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持つべきものは最高の友達

 クラウスに連れられて一族の子どもや女性たちが手入れをした中庭を抜け、一族の棟に入った私は居間に直行した。

 後ろからクラウスの笑う声が聞こえたけど無視無視。


 一族の男性たちが運び込んだ様々な色や素材の布やレース、それにリボンと裁縫道具が広げられた居間は居間という名の裁縫部屋で、一族の女性たちは家事や中庭の畑や花の世話以外の時間をそこで過ごしている。私の服も全部ここで作ったもの。

 私が会いに来たアイリーンやマリーンもこの部屋にいる。

 午前中は子どもたちだけ集めて過ごすのに、午後になると男の子たちはクラウスたち大きな子どものいる男性に連れて行かれるので、女の子たちは裁縫部屋で裁縫や刺繍、編み物をして過ごす。私も午前中はミス・アーネットの授業があるから、午後に裁縫部屋でアイリーンやマリーンと会う。今日みたいに。

 その後は中庭に行ったり、一族の棟を探検したりするけどね。

 探検で思い出したけど、一族の棟を探検していた時、男の子たちは組手とか武術を習っているのをドアの隙間から見たことがある。それに気付いたクラウスにドアを閉められ、鍵までかけられてしまった。


 ハルスタッドの女性たちが何十人も集まっている居間の光景は、同じ黒髪巻き毛だらけのせいか異様に見える。同じ黒髪巻き毛をしているのに自分が異分子のように思えてくる。

 それにこの部屋に入ってから、身体が自分のものじゃないような不思議な感覚がある。そのおかげで少しだるくて動きが鈍い。

 裁縫部屋のドアを開けても、作業やおしゃべりは止まらない。始終出入りがあるから誰も気にしないんだけど、これはこれでちょっと寂しい。

 そう思う自分が嫌だ。ゲームのことがよっぽどショックだったのかもしれないけど、自分勝手すぎる。

 頭を振って、ふてくされる気分を追い払ったら、アイリーンとマリーンの姿を探す。

 二人は母親たちと同じグループに姉妹たちといた。


「アイリーン! マリーン!」


 私は二人のいるグループに声をかけて駆け寄った。二人だけでなく、グループ全員がこちらを振り向く。

 アイリーンとマリーンの睫毛のボリュームで眠たげな半眼がわずかに見開かれ、満面の笑みがその顔に広がった。

 ハルスタッド一族は伏目がちだ。長く量の多い睫毛が重くてそうなってしまう。

 鏡を見ながら目を目いっぱい開けてみたら、今のアイリーンやマリーンと同じくらいにしか瞼が上がらなかった。


 どんだけ重いの、この睫毛?!


 ドールハウスに付いていたミニチュアの火掻き棒(5センチほどの黒く着色した木製の棒)がのるくらいこの睫毛はすごい。


 三本まで試したけど、全部のった!


「寝込んだって聞いて心配したわ、リーンネット!」


 つり上がった目尻の少女が立ち上がって、私に抱き付いてくる。目つきと同じようにアイリーンは気も強い。

 ちなみに胸も自己主張が激しい。

 同い歳なんだけど。

 同い歳のはずなんだけど。

 アイリーンの胸と密着している自分の胸が見えて絶望した。

 膨らみらしいものがほとんどない。

 なんで大きくならないの?

 あと数年したら胸も成長してくれる・・・はずがなかった。


 ゲームに出てきた数年後の私はささやかな胸だった!


 駄目だ。

 今から何とかしないと。

 学校の教師(攻略対象)に煩わされる前に成長させなきゃ。あいつはきっと幼児体形が好きなロリコンに違いない。

 実は私、リーンネット・ハルスタッドはゲームで攻略対象ウォルトと婚約しているだけじゃなくて、別の攻略対象のアライアス・ロクスに狙われているのだ。


 なんで攻略対象二人の攻略と関わりあるのよ!

 罠にかけられる可能性が他の不憫系悪役令嬢の倍なんですけど!


 ゲームでは描かれなかったのかウォルト関連でフレイと顔見知りだし、このまま行けば学校でウォルトの婚約者として王子枠とも顔見知りになって、ロリコン教師に目を付けられる。

 詰んでる!

 どこまでも詰んでる!

 攻略対象に囲まれているから、陥れられる危険性しか感じないんだけど?!


 ウォルトとの婚約を回避すれば、攻略対象が顔見知り二人と兄代わり一人になる。

 ついでに学校に行かなければ、ロリコンだけじゃなくてゲーム自体から逃げられて、私はひどい目に遭わずにすむ。

 だけど、婚約や学校のどちらかでも回避できなかった時を考えて、ロリコンに目を付けられないように、先に胸を大きくしとかなきゃ。

 胸が大きかったら、ロリコンだけは回避できる。

 でも、どうやって大きくすればいいんだろう?

 ベーキングパウダーかパン種でも毎日食べればいいのかな?


 羨ましいマリーンをチラッと見る。

 あそこまではいらない。それにマリーンみたいな垂れ目でおっとりしたゲームの不憫系悪役令嬢も同じような感じだった。このタイプは自然と大きくなるらしい。


 私と同じ悩みを持つのはスラリと長身だった気の強いゲームの不憫系悪役令嬢と同じタイプのアイリーン。既に成功者だから、聞いてもいいはず。

 きっと、快く教えてくれるに違いない。

 聞くのは恥ずかしいけど・・・。

 それさえ我慢すれば・・・。


「リーンネット! もう大丈夫なの?!」


 大きな目をした少女――マリーンも抱き付いてくる。

 3歳歳上のマリーンは羨ましいくらいの弾力のある胸をしている。垂れた目と同じように性格もおっとりしている彼女は歳上という感じがしないけど、胸を見たら歳上なのは一目瞭然だ。


「うん。大丈夫。ちょっと熱が出ただけ」


 熱が出た原因は泣きすぎだけど。

 アイリーンは私のおでこに手をあてて、熱がないか心配してくれる。


「ほんとに大丈夫なの?」

「熱?! 大丈夫なの?」


 眉を八の字にしたマリーンが握った手を口に当てて言う。

 思ったよりも二人に心配させてしまった。

 ギャン泣きして、落ち込んでいただけなのに、ごめん。心配かけすぎて、ごめん。

 前世を思い出して、未来を悲観したなんて言えないから、私は軽く言う。


「平気平気。今はとっても元気だから」


 本人が大丈夫だって言っているのに、アイリーンもマリーンも私の言葉が信じられないみたい。


「なら、いいけど。無理はしないで」

「つらくなったら、いつでも言ってね」


 二人がいてくれてよかった。

 こんな良い友達は絶対いないよ。

 兄が兄だったから、余計に嬉しい。

 でも、ウォルトは問題外。血も繋がっていない赤の他人なのに、ハルスタッドの館を我が物顔で歩くウォルトを友達だなんて思えない。腐れ縁と言うか、何と言うか、何と言えばいいのかわからない。


「うん。ありがとう! アイリーン、マリーン、大好き!」


 思いっきり、アイリーンとマリーンを抱き締める。これだけじゃ、二人に対する気持ちは表しきれない。

 けど、何かせずにはいられない。


「私も大好き」


 マリーンが抱き付き返してくれる。


「私もよ、リーンネット」


 アイリーンも抱き締めてくれる。

 ああ。幸せ。

 まるで好きなだけケーキを食べても良いって言われた時みたいに幸せ。言われたら、キャットには呆れられるだろうけど、絶対に一時間はベッドを転げまわって喜ぶ自信はある。

 そうだ。この気持ちは伝えなくちゃ。


「アイリーンやマリーンみたいに心配してくれる友達がいて、私って幸せ者だね」

「リーンネット」

「リーンネット・・・」


 二人の声は震えていた。私の声も。


 とっても、幸せ。

 ああ、救われる。

 陥れられる未来しか見えないのに、ホッとできるなんて思わなかった。

 二人みたいな友達がいて本当に良かった。

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