第一話 春の王宮
『魔霧の森の魔女』の登場人物、アレクシリスの子供時代を姪のマリシリスティアを主人公に書きました。
ファルザルク王国物語です。
まずは、子供時代編からです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
私の初恋は、四歳になったばかりの頃だった。
初夏の庭で、一緒に遊び『あにうえ』と呼んでいた、一つ年上の金髪碧眼の愛らしい王子様が、本当の兄ではないと知った時だ。
しかし、私の初恋は、すぐに終わりを告げた。
彼は、母の年の離れた異母弟だった。国法で、叔父とは結婚出来ないと知ったからだ。
その日、私は高熱を出して倒れた。私は、三日三晩意識不明となり、目覚めると前世の記憶を思い出していた。
僕の初恋は、五歳になったばかりの頃だった。
初夏の庭で、一緒に遊び『あにうえ』と僕を呼ぶ、一つ年下の鳶色の髪と瞳の愛らしいお姫様が、本当の妹ではないと知った時だ。
でも、僕の初恋は、すぐに終わりを告げた。
僕は、王国の第二王子だ。将来は他国の王族との婚姻する為、国内では結婚出来ないと教えられたからだ。
彼女と結婚出来ないと知った日、彼女は高熱を出して倒れた。彼女は、三日三晩意識不明となり、目覚めると別人の様になっていた。
僕の初恋が、本当の終わりを告げるのは、もう少し後のことだ。
僕らの不幸は、王族という、ほんの少し特殊な生い立ちだったいう事だろう …… 。
麗らかな春の日、私は、侍女のエルシアと久しぶりの散歩を楽しんでいた。王宮の庭は、芳しい花々に溢れた、一番美しい季節を迎えていた。
おや、キラキラした男の子が、庭に面した回廊を、侍従と騎士を引き連れて歩いている。
あ、男の子が私に気がついて、こちらに走って来る。
お互いの護衛騎士が、合図を交わしているから、この男の子を近づけても大丈夫なのだろう。侍女のエルシアだって、何も言わないで私の背後に控えている。
「マリー!」
「 …… ごきげんよう」
ちょこんと、膝を使って腰を落とす、淑女の挨拶をしながら、私の脳内はパニックだった!
おおっ! 王子様だ! リトルプリンス! 金髪碧眼の天使がいる! と、叫び出したいのを耐えた。私は、自制心全開にして頑張ったよ。
………… それにしても、どなた様?
「マリー。もう外に出てきても、だいじょうぶなの?」
「はい。 ………… ! あに、うえ?」
やっと、思い出した! 目の前の男の子と、脳内の人物一覧表が一致した。
今年、五歳になったばかりの『あにうえ』は、超絶的に愛くるしい容姿をしている。
彼の名前は、アレクシリス=ヒンデル=ファルザルク。この、ファルザルク王国の第二王子殿下だ。
王族は、優秀な美男美女で結婚することが多い。そして、子供も美形に生まれてくる。彼も例にもれず、ヒラヒラのフリルの付いたシャツも、上品な刺繍が装飾された上着も、とても良く似合っている。
「高熱が出て、寝込んだのは三日間だけです。大事をとって、一ヶ月もお部屋で静養しましたから、もう大丈夫です!」
私は、元気いっぱいに子供らしさの欠片もない返答をしてしまった。
「 …… マリー。なんだか大人みたいな話し方だね」
「えっ! そ、そんなことありませんわ。おほほほっ …… 」
うっ! 誤魔化そうとして、更に失敗してしまった。おほほほって、何だ! おほほほって!
「 …… マリー、元気になってよかった。ああ、フレデリク。急かすな、わかっている。では、またね」
『あにうえ』は、ちょっと怪訝そうな顔をして回廊へ戻って行った。
「 …… エルシア。今の、大丈夫かな?」
エルシアは、ため息まじりに答えてくれた。
「姫様、駄目ですね」
「デスヨネ!」
私は、失恋のショックで、前世の記憶が甦った。
私の四歳になったばかりの小さな頭の中に、いきなり溢れかえった前世情報は、行き場を失って脳内を嵐のように吹き荒れた。私は、高熱を出して倒れてしまった。
目覚めた私は、現世の『ちちうえ』と『ははうえ』に、幼児の拙い言葉で、自分の頭の中で何が起こっているのか、必死で説明した。
前世の自分の個人情報については、性別すら全く思い出せないのに、前世の世界の知識だけが膨大にあった。それは、この世界の知識じゃない。
つまり、私は異世界転生者だったのだ。
この一ヶ月、全てを知った両親と、信頼のおける側近達とで対策を練ってきた。
「姫様、マリー姫殿下」
エルシアの呼ぶ声に、ハッとする。
「姫様、そろそろお戻りになられては、いかがでしょう? これ以上、ボロがでないうちに …… 」
エルシアは、最後の一言を小声で付け足した。
私の現世の名前は、マリシリスティア=サンドラ=ファルザルク。ファルザルク王国の現王アレクサンドロスの初孫として生まれた。
私が、異世界転生者であることは、絶対に秘密にしなければならない。
何故なら、もしも政敵にばれたら、即廃嫡されてどこかの塔にでも幽閉されちゃうそうだ。
そんな、お先真っ暗な人生が待っているなんて怖すぎるよね。あまり覚えてないけど、二度目の人生ならば幸せになりたいって、足掻くのは当然でしょう?
私は、エルシアにお願いして、母上に会いに行くことにした。私の母親は、国王の第二子で第一王女殿下だ。
最近の母上の執務室は、各部署の文官の出入りが、とても多くなっている。国王のアレクサンドロス陛下、私のお祖父様がご病気で、体調が思わしくないからだ。
王宮の執務棟で、一番忙しい母上の執務室は扉が閉まる暇さえないそうだ。扉の前では、専属の護衛騎士数人がかりで、入室する人物をチェックする為に、ズラリと行列が出来ている。
私とエルシアは、その列を追い越して先へ歩いて行く。皆様、お忙しいのに、ごめんなさい。
母上の兄、王太子殿下が居るのに、何故こんな事になっているのか?
それは、奴が馬鹿だからだ! 王太子殿下は、妻のご機嫌取りに忙しいそうで、ご自分の執務までも妹姫《母上》に押し付けてきている。
だから、王宮の決裁が必要な仕事の大半が、王女の執務室に持ち込まれて来ていた。
こんなので、この国の将来は大丈夫なのか?!
エルシアが、扉の前の護衛騎士に一言かけて、一緒に部屋に入る。
この執務室は、四室が横に並んでいて内部で行き来できるようになっている。
今、入った部屋は母上の侍従の一人、グラタン …… じゃなかった、グラトン室長が中心になってお仕事をしている。
毎日、数十人の精鋭文官達が、机を並べて書類と格闘している。通称、最前線室。文官達は、三交代制二十四時間年中無休で働いている。お給料は、それなりに高給らしいから、ブラック企業じゃないよ。多分、濃いグレーくらいかな、ははは。
左側の扉の奥には、資料室がある。
一度だけ、のぞいて見たことがある。薄暗い部屋に、整理整頓された書籍や書類が、高校の図書室並みにきっちり、びっしり詰まっていた。
そして、ホラーな資料室の主に悲鳴をあげた。その時の記憶は、速やかに封印した。
最前線室の机に積まれた書類の山から、やつれた顔をのぞかせた中年男性が、立ち上がり腰を折った。それに気付いた他の文官達も私に礼をする。
「ごきげんよう。グラトン室長、ご苦労様です。皆さまも、ご無理をなさらないで下さい」
「姫様、ありがとうございます」
忙しいのに手を止め、挨拶してくれたグラトン室長や文官達に、子供らしく愛嬌を振りまきながら室内を横切っていく。ちょっと緊張しちゃう。
右側の扉には、母上が執務や会議をする部屋。通称、司令室に続いている。
エルシアは、司令室前の護衛騎士に声をかけてから、扉をノックした。母上の侍従長のガブラン侯が、すぐに扉を開けて出迎えてくれた。ガブラン候と、挨拶をかわしてから部屋に入いる。
司令室には、母上の王族用執務室が手狭になって、会議室の周りの部屋を改造した名残で、二十人は座れる会議机が置かれている。でも、最前線室と同じくらい広い部屋の会議机さえ、資料や書類の置き場になっている始末だ。本当に、皆さん過労死しないか心配になってきた。
奥の衝立の向こう側に、母上の執務机がある。
そこから、ブリザードが吹き荒れてくる。いえ、母上の静かな怒りの声が聞こえてきた。
「では、宰相補佐官殿。どうあっても、王太子妃殿下の予算を減額どころか、増額するって仰せになるのね。王太子殿下は …… 」
「王女殿下、申し訳ございません」
「私は、貴方に謝罪されても、嬉しくありませんのよ。こちらの書簡を、王太子殿下にお渡ししてくださる?」
「こちらは?」
「書簡の内容をお聞きにならないほうが、お為になりましてよ」
うわっ、宰相補佐官殿が魔力で瞬間冷凍されそうになった!
「は、は、 は、は。承知いたしました。では、失礼致します」
宰相補佐官のカルペール伯が、凍りついた表情で、衝立から飛び出してきて、私に気づくことなく退室していった。
「まあ! 姫様にご挨拶もしないなんて失礼な!」
エルシアはプリプリ怒っているけど、仕方ないかもしれない。
宰相補佐官のカルペール伯は、王宮の文官の中でヒョロヒョロ一番背が高い。まだ小さな私が、彼の視界に入らなかったって責められないかな。
でも、王太子殿下派の中心貴族だから、今度出会ったら、こっそり足を踏んでやる。
「マリー、いらっしゃい」
「はい、母上」
母上の声が、衝立の向こうから私を呼んだ。今度こそ、母上とご対面だ。衝立の脇をすり抜けると、ぶわっと、急に体か浮き上がった。ふわっと、ではなくて、ぶわっとだ。
「きゃっ!」
「私の小さなお姫様、ご機嫌はいかがですか?」
「父上! いらしたのですか? もう、びっくりしました。いきなり、抱き上げないで下さい!」
私は、父上に抗議した。いくら父上の安定感抜群の子供抱っこでも、目線が急激に高くなるって意外と怖いよ。重力加速度までかかって気持ち悪いしね。
「まあ、グレイル。マリーは私に会いに来たのよ。返してちょうだい」
母上が、腕をひろげて待っている。父上は、私に頬擦りしたあと母上に引き渡した。父上、お髭伸びてきてて痛かったよ。
「母上、お忙しいのに、ごめんなさい」
「いいのよ。少し、休憩にしましょう」
私は、ピトッと母上に引っ付いた。凄くいい匂いがして、ちょっとうっとりしてしまう。母上は、他の文官達に休憩を告げて、右側の奥の扉に向かった。後ろに、父上とエルシアが続いて歩く。
一番右側の部屋は、母上の簡易の休憩室。少し豪華なビジネスホテルの部屋に、簡易キッチンが付いた感じの部屋だ。母上の腹心の部下以外は、絶対入室出来ない。母上謹製の魔術で特殊結界が張られているから、盗聴だって心配ご無用。
私は、まだ幼いから魔法は使えない。成長しないと適正があるかも調べられないそうだ。早く、魔法少女になりたいな!
母上は、とっても美人な王女殿下。名前を、アレクサンドリア=ユフィ=ファルザルクという。
美しくうねうね波打つブロンズの髪と、蒼穹の瞳をした妖艶な美女。
しかも、国内の最高学府を二年も飛び級して主席で卒業した才女。『暁の姫』だなんて、二つ名まで持っている。
まだ二十代前半ながら、国政の難しい判断も、外交もビシバシこなしていく素敵な働く女性だ。
父上は、近衛騎士団の副団長のグレイルード=ガテス=ファルザルク。
母上は、王族が少ない現状なので降嫁しなかった。王家に残るために、子爵家の次男坊だった父上を婿にしたのだ。父上の立場は、王女配というらしい。
父上は、母上より十歳年上だけど、完璧に尻に敷かれ……これ以上は割愛。父上は、鳶色のツンツンの短髪と、同じく鳶色の瞳をしていている。現役騎士だけに、高身長にがっしりした筋骨隆々の、イケメンマッチョだ。
本来は、王女の夫君として、母上の補佐をするのが普通らしいけど、父上は優秀な近衛騎士なので副団長の仕事を続けている。父上は笑顔の爽やかな、体育会系の美男なのだけど、意外に頭脳戦が得意な策略家らしい。愛妻家で娘命の親バカだけど、母上を制御出来る数少ない希少人物だって …… 。
もう、母上が最強過ぎて辛いかもしれない。
私は、顔のつくりは母上に、髪と目の色は父上に似ている。まだ幼いから、可愛いらしさが勝っているけど、鏡に映る姿は、我が儘で生意気そうな女の子に見える。
エルシアは、妖精みたいに可愛いって褒めてくれる 。お世辞でも照れちゃう。
母上は、私をソファーに降ろして隣に座る。エルシアは、母上の侍女と一緒にお茶の準備中。父上は、対面のソファーに腰を降ろして大きなため息をついた。
「グレイル」
「ああ、分かっているが、君はよく平然としていられるね」
「まさか、腸煮えくり返っていましてよ。ふふふっ!」
母上は、艶やかに微笑みながら猛禽類の様に瞳をギラリと光らせた。
「こわっ! 母上、お取り込み中でしたか?」
「いいのよ。馬鹿兄が、馬鹿嫁の馬鹿な予算を馬鹿に持ってこさせて、馬鹿な交渉をしているだけですからね」
「サンドラ、マリーが怯えるから魔力を抑えなさい」
「ふーっ。マリー、ごめんなさいね」
「母上、お疲れ様です」
さて、お茶を飲みながら、今後の話をしましょうね。
お読みいただき、ありがとうございます。