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ロッパン  作者: 樹液
1/2

【遭遇 1】

―もう三年近くになるだろうか。




例年よりも三日早い梅雨明け宣言から、すでに一週間が経とうとしていた。相変わらず空模様は怪しいままで、“天気予報もまだまだ信用ならない”と、世間話で交わされているほどだった。そんな目立ったニュースの無かった首都東京に、天から喝を入れるが如く、晴れ予報を覆すスコールのような雨が降り始めた。


想定外のこの雨は、街中を濡らしたその勢いそのままに、初老の刑事の靴の中にまで侵入してきていた。


「さすがにもう買い換えにゃぁならんか。」


右目の横に幾重ものシワを寄せながら、ヒョイと片足を上げつつ、銀台六郎はその雨水の染み入る箇所を、口をすぼめながら覗き込んだ。


「三年近くも持ってくれたんなら、めっけもんですよ。このヤマがあがったら、奥さんに買ってもらえばイイじゃないですか。」

「そうさなぁ…交渉してみようかね…。」


そう言うと、銀台は信楽焼のタヌキのようなその体格からは、想像が付かない程キリッとした細い眉毛を、限り無く八の字に近づけ、真っ暗な空を恨めしげに見上げた。


「サクッとカタがつけばいいんだがな…。」


傘を畳みながらそう呟くと、入口の警護に、まるで馴染みの店の暖簾を潜るように敬礼をして、捜査本部のある四階を目指して、のそりと歩を進めた。


「銀台さん、何か嫌な予感でもあるんですか?」


質問の終わり間際で、階段の手摺に手をかけた銀台が、苦々しい顔で振り向いた。


「おい、六車よぉ。イイ加減、苗字で呼ぶのは止めてくんねぇかな…気恥ずかしくてたまらん。」

「ああ、すみませんロクさん。つい。」

「頼んますぜ。」


ため息混じりにそう言うと、少し急勾配の階段を、手摺を頼りにグイグイ昇り始めた。

その重い足取りとは裏腹に、四階まで一気に昇りきっても息一つ上がらない銀台が、息の上がった六車の肩をポンと叩き、ニヤリと笑いながら言った。


「へばったのか?何だかんだでこの仕事は体力だぞ。」


諭すように言い、四階右手最奥にある会議室へ向かった。

六車は、ハイハイと項垂れつつも、自分と十五も歳の違う銀台との体力の差に、


「体力……かぁ。」


と、左膝の辺りを擦りながら、苦笑いでその後ろ姿についていった。会議室に近づくにつれ、中の話し声がより鮮明に聴こえてくる。


六車は遺体発見現場、そして会議初日に感じた正体不明な違和感を、銀台の後ろを歩きながら思い出していた。




東京のど真ん中、銀座四丁目交差点から、目抜通りを北に二ブロックほど進み、裏通りへ入る。その昔“大川”と呼ばれていた隅田川方面へ二百メートルほど歩を進めた先に、小さな橋がある。


その十五m程の短い橋を渡ってすぐ左手に、所轄の新築地署はある。昨日の夕方に、この新築地署管内で発見された遺体は、明らかに自殺とは違うものであった。


直ぐ様、新築地署四階にある小会議室に、捜査本部が設置された。その隣に倍以上の広さがある大会議室があるのだが、その人数を考慮してか小会議室が選ばれたのだ。


それから一日。事件の最前線であるこの帳場に、銀台らと同様に、自らの足で広い集めた情報を手にした刑事たちが、すでに勢揃いをしていた。


これから始まる、この事件二度目の捜査会議に挑まんとする、警視庁刑事部捜査一課強行犯係、小六武弘率いる「小六班」、通称「ロッパン」の面々と、彼らとコンビを組み捜査をする、所轄の新築地署の面々だった。


一番最後に戻った、ロッパンの銀台六郎と、彼とコンビを組むことになった新築地署の六車大輔。そんな二人に待ってましたとばかりに、


「おう!ロクさん、戻ったか。ちょうどいい、今始まるところだ。」


野太い声でこちらを見やり、小六武弘がその野太い声と同じような眉をクイと上げて、空いている席へ二人を誘導した。


他の捜査員はすでに全員着席をしており、会議室の入り口に立つ二人にその視線を向けていた。


所轄、ロッパンの面々に、この帳場を統率する中園管理官、総勢で十二名と、捜査本部としては異例の少人数。これも小六をはじめ、ロッパンの…然してはその上の本庁の意向でもあった。


新築地署強行犯係に配属になって三年。他の所轄の同僚に捜査本部が立ったときの、愚痴、やっかみ、苛立ちのこもった話を、六車は否応なしに聞かされ続けていた。


今、目の前に広がっている光景、それに銀台に付いて回った一日。それだけで、この三年聞いてきた話のほとんどを、卓袱台返しされたように感じた六車だった。


帳場が立って、初めて銀台と対面した時の、


「ここの連中はまあ…ちょいと違うからよ。」


と、置物の狸の口角を、さらに引き上げたような顔で言った銀台の鼻筋のテカりが、ふと脳裏に蘇ってきた。


『築地・新冨連続無血殺人事件』の捜査本部の立ち上げの時の自分と、今その帳場の入り口に立つ自分では、本庁の刑事に対する認識が、ガラリと変わっていた。


所轄の人間は半ば人ではなくモノとして扱われ、中には名前さえも覚えようともせず、オイだのホラだの顎で使われることもザラだという話ばかりだった。


が、実際に一日一緒にいただけで、それらのほとんどが本庁に対する妬みやっかみからくるものだと、思い知らされた六車だったのだ。


そんな六車と銀台を迎え入れ、帳場が立って二度目の捜査会議が始まった。


「では、新築地・新富連続無血殺人事件の二日目の捜査会議を始める。」


中園管理官の一声のあと、ロッパンの班長である小六が目の前に座るコンビに向かって発言を求めた。


「トップバッターとは気分がいいや。」


そう言って立ち上がったのが、ロッパンきっての切れ者の赤江。この新築地無血殺人事件の捜査の方向性を、遺体を見たその瞬間に決定付けた男である。


「まずは……鑑の結果から行きますか。」


そう言うと、赤江は被害者とその周辺の人間関係を、淡々と語りだした。


初日の遺体を前にして、得体の知れないオーラを放っていた時とは、うって変わってごく普通な……いや、普通よりイケメンよりの佇まいで、敷鑑の報告を終えた赤江だった。


少し拍子抜けな六車だったが、そんな六車を置いてけぼりにするかのように、次に立ち上がった黄本が赤江と同様に、淡々と敷鑑の報告を済ませた。


続く青山、桃瀬、緑戸も、それぞれ周辺地域で行った情報収集、いわゆる地取り捜査の報告を、前の二人に倣い極めて淡々と済ませたのだった。


「一番最後はロクさんのとこだな。」


小六がそう言いながら、左の眉毛をクイッと上げつつ、銀台に発言を促した。

銀台と一日一緒に、証拠品に関する調査に当たった六車だったが、正直然して大した情報が得られたという手応えは感じていなかった。

ここも淡々と今日の流れを報告して終わりかな……と、少し気の抜けた六車の耳に、銀台の放った一言が強烈に飛び込んできた。


「今日は飛びきり有力なネタが手に入ったぜ。」


六車はこれでもかと言うくらい目を見開き、銀台の方に向き直った。銀台はそんな六車に向かって、


「なんだ六車よ、お前さん全力で目を開けても、銀杏くらいの大きさにしかならねぇんだな。」


と、微笑みながら言った。


恥ずかしくなって顔を赤らめた六車だった。

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