第十二話 精霊の姫君
杜若が、俺様ツンデレ美形なら、藍白は、外見詐欺腹黒美形だよね。タイプの違う美形が揃うと福眼だった。
うわぁ! 藍白の金色の瞳の中心が、キュッっと縦に細まった。あ、爬虫類みたい。そうか、竜族の瞳は爬虫類系なのね。
私は、竜族について、ほとんど知らない。この前、竜騎士団見学で知ったのは、竜の姿と人の姿の二つの姿を持っている事。竜の姿で大空を飛ぶためには、風魔法を使っている事。他種族なのに、竜騎士の契約によりファルザルク王国に所属している事。不思議と謎の竜族。
そうだ、杜若は、結界魔法が得意だって言っていた。
「ねえ、姫君? 聞いている?」
はい! 現実逃避、終了いたします!!
藍白が、何かを見透かす様な鋭い気配を、私に放っている気がした。これは、藍白の魔力なのかもしれない。母上の冷気を感じさせる魔力の様に、感覚を同時に刺激する魔力なら私にも分かるようだ。
「藍白様、いくら竜族の若君とはいえ、王族の姫殿下に無礼ではございませんか?」
エルシアが、藍白に冷たい視線を向けながら言った。本気で怒っている時の彼女は、まるでミニ母上。私を抱っこしたまま、魔力を溢れさせないでね! さ、寒いよ!
「ふふん。ファルザルク王家と竜族は、対等なお付き合いなんでしょう? 侍女さんの方が無礼なんじゃないのか? ま、いいけど。侍女さん、そろそろ姫君を座らせてあげたら?」
藍白は、ふわりと微笑みながら居間のソファーに座り優雅に脚を組んだ。嫌だわ! 藍白様ったら、すごく悪役がお似合いよ。
「失礼いたしました」
エルシアは、悔しげな顔をして、私を藍白の反対側のソファーに下ろした。ごめんなさい、エルシア。私のために怒ってくれたのに、正直なところ寒くて辛かった。
「ねえ、侍女さん。僕、のどが乾いちゃった。お茶をもらえるかな? 悪いけど、待っている間、他の人も出ていてよ。僕、人見知りで緊張しちゃうからさぁ」
「 くっ!……………… 承知、いたしました」
つまり …… 藍白は、こんなあからさまな人払いをしてまで、私と二人きりで話をしたいという事らしい。
「姫様、申し訳ございません。お茶を用意する間、お一人にいたしますが、私は、すぐに戻って参ります。護衛騎士も部屋の周辺におりますし、寝室にはお父上がいらっしゃいます。何かございましたら、一声、お叫び下さいませ!」
「何なの?! 僕、ソコまで信用ないの?」
エルシアは藍白に答えず、他の人達も引き連れて部屋を出ていった。扉が閉じられて、振り返った藍白は、いたずらが成功した子供の顔をしていた。
「あははは、少し意地悪だったかな? 本当は、成人した竜族しか貴人扱いされないんだ。侍女さんは、そこまで知らなかったみたいだね。それとも、知っていて、敢えて …… かな? 竜族とファルザルク王家は対等な関係だけど、竜族には身分制度が無いから、比較する事が出来ないけどね。ま、大昔、竜族は神々の剣にして神の執行者だ! なんて時代もあったから、貴人扱いもそんなに間違ってもないかな。ふ~ん。やっぱり姫君は変わったね。今、羽根がキラキラしているのは …… どうして?」
「はい? 藍白様、質問の意味が分からないのですが? は、羽根?」
えっと、彼は何を言っているのだろう? 数ヶ月の間にあった事は、前世の記憶を思い出した件しかない。でも、会っただけで分かるものなの? しかも、羽根?! 私にそんな付属品はございません!
「ねえ、心当たりがあるんだね。姫君、教えてよ!」
藍白の視線は、私の背後に固定されている。あ、竜騎士団の見学の時、契約竜の皆様も同じように私を見ていた。
「どうして、背中を見たがるのですか?!」
「だって、精霊の祝福の一端が視えるから?」
何故、質問に疑問で答えるの? なんですと?!
「私の背中に、精霊の祝福が視えるのですか?」
「うん。パタパタ動く可愛い羽根や、キラキラの光る翼や、若木の小枝や、蔓草が伸びて花が咲いている時もあるね。それって、姫君の感情に左右されて現れるのかな? それとも、精霊自身の意思の具象化なのかな?」
精霊の祝福! ああ、シドにもらったあの本を読んでいたら、もう少し予備知識が身に付いただろうに!
藍白は、私の背中を覗き込もうとして、こちらに近づいてきた。私は、とっさにソファーから降りて藍白から逃げた。
だって、藍白の瞳が興味津々、黄金色に爛々《らんらん》と輝いていて、獲物を狙う猛禽類みたいで怖すぎる。
すると、藍白が私を追ってきた。私は逃げ、藍白がにこにこ笑いながら追いかけてくる。部屋の中を必死に藍白から逃げまわった。え~ん! 鬼ごっこは苦手だよ!
私は、逃げながら部屋の中で一番大きな鏡を探しだした。柱と一体化した細長い鏡に、背中を映そうと、バタバタしたり、くるくる回ったりした。
藍白は、クスクス笑いながら私を抱き上げて、背中が鏡に映るように抱きなおした。
「ごめんね姫君、姫君の精霊の祝福は、鏡に映らないし、精霊を視る素質か、ある程度の魔力持ちじゃないと視えないからね」
がっかりだ。自分の背中を、自分の目で直接見る方法なんて無いもの。藍白は、私の頭にポヨポヨ軽く慰めるように触れた。
そして、藍白は、私を抱き上げたままソファーに座ってしまった。私は、藍白の膝の上に横向きに座っている。
「姫君は、最高位の『精霊の種』を託されて生まれたんだよ」
「『精霊の種』? 種って何ですか? 精霊の祝福は、精霊が人と契約を結ぶ事で得られる、ちょっとだけ良い事。ですよね?」
「姫君は、よく知っているね」
「私に憑いているのは『精霊の種』? なんですか? 」
「そう、『精霊の種』は、新たな精霊が生まれる前の状態でね、種から何の精霊が育つのかは、元々の種の素質と、宿主の姫君の心と、あと周囲の環境次第らしいよ」
「私の中で『精霊の種』が育っているのですか?」
「うん。『精霊の種』は、宿主の膨大な魔力を糧にしか生まれない。『精霊の種』の守護者の『精霊の騎士』が、『精霊の種』を育てるのに相応しい者に託すんだ。成長した種から、『精霊王』になったりする場合もあるよ。宿主には、生まれた高位精霊の守護や恩恵が受けられる。だから国は、姫君をとても大事に守っているだろう? 僕は、半年くらい前からの事しか知らないけれど、姫君の周りは少々過保護過ぎると思うな」
半年前、だったら藍白は何故私の周りが過保護なのか知らないのだろう。
「藍白様は、『精霊の姫君』を見守る役目なのですか?」
「そうだよ、『精霊の姫君』。竜族は、精霊と近しい関係なんだ。僕は、精霊の姿を見ることも、会話だって出来る。竜族は、人族よりも精霊に近い種族だ。竜族として、新しい精霊の誕生を歓迎するし、大切に成長を見守っているよ」
「新しい精霊じゃなくて、精霊王かもしれないのですよね」
「今の精霊王は、まだ若くて元気だから、姫君の精霊は、新しい精霊だね。だからかな? かなり強い精霊の騎士が守護しているね。彼、無口で無愛想で何も教えくれなくて、つまんないけどさ」
「ええっ?! 精霊の騎士が、私を守護しているのですか? 私は、魔力が弱いから、精霊の騎士の姿も、背中の翼も視えないのですか?」
「違うよ。姫君は、魔力を『精霊の種』に喰われているだけで、逆に膨大な魔力持ちだよ。姫君は、魔力が強すぎるから、もしも『精霊の種』に魔力を喰われてなかったら、魔力に身体が耐えきれなくて死んじゃうかもしれなかったね。幼くして魔力過多で、身体の器の成長が追いつかずに、亡くなる子供がいるんだ。そんな子供が、特に王族の女の子に生まれやすい。だから、『精霊の姫君』って呼ばれてる」
「私に『精霊の種』が託されていなければ、大人になる前に死んでしうかもしれなかったのですか?」
「大人どころか、生まれてすぐに亡くなる場合が多いよ」
さらっと、藍白が怖い事を言った。
「そっかぁ、今のファルザルク王家で『精霊の種』を育てるって大変そうだな。『精霊の種』は、悪意や憎しみにさらされたり、歪んだ人格に育てられたりしたら、災いの精霊に育っちゃうからね」
「災いの精霊?」
「世界を憎んで、恨んで、滅ぼそうとする精霊だよ。でも、姫君の精霊の騎士は優秀だね。こんな悪意や欲望でドロドロな王宮でも、姫君に、悪意を持つ者を近付けないように頑張ってるみたい。今、すごく睨んできてる」
「つまり、藍白様は私に悪意を抱いていらっしゃるのですか?」
「え?! 悪意なんかないよ? あるのは興味だけ!」
「正直過ぎます!」
確かに、最近は不自然なくらいそんな嫌な事があった記憶が無い。両親の会話の中に出てくる政敵にも、すれ違う事はあっても、面と向かって何かあった事は無かった。
「過去、新たに生まれた精霊で、八百年ほど前に生まれた『誓約の精霊』なんか有名だよ。逆に、災いの精霊だと『幻華の精霊』だね」
「新しい精霊 …… 」
「半年前に見かけた時は、姫君はお人形みたいだったのに、いったい何があったのかな? そういえば、アレクシリスが言っていたよね。姫君は、高熱を出して倒れから、別人みたいになったって …… 」
「別人 …… ですか」
私は、前世を思い出す以前の自分って、どんな子供だったのか、あまり覚えていない。
「あ! 姫君、もう時間切れだ。今度はちゃんとした立場で、会いに行くから待っててね。その時、もっと詳しく話そうね♪」
藍白の金色の瞳は、キラキラ輝いて綺麗なのに、私には、悪巧みをしている様にしか見えなかった。
ドカアッッーーーー!!!!
突然、扉が砕けて、赤褐色の髪の壮年の男性が、勢いよく部屋に入って来た。扉の鍵や板が、壊れて欠けた木片がバラバラと跳んでいった。
「藍白! この、馬鹿者!!」
アレクシリスの私室の居間の天井近くに稲光が走り、ソファー背もたれの端に小さな雷が落ちた …… ! 物理的に本物の雷が落ちた!!
たぶん、藍白の結界のおかげで感電はしなかったけど、轟音がして、落ちた場所も焦げてブスブスと煙が出ている。
信じられない! いくら、魔法だからといっても、出鱈目すぎる!
「あれ、蘇芳が来たのか。久しぶり~♪」
「何が久しぶりだ! ………… 杜若は?!」
「杜若? 隣の寝室 …… から、逃げたかも?」
「そうか、まずは、貴様からだ。藍白、未成年の竜族が、ファルザルク王国の王宮で何をしている? 貴様は、掟を何だと思っている?」
「掟? なにそれ? あ、わあっ! 嘘です! ごめんなさい! 蘇芳、『精霊の姫君』が怯えちゃうよ!」
蘇芳と呼ばれた、目の据わった男性の身体から、バチバチと放電が起きている。巻き込まないで!
そうか、藍白ったら、わざと私を膝抱っこしたのだな。おそらく、大迫力で怒っている男性は竜族なのだ。私を盾にするとは、藍白は策士なり。じゃなくて、雷が怖くて声も出ないし、泣けきそう!!
「『精霊の姫君』だと …… ?! 藍白、 マリシリスティア姫殿下となぜ一緒にいるのだ。 ただでさえ、杜若がアレクシリス殿下と竜騎士の契約を、誓約で強引に結んだ問題で頭が痛いのだぞ! 貴様まで、何をしているのだ!」
物理的な雷は、どうやら回避できた。危なかった。でも、藍白は、蘇芳に雷を落とされなさい!
「わあ、そんなに怒らないで、姫君からも、蘇芳に何とか言ってよ」
「私は、自身の安全を確保するので精一杯ですので、藍白様は、頑張って叱られましょう。反省して下さいね」
「姫君の背中に、悪意の翼が見える …… 」
「マリー! 無事ですか?!」
「姫様!」
騒ぎを聞きつけた父上達が、寝室から腰の剣を抜刀しながら飛び出してきた。
それから、エルシア達が、隣室から飛び込んできて、居間に集まってきた。あら、杜若は本当に逃げたらしい。
アレクシリスが、ベッドに残る様に言われていたらしく、寝室から不安そうに私の安否を尋ねてきた。
「竜族の長、蘇芳と申します。姫君には、怖い思いをさせてしまい、申し訳ございません」
蘇芳は、深く頭を下げて、私に自己紹介と謝罪をした。私は、父上に膝抱っこされている。ここは、世界中で一番安全な場所だ。
「全く、何故こんな事になっているのだ。藍白」
「『精霊の姫君』を見に行けって、蘇芳が言ったたんだろう?」
「藍白が一番精霊に好かれやすく、適任だと考えたからだ。しかし、私は遠くからそっと見定めろと言わなかったか? 竜族は、ファルザルク王家と懇意だが、干渉はしない。そう言ったはずだが?」
「だって、姫君があまりにも前と違っているのだもん。『精霊の種』についても、何も知らなかったし、ねえ? 姫君」
「藍白、どういう意味だ?」
うーん。まだ藍白は、それを追及するのか。それほど、『精霊の種』と私の状態は、密接な関係があるの?
「その件も含めて、日を改めてお話いたします」
眉間のシワを深くした父上が、私の髪を撫でながら言った。
これ以上、アレクシリスの私室にいては、騒ぎが大きくなるので、後日、竜族と話し合いの場を整える事になった。
「もう、十分騒ぎになっていそうですけど …… 」
私は、壊れた扉を片付けている使用人達の様子を見ながら呟いた。
「大丈夫かも! 僕の結界は範囲が広いから、この棟で起きた音くらいなら、外に漏れてないよ」
「藍白様は、すごいのですね」
「姫君、もっと褒めてもいいよ」
蘇芳が、ビシッと藍白の後頭部を叩いた。藍白は、叩かれた頭を軽く撫でて少し乱れた髪を整えただけで、平気そうにしていた。竜族は、見かけより身体が頑丈そうだ …… 。
「姫君、藍白は大雑把なだけです。膨大な魔力にまかせた、力業の結界しか張れない未熟者です。では、失礼いたします。どうか、お健やかにおすごし下さい」
別れ際に、藍白は私に囁いた。
「あのね、姫君。君は一人じゃない。竜族は、君が産まれた時、一緒に暮らしたいと申し入れた。当時は、拒否されたけどさ。今でも、竜騎士の連中は、国ごと姫君を守る気満々だよ。忘れないでね」
「 …… ありがとうございます」
私は、竜族の二人の若者に好意的な感情を持っている。だって、杜若はアレクシリスを、まるで父親のように守ろうとしてくれている。藍白も、杜若を心配しながら、アレクシリスの為にとても怒ってくれていた。
蘇芳に引きずられる様に出ていく藍白を見送ると、父上が心配そうに私に尋ねた。
「では、マリーは『精霊の種』について、知ってしまったのですね」
父上は、とても私を心配そうに見ている。
「はい。私は、もっと精霊について知りたいです」
私は、なるべく明るく返事をした。精霊について、シドに少しは教えてもらっていた。おかげで、ショックは少なかったから大丈夫だ。
「分かりました。いずれは、きちんと話さなければならない事でしたから。しかし、サンドラの謹慎が解けてからにしましょう」
「はい」
「マリー、私は、近衛騎士団の詰所に戻ります。シシィの傍にいてあげて下さいね」
「はい。父上」
私は、父上を見送り、アレクシリスの寝室に向かった。
お読みいただき、ありがとうございます。