1 倒れていた子。
「ふー…ここは寒いあるなー。 何かここに落ちてきた思ったあるが…気のせいあるか?」
―紀元後200年―
彼女は吹雪の吹き荒れる中を、あるものを探しながら歩いていた。
花の模様が描かれた靴は雪でびしょびしょになり、
その小さな体に似合わない龍の模様のあるチャイナドレスは、風にあおられて大きく舞った。
彼女は小学生低学年のような体つきでありながら、
紀元前からこの地球の歴史を見守ってきた、いわば歳年長者である。
「ほら! お前も早く来るよろし。」
「ま、待って下さいシエさん! 袴が風にまとわりついて…」
大分離れて追いかけてくるのは、彼女の弟的存在である、彼だ。
彼もシエほどではないが、紀元前からこの地球を知っている。
「ったく、お前はもっときびきび行くよろし!」
「申し訳ありません…おや? シエさん! だ、誰か、倒れてます!」
「ん? あ…あいつある!」
ふたりは雪の上に倒れている、自分たちより少々大柄な少年を見つけた。
「こいつ…ここまで大きくなってるゆうことは、紀元前から生きてたあるよ…」
「ほう…正体不明の国が南下してきて、何事かと来てみたら…
この子が起こしていたのですか…。」
そうだ。
最近見知らぬ、名前もない独立もしてない国が、
急激に領土を広げている、という知らせが入り、このふたりが調査に入ったのだった。
「たったひとりで…ここまで頑張ってたあるか…」 「そうですね…どうします?」
シエはすっくと立ち上がると、晴れ晴れとした顔で地平線に言った。
「放っておくよろし!」 「ええっ!?」
彼は口をあんぐりとあけて、彼女の言葉を疑った。
「し、しかし、放っておいたら戦いの疲れとこの吹雪で…凍え死んでしまいますよ!?」
「はあー…大和、お前はあいっ変わらずお人よしあるな。 わかんねえあるか?
…こいつはたった一人で、自分の国をここまで大きくしよったある…」
「は、はい…」
「我が恐ろしいと思ったのは…これが、初めてかもしんねえあるな! よし、行くあるよ大和!」
「あ、え、えええっ!? ですから、あの傷ではもう1年も持たないですよ!」
「あいつにはここでくたばってもらった方が、後々我が動きやすいある。」
「そ、そんなあ…」
シエは放置した少年を振り返ると、明かるい笑顔でこう言った。
「それじゃあ、再見!」
この後シエは、まさか、この少年が―
「…うぅ…」
世界一大きな国になるとは、思わなかった。
暖かい部屋の中で、少年とひとりの男が椅子に座って向き合っていた。
「―そうか…黒海まで進出ができたのか。」
「うん。 あっちももう、全部僕のだよー。」
少年は満足そうに、渡されたココアを飲んだ。
身なりはほつれの縫ってあるコートに、ヅボンとブーツ。
頭には耳あての付いたウシャーンカをかぶっている。
顔立ちは穏やかで、白に近いブロンドの髪と澄んだ緑の眼、
少々大きめの鼻が、顔の中心に丁度よく付いている。
「ふふふ…やはりお前を見込んだだけの事はあるな。」 「ありがとー」
「うむ。 それと、次の行動だが…」 「うん。 しばらくじっとしてようかなあって」
「ほう? お前、それはまたどうしてだ?」
「さっき、倒れてたところを助けてくれたでしょ?
実はねー、その前にもふたり、僕と同じ子が来たんだよー」
「ほう…?」
「でもねー、そのうちのひとりに、『ここまで領土を広げたんだ、後々敵になるだろう』って。」
「よかったじゃないか。 それも評価されたってことだろう。」
「でもね…助けてくれなかったんだ」
少年は大人びた暗い顔になると、包帯を巻いてもらった部位をさすった。
その顔は小さな体には似合わず、裏切られたような悲しみと怒りを帯びている。
「…」 「まあ、そうゆうもんだよねー…」 「お、おい…アブローラ…」
「ふふっ、大丈夫だよー。 あと、今はみんなに『ガルダリケ』呼ばれてるんだ~。」
「そうか…名前はいいな。 それで、どうするんだ」
「僕が考えるのはね、しばらく時間を置いて又出てきた方が、
あの子も僕が生きててビックリするかなあって」
少年はぱっと面白そうにほほ笑んだ。 あの表情を見た後だと、逆に恐ろしいが。
「ふん、相変わらず腹黒いなあ」
「ふふふっ、それってどうゆう意味? 食べられるものなの?」
「いや、少なくとも食べられないさ。 その件はわかった。
だが、基本的政治はわたしにませてもらうぞ」
「わかってるよ。 ふふっ、お願いね。」
男が部屋を出て行くと、少年は窓ぎわに駆け寄り、ある国の地平線を見つめいていた。
「僕…頑張って、もっと大きくなるから、待っててね? ふふっ…君と戦えるのが楽しみだなあ。」
少年は純朴な顔で、穏やかにそう言った。