オスカー視点:ウォルトの存在意義
「オスカー」
ウルスタッド伯爵の返答を持って来る筈のウォルトの訪問が待ち遠しかった。
僕がウルスタッド伯爵家まで聞きに行けばいい話だが、そうはいっても実際には行けないのでもどかしい。
「ああ。よく来てくれたな、ウォルト。で、どうだった? うまくいったか?」
僕がウォルトを待っていたのは、同じクリストファー王子に仕える側近候補たちにあの子の婚約者役は頼めないからだ。
公の婚約者ともなれば、あの子と二人きりで会うことができる。いくらあの子がまだ子どもで魅了の力が強くないとはいっても、コントロールのできないあの子と二人きりにするのは危険だ。
ウォルトはハルスタッド一族の魅了の力が効かない体質だから、あの子と内々に婚約していたのだ。
ウォルトのようにハルスタッド一族の魅了の力が効かないか、同じハルスタッド一族のように耐性がなければあの子が危ない。
リアナ姉上のお茶会に招かれている男たちはリアナ姉上がいるからいい。
いくら魅了の力でおかしくなっても、あの子とリアナ姉上なら、リアナ姉上のほうが魅了の力が強いし、大人だ。変態でない限り、あの子に危害は加えられないだろう。
婚約者役を一族の者にするには、オルコット王子との結婚を阻めるには地位が足りない。
せっかく、魅了の力に耐性があるといっても、これでは無理だ。耐性がなく、一族以外よりも強く惹き付けられる例外がごく稀にあるが、今の一族の者にはこれはないだろう。
そうなると、婚約者役は以前のようにウォルトが一番いい。
ウォルトならあの子も安全で、家柄や地位的にはロリコンの防波堤にもなれる。・・・・・・本人がロリコンからあの子を守らなければいけないという意識がないのが唯一の問題だが。
そういう理由から、僕はウォルトにあの子と正式に婚約して欲しいと頼んだ。父を訪ねて来たウルボーン伯爵に頼むことはできないので、ウォルトからウルボーン伯爵に言ってもらう。
父は王の指示に従うだろうから、あてにできない。
「それが・・・なんとも言えないんだ。本当にリーンネットはオルコット殿下と結婚するのか?」
「どういうことだ?」
「父上にリーンネットとの婚約を正式にすることを言ったんだが、オスカーの父上と話をするからと返事はすぐにもらえなかった」
「父と話を?」
おかしい。
宰相を務めるウルボーン伯爵がオルコット殿下の婚約を知らない筈がない。
それを父に聞くということは、あの子とオルコット殿下の結婚話は進んでいないのか?
「なあ、オスカー」
「なんだ?」
「リーンネットにはまだ会えないのか? お前の姉上の客とは会っているんだろう?」
ウォルトは心配そうに尋ねてきた。
「ああ。ウォルトはネットが攫われてからまだ会っていなかったか」
攫われたショックを考えて、ウォルトにはあの子と会わないようにしてもらっていた。
いつもあの子のことを頼んでいたせいか、ウォルトはあの子のことを本当の妹のように感じているようだ。それは本人の気のせいじゃなくて、僕も前々からそういうふうに見えていた。
ハルスタッド一族の魅了の力がまったく効かず、妹のように思っているウォルトはあの子にとって一番安全な存在だからこそ、あの子の傍に置いている。
「うん」
頷くウォルトは元気がなさそうだった。
よく考えなくても、ウォルトもあの子と同じまだ10歳だ。毎日のように会っていた友達と会えなくなったのは、心に隙間ができたように感じるのかもしれない。
「僕と会っていても寂しいか?」
「オスカーと会っていてもリーンネットと会ってるわけじゃないか。寂しいに決まってるだろ。オスカーは俺よりも大人だし、リーンネットみたいに面倒を見なきゃいけないわけじゃないし」
ウォルトは拗ねているようだ。
それにしても、あの子のことを世話をする相手だと考えているのは・・・本当に妹のように思っているんだな。
「リーンネットとお前は同い年なのに面倒見るっていうのか?」
「リーンネットのどこが同い年だよ。あんなに当たり前のことすら知らない。オスカーはリーンネットがあれで心配じゃないのか?」
ウォルトはあの子がそんなふうに育てられていることを知らないから、そう言うのだ。
あの子はどこまでも哀れだ。
ハルスタッド一族の籠の鳥として育てられ、その無知から来る純粋さを愛でられる。それがわかっている者ですら、愛でずにはいられないように育てられるハルスタッド一族の本家の娘。
「僕も心配はしているが、我が家の家訓は”知らないほうが幸せ”だ。リーンネットが些細なことに煩わされないなら、それにこしたことはない」
僕にはハルスタッド一族の本家の娘の事情を一族に話す義理はない。
それがたとえ、ウォルトであっても同じだ。
ウルスタッド伯爵家に生まれ、宰相になるだろうウォルトは自らこの事情に気付くことが求められている。
ハルスタッド一族の血を引く王女で平和を買う歪さも自分で気付くことを求められている。
それがこの国を動かしていく者が必要な資質。
王族はそうじゃない。
王族はハルスタッド一族の本家の娘の信頼を勝ち得ることで、ハルスタッド一族の血を引く王女が必要な真相を知らされる。
「オスカー、それは違うぞ。リーンネットだって、この館に閉じこもって生きていくわけじゃないんだ。知っておくことに損はないだろ?」
ウォルトはあの子のことを気にかけているからこそ、色々なことを教えるべきだと言ってくる。
僕はあの子が欲しがったからといって、知識を与えるわけにはいかない。
護身術を教えるのも、毒に関する知識を教えるのも、それがあの子には役に立たない知識だとわかっているから教えている。少しでも外に興味を持ち、自分の考えで動くことになるようなものは教えない。
あの子に与える知識はこの館という檻の中で満足できなくなるようなものはいらない。
知識を与えても、風切り羽は切っておく。それがハルスタッド一族の本家の娘に対する掟だから。
「そう言うが、ウォルト。お前と婚約しない限り、リーンネットにその知識はいらないんだ。あったほうが、あの子には辛い思いをさせてしまう」
「それはどういう意味だ?」
「あの子はまだ幼い。まだ、貴族らしくする必要はないってことさ」
肩を竦めて僕は事情を話さないように話を濁す。
「オスカー・・・。お前はリーンネットのことを甘やかしすぎている。王妃様のお茶会や殿下の誕生会に呼ばれている令嬢はリーンネットより幼い子だっているのに、どうしてリーンネットに貴族らしくさせないんだ?」
オルコット王子の側近でもあるウォルトはリーンネットが参加しない催しにも参加している。
その上で、この家に来ているのだから・・・・・・暇人だな。
なんにせよ、ウォルトは伯爵令嬢であるあの子が社交的な催しに参加しないのは、貴族らしい教育ができていないと考えているらしい。
「他の娘はどうであれ、リーンネットには貴族らしくあることなんていらない。僕はあの子に王子たちに取り入ったり、媚びを売る必要はないと思っている」
「だが、俺と婚約させるってことは、宰相の妻としてふさわしくないといけないんだぞ。今のリーンネットにはそれができない」
「まだ婚約だって決まっていないのに気が早いな、ウォルト」
「・・・」
ウォルトはあの子に特別な感情は持っていない。
家族的な親愛は感じていても、こうやってほのめかしてやるとウォルト自身もこうして結婚に迷いが見える。
これがあのロリコンとは違う点だ。
あのロリコンなら、あの子に貴族としてやっていくだけのものがないと知っても、「それでもかまわない」と即答できるだろう。
だからといって、7つも下のウォルトを虐めすぎるのもよくない。
将来、ウォルトには宰相になってもらって、共にこの国を支えていかなくてはいけないのだから。
「リアナ姉上のお茶会もそろそろ終わる頃だろう。ローズマリー王女もいるが、あの子に会って行くか?」
ローズマリー王女がまだ館に戻って来ていなくても、必要以上にリアナ姉上と一緒にいさせているのはあの子の教育上、良くない。
「会えるのか? 王女殿下もいるのに、平気か?」
緊張した面持ちでウォルトは言った。
ウォルトは王女の私的なお茶会に参加することが気にかかるらしい。
ウォルトはハルスタッド一族じゃないから仕方がないか。
「ローズマリー王女も、あの子と二人だけのお茶会ばかりだと可哀想だろ? 時々、飛び入り参加してやる必要があるんだ」
僕がリアナ姉上からあの子を引き離す口実を告げると、気が進まないウォルトも安心して、表情を柔らかくする。
「迷惑じゃないなら、いいんだ。それにしても、リーンネットと会うのも久しぶりだからなあ。どんな顔をして会ったらいいと思う?」
「いつも通りでいいじゃないか?」
ウォルトは僕よりも兄らしい顔をしていたらいい。
僕もそれを願っている。




