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Soap Dish  作者: シトラチネ
Episode in Aurore et Crepuscule
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2. 青輝

2. 青輝 俺は指輪じゃなくて女を鑑定してやったんだぜ、上司さんよ



 ブルーダイヤをもらったの。

 女にそう嬉しそうに報告されたって、別に何とも思わない。しこたま堪能したあとだから、むしろほっといてって感じ。ふうんと答えて裸の身体を伸ばす。

「お歳暮には洗剤が定番らしいからな。ばあちゃんとこにも来てたぞ」

「何のこと?」

 宝石と洗剤をわざと間違えてやった俺の鋭いセンスを理解する才能が、この女にはないようだ。こいつに求めるのは脳みそでも誠意とやらでもないから構わないが。

「これよ、これ。パパに買ってもらったの」

 パパと呼ばれてるのは実父――なわきゃない。どうせ不倫関係にある上司だろ。クリスマスに男は家族サービスだってんで、さもしい愛人は俺と無理矢理クリスマスの予定を埋めたってわけだな。

 ぐいぐい突き出してくるから、仕方なく薬指にはめられた指輪を一瞥してやった。ホワイトゴールドにちまっとしたダイヤが三つ、中央がブルーだ。数万円ってとこか。

 明日デートする子に下見と称してジュエリーショップを引きずり回されたから、にわか鑑定眼がついちまった。

 女は指輪を眺めながら、にんまりとどこか下卑た笑いを浮かべた。見なきゃよかった。

 ――愛情を天秤に載せたとき、つりあう分銅は愛情でしかないんだぞ。

 オロール・エ・クレピュスキュールの店番をするときにいつもジーンズのポケットから騒ぎ立てるあいつの言葉が、ふと頭をよぎる。

「とっても稀少なんですって。イヴを一緒に過ごせないお詫びだよ、って」

「へえ。……ちょっと貸してみろよ」

 俺は下着だけ身につけるとベッドから脱け出した。キッチンに入って冷凍庫を開けると、借り受けた指輪をその中へ放り込む。

「やだ、何するのよ!」

 慌てて駆け寄ってくる女から、腕組みをして背で冷凍庫のドアをブロックする。

「鑑定だよ、鑑定」




「いいか、カラーダイヤモンドにはナチュラルとトリートメントがある。ナチュラルはそのものズバリ天然モノ、ファンシーとも言うな。トリートメントは人工物だ。放射線を当てたり分子構造を変えたりした人造カラーダイヤさ」

「にせものってこと?」

 トリートメントと模造はまた違う。ジルコニアなんかの模造ダイヤは、石そのものから人の手で作り出している。トリートメントダイヤの場合、石自体は本物のダイヤを使っていて、ただ着色のみが人工だというだけ。

 こんなことも知らずにブルーダイヤをもらったなんて喜んでる女には、たとえジルコニアでも豚に真珠ってやつだよな。

「当然、ナチュラルとトリートメントじゃ稀少性が違う。カラーダイヤの中では数が多いピンクだって、全ダイヤの0.01%らしいぜ。一番高いのはブルーだ、採掘量が少ないからな。もしあれがナチュラルのブルーダイヤとしたら、値段は、そうだな――」

「いくら?」

 乗り出してくるな。そんなに、男の詫びの気持ちの値段を知りたいのかよ。

 ベンツが新車で買える値段だ、とは黙っておくか。武士の情けだ、見ず知らずの上司さんよ。

「ま、その前に判定と参りますか」

 冷凍庫からきんきんに冷えた指輪を出す。はあっと息を吹きかけると、表面が曇った。

「ダイヤは熱伝導率が高い。本物ならあっというまに曇りがとぶはずだぜ」

 期待に満ちて覗きこむ女の目は数秒たち、ダイヤの曇りと一緒に晴れた。ほとばしる歓喜の声はおいおい、ベッドで騒いでた時よりでかくないか?

「ナチュラルでもないが模造でもない、ってわけさ」

「えーっ? 天然のブルーダイヤじゃないの?」

 おめでたい女だ。

「ナチュラルはそもそも市場に出回ったりしない。資産家が現物資産に買いあさってるって噂だしな。ま、トリートメントでもダイヤだし、詫びには違いないだろ」

「なによー、最初っからにせものって分かってたの?」

 にせものじゃないって言ってるだろ。この調子じゃ、不倫相手の詫びの気持ちまでにせものだと疑い始めかねないな。

「結婚式のサムシング・ブルーにブルーダイヤを使うやつもいるらしいぜ?」

「彼は奥さんとは離婚しないって言ってるもん! ばかあ!」

 フォローしても無駄か。




 以前、ブルーダイヤのネックレスを、サファイアだと思い込んでオロール・エ・クレピュスキュールへ売りに来た女がいたな。ばあちゃんがいなかったのをいいことに、サファイアの値段で買い取ってボロ儲けさせてもらった。

 その価値を知らない者に、正しい対価を受け取る権利はないんだ。

 ブルーダイヤのネックレスが自分たちの葬式代と墓石に化けるのを、両親は苦笑して見ていただろう。

 ブルーダイヤの稀少価値だの鑑定法だのは、あの時にあいつ――ティソの懐中時計から教わったんだった。どうしてこう、人生に役立たない知識に限っていつまでも覚えちまってんだろうな。海馬の浪費だ。

 そういや呪いのブルーダイヤ、ホープダイヤについても一席、いや一石ぶってたな。何日か前に可愛いおねーさん――アスリちゃんだったか、に買われていったソープ・ディッシュにも、得意気に語ってやがった。

 持ち主が早世する原因として、ホープダイヤが微弱な電気を発していて、それが肌に触れた人間にマイナスの作用を及ぼすからだなんて言われてる。

 俺はそうは思わないね。

 宝石ってのは、価値があればあるほど、人はその前で本性を現さざるを得なくなるのさ。男の詫びの気持ちをはかろうとした女みたいにね。理性や便宜や駆け引きなんか頭から吹き飛んでっちまうくらい、カネのことでいっぱいになるんだ。

 カネにこだわらないやつだけが、その呪いという名の欲望から無事でいられんのさ。

 だから個人の思惑とは無縁のスミソニアン博物館に行き着いて、ホープダイヤは解放されたんだ。




 女は電話を始めて、あのブルーダイヤはにせものだと喚きたててる。にせものじゃない、トリートメントだってのに、家族サービス中に愛人に喧嘩を売られる男ってのは哀れな図だな。

 これに懲りて、ブルーダイヤどころか真珠も似合わない豚を飼うのはやめとけ。俺は指輪じゃなくて女を鑑定してやったんだぜ、上司さんよ。

 さて、俺も退散するか。こんなことならこの女とのデートはキャンセルして、アスリちゃんを追いかけてみるんだった。あのガキくさいソープ・ディッシュの精霊がどうなってるか、気にならないわけじゃないし。オロール・エ・クレピュスキュール、アフターサービスの一環だ。

 ――だがね、ルイ。地球上の全てに等しく謁見を許されたブルーダイヤは、夜空を見上げればいつでもそこにおいでだ。這いつくばって鉱山を掘り返すなど、愚の骨頂である。

 女の部屋を出る。あいつの言うブルーダイヤは、空一面にぶちまけられていた。


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