【web小話】ウォルトの後悔
『かげろう狂詩曲~蝶は檻の中~』の公式HPに掲載されたリーンネットが学校を追放され、偽者シルヴィアの悪事が暴露されたエンディング後の話です。
シルヴィアが偽者だとわからなくても、オスカーとハルスタッド伯爵家に絶縁されるので大きな違いはありません。
どうしてあんなことをしてしまったのだろうと未だに思うことがある。
もしあの時、リーンネットを見捨てていなければ。
もし、シルヴィアの言うことを鵜呑みにしなければ。
もし、シルヴィアと出会わなければ。
そう思わずにはいられない。
それはシルヴィアに選ばれなかったからでも、シルヴィアが男爵令嬢を騙った偽者だからという理由でもない。
オスカーの死がリーンネットの仕業であるはずがなかったのだ。
交流が少ないとは言っても兄の死をリーンネットが願うはずがないのに。
いつか冗談めかしてリーンネットが「幼馴染なのにウォルトのほうがお兄様っぽいわ。オスカーのほうが幼馴染みたいに感じるの」と口にしたように、彼女にとってオスカーは他人に近い存在だった。
家の後継問題も、オスカーと歳の離れたリーンネットが継げる確率など低かった。
俺と婚約していたからウルスタッド伯爵家の後見が得られるという話だったが、一人息子である俺がハルスタッドの後継をするリーンネットに婿入りするわけにはいかない。
それなのにウルスタッド伯爵家にどうやってリーンネットの後見をしろというのか?
俺も周りもそこのところを完全に忘れていた。
オスカーが襲撃された報せをもたらされた時も、本当なら俺がリーンネットを傍で支えなければいけなかった。それがオスカーの望んでいたことだったから。
親しくはしていなかったがオスカーはリーンネットのことを気にかけていた。オスカーが学校に通う様を羨ましげに見ていたリーンネットは学園に通うようになる前に嫁に行くハルスタッドの娘の宿命を持っている。それが可哀想だからとオスカーは俺と婚約させて学校に通えるように両親を説得したのだ。
オスカーは学校でリーンネットを守って欲しいと頼んできた。
今までの延長だと思っていた。俺にとってリーンネットは妹のように思っていたから守るのも当たり前だった。
しかし、俺は守らなかった。
守ろうともせず、俺はリーンネットを責める側に回っていた。
学校で多くの生徒の前で俺たちに兄殺しの罪を糾弾されたリーンネットは、立ち去ったまま二度と学校に戻ってこなかった。
生還したオスカーは俺と口をきかず無視するようになり、ハルスタッド伯爵邸の門は二度と俺のためには開かれることはなくなった。
それまでは当然だったことが如何に特別だったのか知ったのはその時だ。
ハルスタッド家は極端なまでに他家との付き合いを嫌う家だった。
居宅では決してパーティーを開かない。他家に出向くか、会場を借りて社交を行う。
人を招くこと自体したがらない。
父がハルスタッド当主と仲が良かったから、俺は子どもの頃から出入りを許されていただけに過ぎない。
その証拠に、俺はハルスタッド家に出入りすることを禁じられても、父は出入りしている。
オスカーの凶報を聞いた時にシルヴィアを優先して傍にいなかったことと、見当外れなことで責めたことを謝りたいと思っていても、もうリーンネットに謝ることはできない。
学校を去ったリーンネットはハルスタッドの慣習通りに嫁いでいった。相手は同じ一族だとハルスタッド一族の男から聞いた。
以前、オスカーからハルスタッドの女子供はハルスタッド家の敷地の奥深くで暮らすのだと聞いたことがある。本家の娘でないかぎり、ハルスタッドの娘は他家に嫁ぐことはない。自衛の手段を持たない彼女らはハルスタッド家の敷地の奥深くで育ち、そこで家族を作り、死んでいく。
妖艶なハルスタッド一族は自衛手段に長けた男たちだけが敷地を出て外の世界と接することを許されているそうだ。
ハルスタッド一族の男たちを見かける度にリーンネットを、あの妹分の幼馴染を思い出す。
美しすぎるせいで多くの者に妬まれ、学校の教師とも不適切な噂を流されていたが本当は普通の女の子にすぎない幼馴染を。