本家でも一族でも恋愛結婚は無理のようです
「聞いて聞いて。リーンネットが寝込んでいた間にね、私、婚約したの」
カップの中でアイスティーになってしまったお茶を飲みながら、マリーンは衝撃的な話題をしてきた。
「婚約?! マリーンってまだ13歳でしょ?! 相手は誰?」
結婚する日にいきなり相手と引き合わされるものだと思っていた私は、14で結婚する一族とは言っても、来年マリーンが結婚するのに相手も決まっていなさそうだったから、婚約するとは思っていなかったので驚いた。
「マリーンは来年には結婚するのよ? 決まるのが遅いくらいじゃない」
それが早いのか遅いのか、アイリーンたちとしか話さない私にはわからない。
この部屋には一族の女性全員が集まっていて、アイリーンたち以外の女の子もいる。その中から私が友達として紹介されたのはアイリーンとマリーンだけ。
それ以外の子と話すのは挨拶かアイリーンたちのことを聞く時だけだ。
よく考えるとおかしい。
アイリーンたち以外の子と話すと相手の子が逃げ腰だ。早く終わって欲しいという素振りを見せる子もいる。
ゲームの記憶がなければ私もそれがおかしいとは思わなかった。
話してもいい使用人や友達が制限されているなんて、私に与えられた環境の知識でわかるはずがない。
あのゲームで唯一、良かったことは、私の知っていることが限られたもので、それを誰かが計画してそうさせていることがわかったってことくらい。
そうでなければ、私は兄として仲良くしようなんて思いつかなかったし、兄貴風を吹かす面倒見の良いウォルトに執着してしまったかもしれない。
「そうでもないのよ。しっかり相手を選ぶのに時間がかかっただけなの」
マリーンは笑ってそう言う。
「そんなに駄目な相手しか残っていなかったの?」
駄目な相手って、どんな欠点がある人なんだろう?
偽シルヴィアみたいな人?
私は二人の会話についていけないので、ゲームで駄目だと印象深い人物を思い起こして考えてみる。
でも、ローゼンバーグ侯爵令嬢のように兄君と仲が良かったにもかかわらず、彼女は偽シルヴィアに陥れられ、信じてもらえない状況のまま学校を去る。
不憫系悪役令嬢のBADなゲーム退場はみんなこれ。不憫系悪役令嬢は絶対味方だと思っていた人物に信用を裏切られ、反論する気力も何もかも奪われた状態でゲームの舞台から去る。
私も一番身近な人物だったウォルトに信用してもらえず、偽シルヴィアの嘘を信じ込んだウォルトに糾弾されて学校を去ることになるし。
ゲームには描かれていないけど、不憫系悪役令嬢は人間不信になって、その後の人生も苦しんだと思う。
婚約者を盗られて婚約破棄(嫁かず後家コース一直線に)されるわ、人間不信で家族すら信じられなくなるわ、人間不信だから腫れ物扱いで誰からも距離を置かれるわ、最悪じゃないの!
なんなの、これ!
人生終わってる!
いっそ、一思いに殺してくれた方がましじゃない?!
没落や処刑されるかもしれないって、心配する以前の話だった。
ゲームのことで一喜一憂していたけど、今はマリーンの結婚のほうが重要だ。
私もゲームのことを封印して、マリーンの話を聞くことにした。
「ううん。今回は結婚できるだけの技量を持つ男性が多かったから、誰がいいか判断に困ったみたい。アイリーンやリーンネットもその人たちか、後進の天才や秀才だと思う」
結婚できるだけの技量って、なんなの?!
うちの一族って、それがないと結婚できないの?!
それか天才か秀才って、結婚の条件がおかしすぎる・・・。
「マリーンの婚約者のあまりは嫌だなあ。でも、リーンネットは本家だから違うでしょ。本家の娘は他家に嫁ぐんだし」
「そうなの?! 私、てっきり、一族の男性と結婚すると思ってた」
ゲームのリーンネットは学校を追放された後、親戚と結婚しているから、ウォルトと婚約回避したら私もそうなると思っていた。
でも、私も姉たちと同じように一族の為に結婚するなら、どこに嫁ぐんだろう?
ゲーム通り、ウォルトのとこなんだろうか?
なんだかんだ言っても、ウォルトのとこが選ばれたのも父の盟友の家だからってことが強いみたいだし、ウォルトの家との絆を強くする目的があるのかもね。
「本家は別よ。同じ本家でもオスカー様は違うけど、本家の娘は一族の為に結婚しないといけないから・・・」
口を濁すから、マリーンが何が言いたいのかはわからない。
でも、それって姉たちの結婚のことを言っているのよね?
姉たちって、どこに嫁いだんだっけ?
知らないなぁ。
両親や兄とはそんなことを話したことはないし、そもそも食事の時間も場所も違うからそんなに色々話せる機会も時間もない。
姉たちもこの館に戻ってくることも少ないし、一番上の姉とは親子ほど歳も離れているから親しくないし、使用人たちの口にも上らないから嫁ぎ先はわからない。
「どうして、オスカーは別なの?」
「オスカー様は本家を継がれる方よ。代々の当主が他家と婚姻ばかりしていると一族の血が薄れるから、政略的に最良でない時は一族の女性を娶るの。その代わり、当主以外の本家の息子は一族の女性と結婚して一族の棟に移るのよ」
「へえ」
「そうなんだ」
アイリーンと一緒にマリーンの説明に頷く。
兄は私と違って、結婚相手の選択肢が広いんだな。私は一族以外で政略結婚だけ!なのに、ズルい。
「で、マリーンの相手は誰なの?」
「ジョニーよ」
「ジョニー? 誰それ?」
マリーンといつも一緒にいるアイリーンが知らないなんて、ジョニーって一体誰なんだろう?
それにマリーンは今学校に通っているチャールズが好きだったと思ったのに。
「アイリーンも知らないの? てっきり、マリーンならチャールズかと思ったけど、選ばなかったんだ?」
しょうがないとばかりに苦笑いするマリーンはなんだかお姉さんに見えた。
「チャールズは若すぎて選べないのよ。と言うか、選んだのは私じゃないから」
その笑いに諦めが含まれていることに気付く。
若すぎて選べない?
マリーンが好きな相手なのに?
「選んだのはマリーンじゃないの?」
マリーンは疲れたように溜め息を吐く。その後に私に向けた力のない笑みが痛々しい。
「リーンネットは本当に一族のことを教えられていないのね。私たちの結婚は大人が決めるから、相手の一族の男性は実力を示す実績を残している20代半ばになってしまうのよ」
「20代半ばって、歳、離れすぎていない?」
10歳も年上?!
「10歳くらい離れている場合が多いわ」
「マリーンの場合も?」
「ジョニーのことは覚えていないから、それくらい離れているかもね」
一族の男性は学校を卒業するとこの館から出て行くから、4歳未満のマリーンの記憶に残っていることを期待なんてできない。
残っていたとしても、ほとんど他人だ。
「そんな知らない人と結婚してもいいの?! マリーンはそれで幸せになれるとでも思っているの?!」
「リーンネットだって知らない人と結婚するのに、私たちばかりが我儘を言うわけにはいかないでしょ」
「だって、それは私が本家に生まれたから・・・」
ゲームでは本家の娘だから一族の慣習に従わず、学校に通うことを許された私と慣習に従うしかないマリーン。私たちの違いにだんだん声が小さくなる。
「チャールズが本気だったら私の相手に選ばれたかもしれないけど、彼は私のことをそんな風に見てもいなかったってことでしょ。完全に私の片思い。それに誰かを好きになることだけは自由だから、チャールズのことはどうでもいいの。結婚が決まるまでの夢だったのよ」
「マリーン・・・」
両手で持ったカップの中を覗き込みながら言うマリーンにどんな言葉をかけたらいいのかわからなかった。
「マリーン。そんな風に諦めなたらいけないわ!」
特別扱いされている私と違ってアイリーンは強い。一族同士だから言えることがあるのだろう。
「ありがとう、アイリーン。でも、ジョニーだって私のことが嫌だったら断ることはできるのよ。昨年から新年を祝う会に私は出してもらえたでしょ?」
「大人になる前に顔見せで出るって言ってたやつ?」
それのおかげで二年続けてマリーンと会えなかった。アイリーンと二人だけで新年を過ごしたっけ。
裁縫部屋にはいつものように一族の女性(私たちより年下)はいたけどね。
「そう。それよ。そのせいであなたたちと一緒に遊べなかった、あれ。あれね、一族の大人たちへの顔見せってことになっていたけど、結婚相手に品定めさせる初めての顔合わせってこと」
「あの時から?!」
「それって・・・」
見合いだったんだ。
12歳になった少女たちが大人の集まる新年を祝う会で、この館を出て暮らしている一族の男性と引き合わせされていたなんて思ってもみなかった。
「そうなの。去年の誕生日から大人だけで祝っていたでしょ? あれも去年の初めにみんなに挨拶した時に興味が持てたら、その年の誕生日にも会う。そこで気に入れば今年の初めに会い、今年の誕生日に結婚してもやっていけそうか決めるみたい。そして、私が14歳になる半年前に実力のある人から順に私と結婚するかどうか聞かれた時に一番最初に『はい』と答えた相手がジョニーだったってこと」
強いもの順?
・・・。
・・・。
・・・。
うちって、美形一族なはずだよね?
なんで強いもの順なの?!
どうして、そんな風になってんの?!
それに、相手がマリーンを選んだからって、マリーンの結婚相手がそれで決まるってどういうこと?!
「えー?! マリーンの意志はどこにもないじゃない?!」
「横暴よ! 強ければなんでも思い通りに行くなんておかしいよ?! ジョニーがひどい男性だったら、どうするつもりなのかしら?!」
「大切にしてくれなかったら、一族も別の相手に変えてくれるわ。一族の男性は一族の女性しか選べないんだから、私たちを大切にするしかないもの」
「一族の男性は一族の女性しか選べないってどういうこと?」
一族の男性は一族の女性しか選べない?
さっきから私の知らないことばかり出てくる。
ハルスタッド一族は私が知っているよりも色々あるらしい。ゲームでは一族の娘は14で結婚するとしか出てきていなかったけど、それよりはるかに謎が多い。
「だって、私たちは中庭より先には出られないのよ、リーンネット。一族の誰か以外とどうやって結婚しろって言うの?」
「・・・」
アイリーンの一言に、明日、ウォルトがお店に連れて行ってくれることを報告したかったのを思い出す。
二人には一生縁のない話。
そんな話をしたいと思っていたなんて、私はなんて残酷だったんだろう。
「そうね、アイリーン。それに一族の男性も一族以外との結婚なんかありえないわ。一族以外の女性は愚かだからまたアルバートの悲劇を繰り返すもの。実力のある人から順に妻を選ばすから、結婚できない男性も出てくるけど、彼らだって一族以外の女性なんか選べないのよ。妻が欲しければ強くならなければいけないし、結婚したら一族から別れさせられないようにしないといけない。結婚していたいのならね。それがハルスタッド一族の男性の結婚の条件だもの」
「アルバートの悲劇?」
今度は悲劇なの?
一族以外の女性と結婚することがどうして悲劇になるんだろう?
強くなければ結婚できない。
それでも結婚したくても、一族以外との結婚は悲劇と呼ばれるものを繰り返してしまう。
ほとんど会わないまま結婚した相手も大切にしなければ、別れさせられ、別の相手に奪われてしまう。
一族の女性にとって、結婚は強制だ。
でも、一族の男性にとっては、強くなったご褒美で、大切にしなかったら取り上げられてしまうもの。
ハルスタッドにとって、結婚ってなんなんだろう?
せっかくの美形一族なんだから、一族以外と結婚だって簡単にできるじゃない。
なんで、一族以外との結婚は悲劇と呼ばれるものになってしまうんだろう?
「リーンネットは知らなくていいことよ」
アイリーンが取りつく島もなく言う。
「なんで私が知らなくていいの?」
アイリーンの言い方がひどくて、私の声もきつくなる。
「リーンネットは本家の娘でしょ?」
「本家の娘は知らなくていいことなの!」
マリーンが宥めようとしたのに、アイリーンの口調は変わらない。
「知らなくていいってどういうことなの?!」
「知る必要がないってことよ」
私のほうが傷付いているのに、ふてくされたようにそう、吐き捨てるアイリーンのほうが傷付いて見えた。
「知らないほうがいいのよ。元々、アルバートの悲劇は本家の娘には語ってはいけない話だから」
本家の娘には語ってはいけない?!
「どうして私だけ仲間はずれにするの?! 教えてよ!」
初めて仲間外れにされたことが信じられない。
今まではどんなことも話してくれて、チャールズのことが好きだってマリーンは教えてくれたのに、教えてくれない。
「ごめん。これは言えないのよ」
「決まりなのよ」
異口同音で謝る二人。すまなそうな表情で目は周りを窺っているのかキョロキョロと動いている。
周りを気にするようなことなの?
私たちは友達なのに、どうして?!
「せっかく、アイリーンとマリーンに会いに来たけど、もう帰る!」
「ごめんね、リーンネット・・・」
「・・・」
アイリーンは何も言わなかったけど、マリーンと同じように傷付いた顔をしている。
怒りと気まずさに私はそのまま裁縫部屋を飛び出し、本家一家の棟の自分の部屋まで戻った。




