4・日本の帝王。 かすかな好意。
―日本国・海岸付近―
大和は腰の痛みがすっかり引いた体で、稲作業に勤しんでいた。
「ふうー…この分だと、あと少しで収穫ができそうですね。」
大和が額の汗を腕で拭いながら、ふと日本海側に眼をやった。 と―…
「? おや…? あの大きな船は…―!! シエさん!?」
赤をモチーフにした古式の中国船だ。 その甲板には…シエが立っている。
「どうしたんでしょう…稲作についてはもう全て教えてもらいましたが…」
そんな事を考えている内にシエは砂浜に船を乗り上げ、
甲板から砂浜にひらりと飛び降りた。
「よぉーしお前ら、そこで待つよろし。」 「明白了! (わかりました)」
シエが顔をスッと上げると、くわを担いだ大和がパタパタと坂を下りてきている。
「シエさん、どうしたのですか? 稲作についてはわたしはもう大丈夫ですが…」
「大和…へへへ…」
シエは大和の顔を見ると、安心したように少し微笑んだ。
「シエさん…? あまりお元気がなさそうですが…どうしたのですか…?」
「いや…大和、我は…お前に相談が有るある。」
「わ、わたしに、ですか? な、何でしょう?」
「あ…いや、やっぱりお前の姉として、…弟に頼るなんて……やっぱり情けねえある!!」
「シエさん…。」
ポカンとしていた大和は、顔を赤くしたシエに微笑んだ。
「そんなことはありませんよ。」 「そ…そう思うあるか? 本当……に、あるか?」
「ええ。 わたしは、身分や位で物事の発言が憚れるのは、おかしいと思います。
ですから…シエさんが宜しければ、わたしは相談に乗りますよ。」
「大和…。」 「ふふ…っ」 「~~~~っ我は幸せ者ある!!」
がしっ! と、目にとまらぬ速さで大和の手がシエの両手につつまれた。
「はい!?」
シエは幸せそうな笑みを浮かべ、手を掴んだまま上下に跳ねる。
「こんな優しい弟に恵まれるとは、正直思わなかったあるよ!
大和! お前は何ていい弟あるか!!」
「し、シエさんっ。
お気持ちは大変嬉しいのですが、そろそろ手を離して頂かないと、けっ、血管が―」
手を強く握られたせいで、大和の腕が青くなっていた。
あわててシエはパッと手を離す。
「おおっと! すまなかったあるー。」
「いえ、すぐにまた血が流れますから…。 ところで、何の御相談ですか?」
「あっ、そうだったある。
大和…お前の国には、指導者言う者を決めてるらしいあるが…具体的に何してるあるか?」
「指導者、ですか? …わかりました、少々お待ちを。」
シエに一礼すると、大和は1人だけ、稲作を行っていない男性を呼んだ。
「どうかしたのですか? おお! この方が大和さまの申していた異国の民の方ですな!?」
ビクッ! 自分の皇帝のこともあって、シエは身震いした。
と…。 そっと自分の頭に、彼の手が触れた。
「ははは。 可愛らしいお方だ、琥珀色の瞳が輝いている。」 「うぇ…?」
その男性は、シエが考えていたよりずっと優しそうだった。
「シエさん、この方がこの辺り一帯の村の指導者です。」 「どうも。」
「おお。 ど、どうもある。 早速であるが、貴方様はどのようにこの村を統治しているあるか?」
「どのように? そうですなあ…」
ごくり…。 指導者があごに手をあてて考え込む姿を、かたずを飲んで見上げていた。
「まず、自分がこの村を守っているという事を、いざという時に力で証明しなければいけませんなぁ。」
「…つまりは武力、あるか…」
「村の一体感と、他の村に対しての排他性を極度に高め続ける頭が必要ですな。
まあ、じぶんはあんまりそっちは困ってやしませんが…」
『どこの国でも、結局は武力あるか…。 我の国は、あのままでいるしかねえあるか…?』
「そう、あるか…結局力だけあれば、いいわけあるな…」
「いや、戦いだけじゃ指導者は務まりませんよ!」 「―! え…?」
はっとして大和を見ると、穏やかに微笑んでいる。 シエは指導者を再び見上げた。
「ど、どういうことあるか!?」
「戦いに勝つことでそりゃあ力が増していいですが、
やっぱり皆がじぶんの事を信じてくれてるのが、一番嬉しいですなあ。」
「―!! あ…!」
「ふふっ。 そうです。 民に尊敬され信じられていなくては、指導者とは言えません。」
『そうか…そう言うことあるか…! 我の国は…このままでいい訳ないある…。
ちゃんと信頼された皇帝を…我が…見つけ出さないと―!』
「? シエ、さん…?」 「大和…やっぱり、お前に相談して間違ってなかったある。」
「えっ? こ、これでもういいんですか?」
「そうある! 大和、指導者殿、謝謝!! 我、絶対負けないあるよー!」
ヒュッ! ―トン。 袖を舞わせて身を翻すと、崖から船の看板に飛び降りた。
「よおし、お前ら船出す宜し。」 「わかりました!」
大和が崖の端に駆け寄る。
「じ、事情はよく把握できませんが…解決したようで良かったです! では、また!」
「大和ー! 我、頑張るあるー!」 「はい! 頑張って下さいね。」
「うむ! 任せる宜し! ……」
大きく腕を振るシエを乗せた船が、波間に消えて見えなくなった。
「………。」 「大和さま、じぶんは…あれで、良かったでしょうか?」
「あっ! は、はい。 上出来でしたよ…ふふ。」 「………。」
指導者は大和の顔を、覗き込むように見つめた。
「…な、なんですか? 人の顔をじろじろ見て…」
「大和さま…もしかして、あの異国の方を、好いておられますか?」
「へ? は…な、ななななっ!? なななななな何を言うのですか!?」
大和の顔が褐色のよい紅色に変わる。 指導者はニヤニヤと笑うばかり。
「いやー、若くていいですなあ。」
「そ、そそそそんなことはありませんよっ! わ、わたしの方が、貴方よりずっと爺さんですよっ!」
「ははは、心がですよ。」 「うっ…」
大和は船の見えない海に振り返る。
「…頑張って、下さいね…。」