惑いの中で戦った。それ故、多くの『契約竜』は己の『契約者』を護りきれなかった。頭部さえ無事ならば、持ち前の生命力と魔法で生き延びられる竜族と違い、人族はあまりに脆弱な生き物だった。
契約は、互いに生涯ただ一度限り。寿命の違い、考え方の違い、習慣の違い、様々な障害と戦いの果て、竜族も人族の国々も、戦いの虚しさを学んだ。
多くの『契約竜』は『契約者』を喪って、ひっそりと余生を暮らしている。『契約竜』を失った『契約者』も同様だったが、もう生きている者はいない。
契約戦争が終結してからも、竜騎士は存在する。しかし、竜騎士団を組織出来る程の人数が居る国は、そう多くない。
ファルザルク王国は、別名 『竜騎士王国』と呼ばれ他国から一目置かれた存在だった。
ーーーー竜騎士の歴史、壮絶なお話ですね。以前は、自分の記憶のように知識が引き出せていたきがしますが、今は歴史書を読んでいる様な感覚です。
『わたしと、知識を共有している状態が異常なのだから、徐々に正常に戻っているのかもしれないわね』
ーーーーそうなのですか。
『知識は、これくらいでいいかしら? あと、蘇芳対策よね?』
ーーーーぜひ、聞きたいです!
『蘇芳は、子供と涙が苦手なの』
ーーーー?!
『それだけ。あとは、貴女の父上に任せて大丈夫よ』
ーーーーええ~?
私は、なんとなく、竜族の長の蘇芳が苦手だった。アレクシリスの部屋で、ミニチュア雷を落とされたからかな?
お読みいただき、ありがとうございます。




