【遭遇 2】
「ま、そんなのはどうでもいいか。」
そう言って正面に向き直ると、銀台はスッと表情を変えた。
六車を茶化した時のおどけたものとは違う、長年蓄積されたベテラン刑事ならではの、凛とした鋭さを持った顔だった。
「まずは、新築地の現場に残されていた血痕からだ。鑑定の結果、これが被害者のものでも加害者のものでもない、赤の他人のものだと断定されました。」
「赤の他人?遺体近くの血痕のがか?」
ロッパンを束ねる小六は、そう言って銀台に返した。
「因みにその血痕の主は、どこのどいつのものなんだ?」
「それなんですがね……その直前に発見された新富の遺体、こちらの方には周囲にも遺体そのものにも、血痕の類いが一切残されていなかったのは、ご存知の通りだと思います。」
銀台はそこで言葉を止めて、周りのロッパンの面々を見やった。
皆一様に頷き、銀台に視線を集めて次の言葉を待ち構えていた。
「で、直後の新築地。そこで唯一発見された血痕……これが、新富で発見された遺体、吉野親太郎のものだったんです。」
銀台がそう告げると、また皆がそれぞれに頷き合った。
六車を含めた所轄の四人には事態が飲み込めなかった。
銀台はさらに続けた。
「この事から、今回の事件の犯行は、当初の赤江の推理の通りに行われたという可能性が、極めて高いと言えるでしょう。」
六車は先程の赤ら顔から一転、青ざめた表情で周りのロッパンの面々に目を向けた。
他の所轄の三人も同じ様に、戸惑いを隠そうとはしなかった。
「まあこのくらいは、みんなある程度想像できていたんじゃないかと思います。その他の品の鑑定結果の中で、ホシに繋がるようなものはありませんでした。」
「こりゃもうほぼ赤江の読み通りだな。」
青山はそう言うと、少し丸みの強い鼻を拭うように擦った。
「思いの外早く決着が着きそうですね。」
桃瀬は左手でボールペンをクルクル回しながら、右手で緑戸の肩に軽くパンチを加えた。
「またすぐ叩くんだから……念には念を入れて、明日もう一度だけ現場周辺を当たってみます。もちろん、程度範囲は狭めますが。」
緑戸は右手で眼鏡を直すと、叩かれた肩を抑えて桃瀬を見た。
「あ、あの……」
六車がそんな面々に尋ねようとしたその時、銀台が
「あ、それから、こちらの目覚めも間もなくといったところです。明日辺りにはほぼ行けるんじゃないてしょうかね。」
オマケのように付け足して、報告を終えた。
「なるほど……今日イチのネタはそっちか。」
小六がそう応えると、銀台はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「よし、みんな今日はお疲れさん。明日の朝七時より捜査再開だ。今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ。俺と中園管理官も今日は一端帰宅する。何かあったら携帯に連絡をくれ。以上!」
意外すぎるほどにあっさりと捜査会議が終わった。
昨日もそうだった。六車は何処か気の抜けた感のあるこの状況に、戸惑い通しだった。
伝聞やドラマなどと現実とでは、その実情はかなりかけ離れている。自身が警察に入り、仕事を重ねる中で、それは嫌と言うほど目の当たりにしてきた。
現実指向が売りの映画などであっても、それはやはり虚構の世界でしかない。それは仕方がないものなのだ。
だが……それでも六車には、これまで同期や先輩から聞かされていた、殺人事件の捜査に漂う独特な緊張感、犯人逮捕に向かう執念執着、そういった空気がこの帳場からは感じられずにいたのだった。