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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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暗躍、その5~アノーマリーの工房にて~

***


「・・・アノーマリー・・・アノーマリー・・・」

「ここだよ~。どうしたのさ、ライフレス」


 ここはアノーマリーの魔王生産工房。周囲には実験房やよくらからない液体の瓶、チューブ、様々大きさの容器が立ち並ぶ。独房や鎖に様々な魔物、魔獣、動物が繋がれており、中には台に寝かされている者もいる。ただ共通しているのは、どの生物もぎゃんぎゃんと騒ぎ立てていることくらいだ。


「・・・騒がしいな・・・」

「さっきまで解剖してたからね。血の匂いで興奮しているのさ」

「なるほど・・・でもあれはまだ生きているのではないのか」

「ああ、どのくらい生きていられるのか実験している途中さ」


 ライフレスがちらりと他の台の上に目をやると、確かにそのような様子が見受けられる。まだ血の跡が新しく、臓物の生臭い匂いもたちこめている。中にはまだ生きているのだろうか、ビクビクと脈打つ者もいた。ここまで原形をとどめないほどにされていて、よく生きていられるものだとライフレスは内心感心する。アノーマリーには医学の心得もあるとライフレスは聞いていたが、なるほど納得できる。

 血煙りが立ちかねないほどの血生臭い光景は並の人間ならその場で吐くほどの悪臭を伴うのだが、2人は実に平然とその間をぬって歩く。靴につく血も気にとめない。


「足元が滑りやすいから気をつけて」

「・・・それはいいが・・・もうちょっと静かにさせられないか・・・」

「確かにちょっと騒がしいね・・・・・・・・・黙れ」


 アノーマリーの口調が軽薄な物から、一気に重く低いものへと変わる。その瞬間あれほど騒ぎ立てていた者達がぴたりと静かになり、後に残るは静寂のみとなった。


「・・・さすが・・・」

「まあこいつらもボクの怖さは十分わかって・・・ん?」


 全て沈黙したはずの房が、1つだけ騒がしい。


「お願い! ここから出してよぉ!」

「出してくれ、頼む! 出してくれたらなんでも褒美をやるぞ!?」

「・・・あれは?・・・」

「どっかの国の偉い人とその娘らしいよ。詳しくはあのイケメン君に聞いてくれ。どこぞでたぶらかしてきたらしいけど」


 イケメンとは彼らの仲間の美男子を指すのだろう。

 房にいる2人はそんなことはわかるはずもなく、格子をガシャガシャとゆらしている。その様子を見て心底あきれたような顔をするアノーマリー。


「まったく・・・野良犬でももうちょっと頭が回ると思うんだけどね。ここで騒いだところでボクの機嫌を損ねるだけだと、どうしてわからないかな? これだから人間はめんどくさい・・・おい、ダグラ、ドグラ!」

「へい、ご主人様。お呼びで?」


 姿を現したのはオーク。いや、体はオークだが、頭にはそれぞれイノシシと牛に挿げ替えられている。それを示すかのように首には派手な手術痕がある。


「あの躾けのなっていないメスブタを黙らせろ」

「男の方はいいんで?」

「目の前で娘が泣きわめく様を見れば、多少静かになるだろうさ」

「了解いたしましただ。ところで手段はどうしますだ?」

「任せる。ただし壊すなよ、まだ利用価値があるかもしれん」

「そりゃあもう。生かさず殺さずが、きーぽいんとでごぜえますもんね」


 ダグラが口元をニヤリと歪める。そのダグラの肩をドグラがとんとん、と叩く。


「ダグラよぉ、犬っころ達もつれてきていいか? 最近どうも盛っちまってよお、おとなしくゆうこと聞いてくれねぇんだ」

「ドグラよぉ、もちろんだんべ。だが俺達と犬っころだけお楽しみはだめだべ。せっかくだから、あの父親の方にも楽しませてやんべ」

「んだんだ。目の前でなんにもできねぇんじゃ、生殺しだかんな。きちんと参加させてやんべ」

「オラ達は親切だなぁ」

「まるで上位精霊のようだべ」


 2体がニヤニヤと笑っている。こんな低俗な笑みを浮かべる精霊もいないとは思うが、そんな理屈は彼らにはどうでもいいのだろう。だが彼らがどのような異常な行為に及ぼうとしているかは、世間知らずで正常な父娘には想像が及ばなかった。


「ほら、娘っ子。こっちにくるだ」

「いや、いや! 助けてお父様!」

「心配すンな、すぐに楽しくなるだよ。お父様の出番はもうちょっと後だぁ」

「娘に、娘に触れるな!」

「お前頭悪いのかぁ? もう触れてるだよ。これから触れるどころじゃ済まないべ。もっと仲良くするんだからよ」

「ひ、ひいぃぃぃぃ!」


 下劣なやりとりをそこまで見届けると、アノーマリーとライフレスはさらに奥に進んだ。ほどなくして娘の凄まじい絶叫と父親の断末魔にも等しい悲鳴が聞こえてきたが、ライフレスは無感動でやり過ごし、アノーマリーはいたって楽しそうだ。


「・・・で、僕が頼んだブツは出来ているの?・・・」

「もちろん! かなり気合いを入れて作ったよ!」

「・・・あとここにドゥームとドラグレオもいるって聞いたけど・・・」

「ああ、あの2人なら修行中。もっとも、一方的な虐めかもしれないけど」

「・・・先に様子を見てもいいだろうか・・・」

「ああ、それならこっちだよ」


 2人は行き先を変える。そこにはかなり広い空間があり、外壁は何かの生物のように血管のようなものが一面に走り脈打っていた。なんともおぞましい光景である。


「・・・この壁は?・・・」

「僕が開発したやつなんだけど、いちいち壁を壊されたらたまらないからね。こいつは衝撃を吸収すると同時に、自己再生能力も兼ね備えた優れモノさ。特許を申請したいくらいだね」

「・・・売れるとは思えないけどね・・・」

「むー、便利なんだけどなぁ」

「ぐああああ!」


 そのとき突然聞こえる悲鳴。その悲鳴と同時に衝撃が伝わってくる。2人が部屋の中に入ると、壁にめり込んだドゥームと寝転がるドラグレオの姿があった。


「・・・・・・」

「ぐおー! ぐおーっ!」


 見るとドゥームは壁にめり込んだ上半身を抜こうともがき、ドラグレオは寝ている。


「・・・何があった・・・」

「ドラグレオの寝がえりで壁まで吹っ飛んだんじゃない?」

「・・・寝返りって・・・」

「まあドラグレオの強さは別格だからね。ドゥームなんかじゃ相手にならないでしょ」

「・・・ふむ・・・」


 ライフレスがドゥームを壁から片手で引っこ抜いてやる。ドゥームはぺっぺっと口の中に入った何かを吐きだし、居住いを正した。


「なんだ、ライフレスか」

「・・・なんだとは御挨拶だな・・・」

「あはは。でも助かったよ、ありがとう」

「・・・素直なのもなんだか気持が悪い・・・」

「おいおい、じゃあどうしろって言うんだよ?」

「・・・それより修行の方はどうだ?・・・」


 ドゥームはミリアザールとの戦闘で自分の未熟さを知ったのか、最近は謙虚に修行をしている。だが他の仲間は忙しいため、大抵は寝転がるドラグレオにかかっていくのだが、寝転がっているドラグレオにも引けを取る状態だった。


「だめだ、まだ一回も起こせない。なんだか殴られに来ているような感じだよ」

「あのバカはめっちゃくちゃ強いからね」

「・・・欲求不満フラストレーションがたまっているところ悪いんだが、ドラグレオを借りないといけない・・・仕事だ・・・」

「へえ~何の?」

「・・・計画は次の段階に進む・・・大草原を実験場にするため大掃除するらしい・・・差し当たって原住民の方はあのイケメンが手を打つらしいが、厄介なのは炎獣の方だ・・・あれをドラグレオに始末してもらう」

「あの寝てばっかりのバカにできるの?」

「・・・大丈夫だ・・・ドラグレオは強い奴に反応する・・・炎獣が噂通りの奴なら、ドラグレオも起きるさ・・・」

「え、じゃあボクは・・・」

「・・・まだまだってことだね・・・」

「そんな~」


 がっくりとうなだれるドゥーム。


「でもボクはそうしたら暇になるんだけど? 当座仕事も大してないし、皆は忙しいみたいだし、どうやって修行したらいいわけ?」

「・・・そういうと思って、おネェを呼んでおいた・・・」

「げっ!」


 カツン、カツンという高い足音と共に、長い黒髪の女剣士が入ってくる。


「しばらくぶりです、皆さん」

「うげっ・・・おネェだ・・・」

「その反応はなんですか、せっかくあなたのために出向いているというのに・・・心外極まりない」

「あ、あうあう・・・」

「・・・それではドゥームをよろしく頼むよ・・・」

「ええ、任されました」

「えーっと、ボクちょっとトイレ・・・」


 こそこそと逃げ出そうとするドゥームの襟首をむんずとつかむおネェ。


「だめです、思い立ったが吉日。すぐに修行を開始しましょう。時は待ってはくれません」

「ちょ、ちょっと! 鬼! ひとでなし!!」

「私を愚弄するのですか? せめて一刀両断くらいに手加減しようかと思っていましたが、これは八つ裂きにしないといけないようですね?」

「どっちにしろ、怖ぇ!」

「うふふ、大丈夫です。消滅しない程度には手加減しますので」

「ダレカタスケテー!」


 後には、ドゥームの悲鳴だけが木霊していた。


 そんな2人を残し、とりあえず寝ているドラグレオも置いておき、工房に戻るライフレスとアノーマリー。その一角にアノーマリーはライフレスをいざなう。


「これが例のブツだ」

「・・・へぇ・・・」


 そこにある『物』を満足そうに見つめる2人。


「・・・これは・・・素晴らしい・・・」

「だろ? 僕の最近のデザインの中でも傑作の1つだね。でも本当にこれと君だけでシーカーの里を落とすのか? 今度は数千人のシーカーがいるんだろ?」

「・・・僕の手勢も何体かは連れて行くさ・・・それに僕の実力なら充分だね・・・」

「まったく働き者だね」

「・・・それは違う・・・こう見えても僕は僕達の中でも一番の戦闘狂でね・・・しばらくぶりに全力で暴れてみたいのさ・・・」


 ライフレスが低い笑い声を出すのを見て、思わずアノーマリーも背中に嫌な物が走るのを感じた。


「(皆はドゥームが一番危ない奴と感じているけど、ライフレスの方がよっぽど危ないんじゃないのか? やりすぎなきゃいいけど)」

「・・・危ない奴だと思っているんだろう?・・・心配しなくても暴走はしないさ・・・シーカーを全滅させるような真似はしない・・・」


 内心を当てられ、動揺を隠せないアノーマリー。思わず声が真面目になってしまう。


「君は・・・危険な奴だな」

「・・・お互い様さ、僕達は全員ね・・・」


 ククク、と笑うライフレスの笑い声がいつまでもアノーマリーの工房に響いていた。



続く


次回投稿は12/23(木)18:00です。

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