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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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大草原の妖精と巨獣達、その8~巨獣と少女~

「怪我は無いか、石の都の者たちよ」


 少女が目の前に来て馬上から声をかけるまで茫としていたアルフィリース。少女がその気なら今ここで首を刎ねられても何の抵抗もできなかっただろう。それにしても風に殷々と響く声である。決して声を張っているわけではないはずだが。


「あ・・・は、はい! 怪我はどこにもありませんだったり!」


 不意をつかれて慌てたのもあり、年下の少女に思わず敬語を使い、しかも変な言葉を発してしまうアルフィリース。その様子を見て仲間は苦そうな顔をするが、当の少女は別段表情が変わらない。


「そうか、それは何よりだ。ところでそなたたちを我が家に招待したいと思うのだが、受けてはくれないかな?」

「・・・」

「どうするの、アルフィ?」


 ミランダの一言で我に帰るアルフィリース。まだ不思議な感覚から現実に戻ってこれていないようだ。


「え、と・・・それは嬉しいけどなぜ?」

「見た所、水も食料もないようだ。それでは困るのではないかと思ってな。我はこの大草原に迷い込んだ者を守る役目を帯びている。希望があるならその場所に送り届けるのはやぶさかではない。帰るもよし、進むもよし。ただ迷惑でなければ、同じ草原に住まう者がかけた失礼の詫びをさせて欲しいのだ」

「詫びだなんてそんな・・・私達こそ助けてくれてありがとう。お礼を先に言えなくてごめんなさい。思わず貴女に見惚みとれてしまって」

「我にか・・・?」


 今度は少女は意外そうな顔をした。その顔がアルフィリースの言葉に呆気にとられる顔に変わる。その様子を見て少女は年相応の感情があることにアルフィリースは気づき、安心した。


「我に見惚れるとは・・・そなたはさては外の世界で流行っておるとか言う『百合』とかいうやつか?」

「『百合』? って、何?」


 アルフィリースは思わずリサの方を見る。その瞬間リサの目がきらりと光る。


「アルフィ、『百合』とは美的感覚に優れた人間を差す時に使う褒め言葉です。特に女性が女性の美しさを認めるときに使うことが多く、褒められていると考えてよいでしょう。相手から『そなたは百合だな』と言われたら、認めないと相手の褒め言葉をけなしたことになり、悪感情を招いてしまいますよ?」

「そうなの? ・・・な~んか納得できないけど、まあいいか」


 そして少女に向き直ると改めて言い直す。


「え~と・・・私、多分百合なのかな?」

「ふむ、そうか・・・まあ嗜好は個人によって様々だからな。そのことについてとやかくは言わないが、我は遠慮させてもらうぞ」

「・・・何のこと?」

「プ、ククク・・・」


 後ろでリサとユーティが笑いを必死でこらえていた。このあと少女の誤解が解けるのに多大な時間を要するのだが、そんなこととは露知らないアルフィリースだった。

 その時少女が空を見て顔色を変える。そしてやや急いだような口調でアルフィリース達に話しかける。


「ところでもうここに用が無ければ、彼らの馬を使って我の住処すみかまでそなた達を案内したい。急いだ方がよいと思う」

「増援でも来るの?」

「もっとタチが悪い。直に竜巻が来るだろう、急いでくれ」

「わかったわ、貴女について行く」

「そのまましばらく我の住処にいることになると思う。嵐の季節がそのまま来そうだからな」

「え、もう?」


 驚いたのはユーティである。そんなユーティの様子を見て、冷静に少女が返す。


「ああ、我も意外だがな。例年より月の巡り半分は早い・・・我も初めてだよ」

「それなら是非もなくお世話になるわ!」

「そうしてくれ。準備を早く頼む」

「ええ。ところで私はアルフィリースっていうんだけど、貴女は?」

「我の名前はエアリアルだ」


 少女はやはりよく澄み渡る声で言い放った。その名前と声の響きが不思議な旋律を奏で、アルフィリースの心にみ込んでいくようだった。


***


 エアリアルに案内されること数刻。既に日はほぼ傾いている。だが騎馬民族の馬を拝借したせいで、かなりの距離を移動できた。そのときエアリアルが振り返って全員に声をかけた。


「後ろを見るといい」


 全員が何事かと後ろを見るが、そこにあったのは天高くそびえ立つ黒い柱だった。


「何だアレは!?」

「なんと不吉な光景だ・・・」

「何もかも吸い込んでしまいそう・・・」

「確かあれは・・・竜巻って言うんだっけ?」

「そうだ」


 アルフィリースの問いに答えるエアリアル。竜巻は先ほどアルフィリース達が襲われていたであろう場所に発生している。その太さ・大きさは異常なほどであり、小さい町なら一飲みにするだろう。あの竜巻に飲み込まれていたらと思うとぞっとしないアルフィリース達だった。


「嵐の時期になるとああいった竜巻が大草原北部全体に乱発する。ひどい時は視界に10数本の竜巻を収めることもある。あの竜巻に巻き込まれて生き残れる生物は、この大草原にいない」

「なるほど・・・じゃあ私達は間一髪だったのね」

「そういうことだ。そなたたちは非常に運がいい」


 ニッ、と破顔するエアリアル。こうやって笑っていると美人なのだがとアルフィリースは思うが、同時に美辞麗句を並べたてられても喜ぶような性格はしていないだろうととも思う。ニアも戦士のオーラは纏うが、そこはやはり文明国の出身であり、軍属でもあるため他人との関係も円滑に行わなくてはならないから、多少なりとも接しやすくはある性格だ。

 だがこのエアリアルはニアと同じような戦士の雰囲気も漂わせながらも、同時に排他的――良く言えば孤高な戦士だ。見るからに野生の匂いを漂わせ、それが逆に化粧っ気のない彼女をより美しく見せているのだろう。他人がおいそれと話しかけられるような空気は纏っておらず、まるで見えない刃を装備しているかのようだ。その雰囲気は他の仲間にも感じられるのか、人見知りをほとんどしないアルフィリースの仲間たちでさえ、どことなく話しかけにくそうだ。

 そんな印象を与えるエアリアルだが、アルフィリースは一向に気にした様子もない。むしろお構いなくどんどん話しかけている。エアリアルもアルフィリースの態度が嫌というわけでもなさそうで、基本的に無表情であるものの、時々表情をほころばせている。傍目からすれば仲の良い友人に見えた。その会話に時々ユーティが混ざっていく。ユーティも直接エアリアルを見るのは初めてらしく、興味津々だった。


「ところで今はどこに向かっているの? なんだか岩ばっかりになってきたんだけど」


 ユーティの指摘通り周囲を見ると足元にはほとんど草が見られなくなっており、ごつごつした岩が多くなっている。背の高い岩も増えてきており、草原であるはずなのに視界が狭くなっている。


「もうすぐ我が家だ。ここからもう少しで洞窟が見えるだろう」

「この辺には炎獣っていう凄い魔獣が出るって聞いたんだけど・・・大丈夫なの?」

「炎獣?? ああ、大丈夫だよ。炎獣は我々を襲わない」

「そうなの? ふ~ん」


 なんとなく合点がいかないユーティだが、アルフィリースは大して気にした様子もない。もっとも気にしたところでエアリアルの誘導に任せるしかないというのが現実なのだが。


「着いたぞ」


 エアリアルが指さしたのは岩場の頂上付近にある大きな洞窟だった。入り口の高さだけでアルフィリース3人分くらいはある。奥にも広そうであり、生活するには十分だろう。珍しそうに周囲を眺めるアルフィリース達に構わず、すたすたと中に入るエアリアル。


「そういえばエアリアルに家族はいるの?」

「ああ、父上との2人暮らしだ」

「お父さんがいるんだ。じゃあご挨拶しないとね」

「アルフィ、お父様にごあいさつとは時期尚早とリサは考えます」

「・・・お前の所には嫁にはいかんぞ」

「??」


 百合の意味がわかっていないアルフィリースには、全くリサとエアリアルの言っている意味がわからなかった。


「それでお父さんはどこに?」

「中にいるはずだが・・・父上! エアリアルです、ただいま戻りました!」


 洞窟の入り口付近から声をかけるエアリアル。ほどなくして奥から返事があった。まるで地の底から響くような深い声である。


「・・・帰ったか、エアリアル・・・そちらは客人か?」

「ええ、サディカの民に襲われているところを助けました。どうやら大草原は嵐の時期に入るらしく、嵐の時期が終わるまではこちらに住まわせたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「ここで断ったらワシが悪者だろうな・・・いいだろう」

「ありがとうございます」

「ではワシも挨拶せねばなるまいな。やれやれ・・・人前に姿をさらすなど、いつ振りだろうな」


 声が途切れると同時に、ズシン・・・ズシン・・・と大きな音が響き、巨大な何かがこちらに歩いてきていることがわかった。その瞬間リサがアルフィリースにしがみつき、ニアは全身の毛が逆立って警戒態勢を取る。ミランダもただ事ではないとわかったのか表情が引き締まり、フェンナとカザスを反射的に後ろに寄せる。だがアルフィリースだけは不思議と飄々としていた。


「(これは・・・以前ミリアザールを目の前にしたときと同じような感覚です。相当ヤバいのでは?)」

「(全身の毛が逆立つ・・・何か凄いのが、凄いのが来る!)」

「(魔王・・・いや、もっと強いか?)」

「(なんで皆警戒してるんだろう。別に怖くないのに)」

「(この気配はもしかして・・・)」


 思いは様々である。ほどなくして足音の主が姿を現す。


 岩陰からぬっと姿を現したのは実に巨大な獣だった。炎にも見える全身にたなびく赤いたてがみ。見た目は獅子だが、手足は8本あり尾は三又に分かれている。その見た目よりも、放つ生命力・滾るオーラが尋常ではない。威圧感だけで全員が押しつぶされろうになる。傲岸不遜なユーティでさえ涙目であり、いまにももらさんばかりの勢いでカタカタと震えている。涼しい顔をしているのはアルフィリースとエアリアルだけである。

 そのユーティがカタカタと震えながらもなんとか口を開く。


「え、え、ええええ、炎獣・・・フ、ファラン・・・クス」

「ふむ、人はワシのことを炎獣と呼ぶな・・・名前はファランクスで合っているのだが」


 低い声で答えるファランクス。そしてエアリアルが片膝をつき、ファランクスに挨拶する。


「ただいま戻りました、父上」

「うむ」

「え、エアリアルのお父さんって、この人?」


 人かどうかはさておき、アルフィリースは目の前の巨獣を見上げた。そこには目を細めてエアリアルをみつめるファランクスがいた。



続く


次回投稿は12/22(水)16:00です。

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