夢のような
広場から出るとオスカーはすぐ脇の細い道に入った。元いた道は走って来る群衆で徐々に埋め尽くされていく。
「何があったの?」
「馬がパニックを起こしたんだ」
そう言いながらオスカーは別の道に出て、また細い道へと入っていく。
「なんでそんなことになったの?」
「馬は元々臆病な生き物だから、突然の音や群衆に囲まれるとパニックを起こしてしまうんだよ。その為に人慣れするように調教するんだけど、馬で乗り付けたお忍びの貴族の馬はそれをされていなかった。田舎の街なら都みたいに人が集まらないし、今日みたいないつもより大きい市場おかげで馬がパニックを起こして暴れ出したんだよ」
「そうだったんだ。でも、何故、みんな逃げだしてきたの?」
「パニックを起こした馬は乗り手を振り落とすだろうし、暴走するから蹄で蹴られて死の危険がある。はっきり言って、馬が大人しくなるまで危険だから逃げるしかないんだ」
暴れた馬に蹴られたら死ぬから逃げるしかないのか。
でも、馬が大人しくなるのを待たなくても、大人しくさせることはできないのかな?
「誰か馬を大人しくさせることはできないの?」
「馬の扱いに馴れた人物ならできるかもしれないが、暴れている馬に近付かないといけないから命懸けだよ?」
「大人しくさせられる人も命懸けなの?」
「ああ。身体の大きな動物は草食動物だろうが、反撃されると死ぬかもしれないから大人しくさせるのは命懸けだ。今回も馬が大人しくなるまで放っておくしかないよ」
誰も手が出せないようだから、馬が大人しくなるまで置いてきた荷物は取りに行けないらしい。
「じゃあ、さっき買ったものは馬が大人しくなったら取りに戻れるんだね」
これでアイリーンとマリーンへのお揃いのお土産を持って帰られる。
あげた時に二人が喜ぶ顔が目に浮かぶ。
お土産をきっかけに、謝って、また仲良くしたいなあ。
「それはどうかと思う。逃げる人々に踏み潰されているかもしれないし、火事場泥棒に他の商品と一緒に盗まれているかもしれない」
踏みつぶされている?!
二人と仲直りする為にも、どうかそんなことはありませんように。
火事場泥棒?!
何それ? 火事でもないのにそんなのが出るの? 盗まれちゃうの?
「なんで火事場泥棒が出るの? 火事じゃないでしょ?」
「火事場は火事で死ぬ危険があるように、馬の暴走には馬に襲われる危険がある。馬が暴れている間は誰も近付けないから、商人たちも身一つで逃げ出す。それに今日みたいな色々なものが集まる大きな市場の時は珍しい商品もあるから、騎士たちがやって来る前にその危険を買ってでも盗みを働く人間はいるんだよ」
どうあっても、お土産は諦めないといけないのか。せっかく、オスカーと出かけられたのに、まだドーナツしか食べていない。
「そうなんだ」
落ち込む私の上から、オスカーの落胆する声が落ちてくる。
「まったく、リーンネットと一緒に出かけられたっていうのに最悪だよ」
くねくねとした細い道を進み、広い道を横切る前になって、ようやくオスカーは私を下に降ろしてくれた。
「ここからは歩ける?」
「どこに行くの?」
「瓶詰のキャンディーが買えなかっただろ? お菓子屋に行って、お菓子を買い直そう」
広場に置いてきた荷物を思い出すとあまり嬉しくならなかった。
「う、うん」
市場の時と同じようにオスカーに手を引かれてお菓子屋に向かった。
お菓子屋のショーウィンドウには誰もが知っているおとぎ話の一場面がお菓子で作られていた。家はクッキー。お城はケーキ。チョコレートや砂糖菓子で植物や人物などが作られている。
「オスカー! 見て見て、これ!」
テンションが上がる上がる!
「すごいよ、これ! シンデレラがお城に行くところだよ!」
「喜んでくれて嬉しいよ」
ショーウィンドウに張り付いてオスカーに言ったら、オスカーは苦笑していた。
どうやら、テンションが高くなりすぎたみたいだ。
は、恥ずかしい・・・。
さっきまで広場で買ったもののことで落ち込んでいたのに、私は現金だった。そうじゃなくても、呆れられても仕方がないテンションの高さだ。
「・・・。入って、買うものを探そう」
テンションが高いのが急に恥ずかしくなって、私は店に入って誤魔化した。
「はいはい」
多分、そんなことはオスカーもわかっていたんだろう。下手なことを言わないでくれた。
あまりにも素の自分を見せるということが気恥ずかしい。
普通の兄妹のように接している時間が長ければ、テンションが高くなっても恥ずかしく思うこともなかったと思う。でも、私とオスカーはほんの数日前までほとんど口をきいたことのない、同じ家に住みながら数日に一度しか顔を合わせない他人のような関係だったのだ。
オスカーが傍にいることにも慣れていないからか、時々、意識してしまうし、笑いかけられると心臓がドキドキしてくる。
ああ、兄妹なのに心臓に悪い。
仲良くなれたのはいいけど、慣れるまで心臓に悪い。
もっと早くから仲良くなっていればよかった。
なんで、もっと早くに仲良くしようとしなかったんだ、自分!
と思ったけど、前世の記憶を取り戻さなかったら、ゲームのようにオスカーと今も距離があって、『幼馴染なのにウォルトのほうがお兄様っぽいわ。オスカーのほうが幼馴染みたいに感じるの』とか言うようになるかと思うと、早く記憶を取り戻すほうが必要だったと気付いた。
駄目だ
駄目すぎるよ、私。
情報が限られていたからって、兄妹でこんなに距離があるのを不自然だと思わないなんて、なんて駄目っ子だったんだ、私。
自分の駄目さ加減が気になっていた私だけど、色々な見たこともない綺麗なお菓子が並んでいるのを見たら、もう駄目だった。
各種チョコレート(ミルクもビターもオレンジもカカオもホワイトも)やゼリーグミだけじゃなくて、砂糖菓子から、カラフルなキャンディーもフィナンシュもマドレーヌもスノーボールもラングドシャもバウムクーヘンもマカロンも各種クッキー(プレーンもチョコレートもチョコチップもバターたっぷりもドライフルーツ入りもナッツ入りもザラメがふられているの)も、サブレもシフォンケーキもパウンドケーキ(プレーンもドライフルーツもチョコレートもマーブル)も、ショーケースの中にある20種類くらいのケーキもみんながみんな、私にさあ、買って食べてとねだっているように見える。
ああ、夢の世界がここに。
どれから食べていいのか迷うようなお菓子の世界の誘惑に負けて空を飛べそうなくらいだった。
「リーンネットはどんなのが好き?」
オスカーの声でハッと我に返る。
「何?」
オスカーは私の顔を覗き込んで聞いた。前髪の間から見えた緑柱石のような目は柔らかい。
「リーンネットは何が食べたい?」
何が? そんなの決まっている!
「全部!」
張り切って答える私に宥めるようにオスカーは私の頭を撫でる。”カツラ”越しのせいか手の温もりは伝わって来なくて、全然安心しない。変な感じ。オスカーの困ったような表情をただ見上げていた。
「店中のお菓子を食べたらお腹を壊してしまうよ。今日食べる分と、日持ちする瓶詰のキャンディーだけにしよう」
それじゃあ、暴れ馬騒動で置いてきたものよりも少ない。さっきはお菓子以外にも色々買って、私一人じゃ持てないぐらいにもなっていた。
「ええ~。それだけしか買っちゃいけないの?」
さっき置いてきたものを取りに戻れないんだから、それと同じくらい買ってもいいはずだよ。
ここ最近シスコン化して甘くなっているオスカーが、今回は甘い顔をしてくれない。
「可愛らしく言っても駄目だよ。出かける前に言っただろ?」
「ケチ!」
唇を尖らせていたら、オスカーに軽く鼻の先を抓られた。
「そんな言葉をどこで聞いてきたんだ? 意味がわかって言ってる?」
「好きなものを買ってくれるって言ったのに」
鼻先は強く抓られていないから普通に話せるし、呼吸もできる。
「好きなだけ買っていたら、お腹を壊して痛い思いをするのはリーンネット自身なんだよ?」
「それでも買ってよ」
「いくら可愛いリーンネットのお願いでも、お前が苦しむのをわかっていて買う気はないよ」
諭そうとして失敗したオスカーは更に心配していることをアピールして諦めさせようとしてきた。
ここで負けたら、あの夢のようなお菓子の山を買ってもらえない。
私は粘った。
「・・・どうしても?」
「どうしても」
可愛らしくおねだりしてみたけど、駄目だ。オスカーのお許しが出ない。
「オスカーの馬鹿! ――あっ!」




