大草原の妖精と巨獣達、その9~エアリアル~
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「外はすごいことになっているな・・・竜巻はここにはこないのか?」
「ああ、不思議なことにな」
「でも他の魔獣が竜巻を避けてここに来るんじゃ?」
「父上がいるここにか? 竜巻の方がよっぽど安全だよ」
「どんだけ~」
ユーティが妙な言葉を発した。どうもこの妖精は普通の人間より世長けている。俗語にもミランダ以上に詳しいし、変な妖精だとアルフィリースは思っている。
アルフィリース達がファランクスの住処に厄介になってから3日が経過している。その間様々な話をファランクスとエアリアルに求められ、アルフィリース達は外界の話を沢山した。
どうやらファランクスは500年以上生きているらしく、その知識の幅には驚かされる。魔術にもある程度精通しており、魔獣と言うより幻獣と称えるべき存在だった。性格も非常に穏やかで、正しく彼が世間に理解されていれば、崇め奉られてもよい。中でも一番ファランクスと仲良くしているのはアルフィリースであり、もはや友人と言っても良いくらいの親しみようであった。昨夜などはファランクスを枕にして寝てしまったほどだ。
「ほほう、グウェンドルフはそこにいるのか」
「ええそうよ。ファランクスってグウェンとも知り合いなの?」
「面識はあるよ。あやつはああみえて結構色々な所に出没するからな。まあ、あやつと呼ぶのも本来はおこがましいのだが」
「ふーん、やっぱり有名人なんだ」
「それはそうだ、人語を介す竜はこの大陸で最も古い生き物だからな。奴も数千年は生きておるはずだよ」
「げっ・・・」
「む、どうした?」
「そのグウェンの頭の上で散々昔遊んだわ・・・頭の上に乗るなって一回言われたけど、『いいじゃん、ケチケチすんなー!』って言って遊んだあげく、鱗を一枚引っぺがして師匠へのお土産にしたような。師匠は真っ青になってたわ」
「グウェンドルフの頭の上で・・・ククク、ハハハハハ!」
ファランクスが大声で笑い始めた。
「や、やっぱりまずかった?」
「そうではない・・・実に痛快な娘だと思ってな! 竜と会話しただけでも自慢する生き物は多いのだが、その頭の上で遊ぶなど・・・しかもあまつさえ気に入られ、竜の小手まで託されておるのに、全く鼻にかけぬそなたが面白いのだよ・・・ハハハハハ!」
「そんなものかな・・・?」
アルフィリースはよくわからないといった感じだが、ファランクスは大いに感心したようだ。
「ワシもそなたが気に入った! ワシに出来ることがあれば何なりと申せ。どのみち嵐の季節が過ぎるまでは共に暮らさないといけないのだ」
「う~ん・・・じゃあ修行に付き合ってもらおうかな? この大草原で一番強いなら色々参考になると思うしね」
「ふむ、それは構わんがまずエアリアルの方が修行になると思うぞ? 特に武器を扱うのであればな。まずはあの子に教えてもらえ、それで不足ならばワシが相手をしよう。だがあの桃色の髪の娘・・・」
「リサのこと?」
「うむ。あの子はセンサーだな?」
「ええ」
「何か悩んでおるようだ。ワシの所に連れてくるとよい」
「わかった、呼んでくるわ」
アルフィリースがリサを呼びに行くと、ほどなくしてリサが現れた。
「何か用ですか、ファランクス」
「うむ、まあ座れ」
ファランクスに促されるまま、ちょうどよい高さの石を台座代わりに腰かけるリサ。
「リサ、と言ったか? そなたはセンサーだな?」
「そうですが」
「この大草原では上手くセンサーが働かなくて、困っているのではないか?」
「その通りです」
「他にもワシの存在が感知できなかったり、急に背後に立たれたことはないか?」
「! なぜそれを?」
「やはりな・・・そなたのセンサーは完全に我流だな。誰かに師事したことはあるまい?」
「はい。このような体ですから、この能力は失明した時に得た物です」
「我流でそこまで至るとは天性の才能はあるが、それだけだな。センサーの上級能力については知らないのだな」
「センサーにはやはり応用能力があるのですか?? もしよければ私に教えてはいただけないでしょうか!」
リサの表情が気色ばむ。表情は真剣そのものだ。だがファランクスは至って穏やかである。
「そう急くな・・・物事には順序というものがある。その様子ではそなたは甘え下手のようだな」
「・・・」
「では問おう。何故さらなる力を求める? そなたの力はセンサーとしては相当なレベルに既に位置しておる。これ以上は過分な領域に入りかねんぞ?」
「・・・その力が無くては守れない人たちがいます」
リサが自分のスカートをぎゅっとつかむ。
「リサは自分の能力に絶対の自信を持っていました。ですがそれがどれほど自惚れだったかを旅を始めて2カ月程のわずかな間に知ってしまったのです。今生きているのは運が良いだけ。リサはこのままではお荷物になってしまう」
「ふむ・・・」
「リサにとって家族以外の人間は利用する物でしかありませんでした。でも初めて対等でいたいと思った人間達がいます。彼女たちと一緒にいて笑っていたい、色々な物を感じてみたい。彼女たちとこれから先も一緒にいるためには、彼女達を守るためにはこのままではいけないのです!」
「彼女達とは、アルフィリース達のことだな・・・?」
リサは無言で頷き、口元を真一文字に結んでいる。ファランクスはじっとリサを見つめるが、リサの表情は崩れることなく、盲目なはずの目でファランクスの方をじっと見ている。光の無いその目に、強い意志という光をファランクスは見た気がした。
「お願いします・・・リサに力を・・・」
「・・・いいだろう」
「! ありがとうございます!」
「ただし!」
ファランクスの語気が強まる。
「強い力はさらなる強い力を引き寄せる、良し悪しに関係なくな。それだけは心得ておけよ?」
「肝に銘じておきましょう」
「うむ・・・ではまずソナーの走らせ方から教えよう」
こうしてリサの特訓は始まったのだった。
***
「エアリアル、ちょっと特訓に付き合って」
「それはいいが・・・今は風がちと強すぎるのではないか?」
アルフィリースがエアリアルを伴って外に出る。相変わらずの外は暴風だが、今のところ雨は無い。だが視界には何本もの竜巻を収めることができ、近くの物は何kmも離れていないのではないかと思われる。
岩陰にいるうちはいいが、少し顔を岩陰から出したアルフィリースは凄まじい突風にバランスを崩しそうになり、慌ててエアリアルがその体を支えた。
「大丈夫か、アルフィリース」
「うん、ありがとう。ところで私のことアルフィリースって呼ぶのは、呼びにくくない?」
「だがアルフィリースはアルフィリースだろう? 他にどう呼べば?」
「皆はアルフィって呼ぶかな」
「アルフィ・・・アルフィか。それは良いな」
エアリアルが反芻するようにその言葉を口の中で呟く。
「だがそれでは対等ではないな、我のことも何か略すがよい」
「ええー? そんなこと言われても・・・」
「いや、友人とは対等な存在であると聞いているぞ? 我だけその呼び名を使うのは何か気が乗らん」
「う~ん・・・じゃあね、エアリーっていうのはどうだろう?」
「エアリー、エアリーか・・・悪くはないな」
エアリアルがうんうんと頷いている。どうやら気に入ったらしい。
「その呼び名でいい?」
「ああ、悪くない」
「よかったぁ。『エアリン』とどっちにするか悩んだんだけど、エアリーが良かったのね?」
「・・・いや、エアリンにならなくて良かったと我は思う。色んな意味で」
「え、そう?」
アルフィリースの内心ではエアリンが大分優勢だったのだが、エアリーの方を引き合いに出してエアリンを選ばせたかったとは今更言い出せなかった。
「ではその呼び名で我を呼んでみてくれないか? 慣れないと不便そうだからな」
「いいよ。エアリー」
「・・・もう一度」
「エアリー」
「・・・もう一声」
「エアリー」
「・・・もういっちょ」
「何回でも。エアリー、エアリー、エアリー」
「・・・あう」
エアリアルが顔を真っ赤にしてボン! と熱した風船のように爆発した。そのままふにゃふにゃと崩れ落ち、慌ててアルフィリースが支える。
「ど、どうしたのエアリー?」
「いや、その、なんだ・・・なぜか照れてしまってな・・・」
「照れ?」
「その恥ずかしい話なんだが・・・笑わないか?」
顔を真っ赤にしてエアリアルが、上目遣いでアルフィリースを見る。その仕草がたまらなく可愛く、思わずアルフィリースはエアリアルを抱きしめそうになった。
「笑わないよ、話してみて」
「実はな、我は同世代の友達がいなくて・・・話し相手といえば父上くらいなんだ。だからなのか、ときたま他の民族の子どもたちが遊んでいるのを見ると、無性に羨ましくなってしまってな。我の夢というものは、こうやって同じ年頃の友達と愛称で呼び合ってみることだったんだ。その・・・おかしいだろう?」
手を後ろに組み、すごくもじもじしながらエアリアルが話している。騎馬民族の豪傑達を瞬きもせずに、血の雨を降らせながら切り捨てた彼女とはまるで別人だ。思わずアルフィリースは彼女をぼーっと見つめてしまった。
「な、なんだ・・・何か言ってくれないのか? それともおかしくて言葉も出ないのか?」
「エアリーって今いくつ?」
「先月16になった。外の世界では成人だろう? もう大人なのに、こんな幼稚なことをいう我はおかしいと思うんだが・・・」
「ううん、そんなことないよ。エアリーはとても可愛いわ」
「わ、私は可愛いのか・・・わぷっ」
アルフィリースは我慢できなくなり、思わずエアリアルを抱きしめて頬ずりをしていた。彼女はなんだか友達と妹を一片に手に入れた気分になっていた。
「(うーん、妹がいたらこんな感じかなぁ?)」
「あ、アルフィリース。何をする?」
「ちゃんと愛称で呼ばなきゃだーめ」
「あ、アルフィ・・・は、放して・・・息が・・・」
「ダメ、お姉ちゃん、もしくはお姉様と呼びなさい」
「・・・・・・」
「(お、沈黙は了解なのかな? 照れちゃって可愛いなぁ、もぅ♪)」
いや、単純にアルフィリースが相当な力で抱きしめているため、息ができていないだけなのだが。傍から見たらエアリアルが手をバタバタさせるのがわかったのだろうが、目を瞑ってエアリアルを抱きしめるアルフィリースにはとんと見えていない。エアリアルの方もエアリーと呼ばれて照れるやら、アルフィリースの豊満な胸に圧殺されて赤面するやら、酸欠で脳がまともに働かないやらで、さしもの大草原の屈強な戦士も正常な対応ができずにいた。エアリアルが放されるのは、エアリアルがぐったりして体中の力が抜けたと同時に魂も抜けかけていることに、アルフィリースが気づいてからだった。
続く
次回投稿は12/24(金)20:00です。