大草原の妖精と巨獣達、その7~大草原の守人~
アルフィリースの目の前に現れた緑の髪の少女。といっても身長はミランダくらいはあるはずだし、歳もリサよりは上だろうか。しかし確実なのは人間の少女ということであろう。
長く緑の直毛をそのまま背中に垂らし、太陽を背中に受けて透き通るような輝きを見せる。目は少しきつく、鋭い雰囲気の美しさだと考えていいだろう。その雰囲気からは女性的な空気よりも、戦士としての気配が漂っている。そしてその艶やかな唇から発せられる言葉に、一同が威圧された。
「外部からの人間に対し、こちらからは手は出さないのが掟。言葉のわからぬ魔獣ならともかく、そなたたちが掟を破るとはな」
少女は大声を張り上げているわけではない。だがその声は誰よりもよく響き、澄み渡った。だが騎馬民族達も黙ってはいない。
「仲間を殺すとは! まだ我々が掟を破ったと決まったわけではない!」
「ではその女子達をどうしようというのだ」
「我々の里に連れ帰り、歓待する!」
「歓待する者を縛りあげるのか? 随分と荒い歓待の仕方だな」
「我々の流儀にまで口を出されるいわれは無い!」
「外の人間のような言い訳をする・・・では我にその歓待の内容を説明して見せよ!」
少女が一段と声を張り上げる。だが騎馬民族達は答えない。
「どうした! 我に説明できないのか?」
「・・・最近我々の里では女があまり生まれない。女の人数が足りないのだ」
「それで外から来た人間をかどわかすと? なぜ事情を話して同意を求めないのか」
「そんな悠長なことをしている時間はないのだ!」
「愚か者め、だから貴様らは蛮族などと言われるのだ! その行為自体が自分達の首をさらに絞めると、なぜ気付かぬ!」
「うるさい! この大草原の掟は、強い者に弱い者が従うことが大原則のはずだ。この女達は我々の襲撃を防げなかった。よってこの女達は我々の物だ!」
「その原則を否定はせぬが、外の人間に言わせればとんだ暴論だな。それにその原則を出すならば、貴様たちは我の命令に従わねばならぬだろうな」
ぎらりと男達を睨みつける少女。その迫力に思わず屈強の男たちが後ずさる。アルフィリース達も彼女の殺気に思わずびくりとする。だが騎馬民族の隊長らしき人間がまけじと一歩前に出る。
「黙れ、炎獣の威をかる女狐め! 貴様が現れる前までは我々は自由にやっていたのだ。それに我々が貴様より弱いと決まったわけではない。やってしまえ、この女さえ殺せば我々は自由なのだ!」
「・・・それは明確な反抗と受け取って問題ないな?」
騎馬民族達が武器をそれぞれ構えるのを見て、少女も緊張感を上げる。そして隊長らしき人間が馬の腹を蹴ったのを合図に、騎馬民族達が一斉に少女に襲い掛かり始めた。
「やむをえん」
少女が自分にしか聞こえないように小声で呟くのと、背中の投擲用の手裏剣(いわゆる曲刀なので刃渡りは50cm程度はある)を投げるのはほぼ同時だった。その動作が余りに素早く、また手裏剣の勢いも凄まじかった。馬ごと3人程度が両断され、刃がカザスの横の地面に刺さって止まる。
「ひ、ひえっ!」
カザスが悲鳴を上げても彼を非難することはできないだろう。少女が動いたと思った瞬間には自分の傍に手裏剣が刺さっていたのだ。
だがそのような状況でもひるむことなく斬りかかる勇猛な騎馬民族達。それを見て少女は自分の馬の横腹を軽く蹴り、騎馬民族から離れるように横に走り出す。ほどなくして騎馬民族達が少女を追いかける格好になった。
一方既に放置されているアルフィリース達。ユーティによって自由になったアルフィリースが次々と全員を解放していく。もはや蛮族たちはアルフィリースに構っている余裕はないようであった。
「あの子に加勢しないと!」
「ああ、いくらなんでも多勢に無勢だ」
「必要ないわ」
「え?」
加勢に行こうとするアルフィリース達を、ユーティがあっさり否定する。
「で、でも・・・」
「必要ないって言ってるのよ。彼女が噂通りの腕前なら、30人程度、あっという間に蹴散らすでしょう」
「ええ?」
「まあ見てなさい。いい物が見れるかもしれないわ」
そう言い放つユーティの顔はなぜか少しワクワクしているようだった。そして目線を少女に戻すと、少女と騎馬民族との差はみるみる開いている。騎馬民族は必死で馬に鞭を入れたり腹を蹴っているが、少女はまだ馬の腹すら蹴っておらず、涼しい顔をして馬に自由に走らせている。どうやら馬の性能が大幅に違うらしい。そして後方が追いついてこないのを確認すると、くるりと馬に後ろ向きに乗り換えた。そのまま馬に備え付けてある弓を手にする。
「馬に後ろ向きに乗ってる?」
「手綱を離して馬を操るとは、なんて器用なことを」
「しかも矢を3本同時に構えてますよ?」
フェンナが驚くのも無理はない。少女は3本の矢を同時に番えて放つ。隊長を含め集団の先頭はこれを避けるが、後続はかわしきれなかった。そしてその矢を反射的に剣で叩き落とそうとした騎馬民族が剣ごと、いや剣ごと人馬も吹き飛ばし、貫通した矢はさらに後続も吹き飛ばす。結果、3本の矢で5人程度を仕留めてしまった。さながら投石器なみの並の破壊力の矢である。
「なんだあれは!?」
「まさかアルフィと同じく、風の魔術で補強を?」
「ええ、けど私とは威力がケタ違い。すごいわ」
アルフィリース達の驚愕はそれだけに終わらない。固まるのは不利と見た騎馬民族達は3方に展開し、2方から追い立て、1隊が進路をふさぐ戦法に出た。
その様子を見た少女は弓矢から手裏剣に再び武器を戻すが、背中に刺した手裏剣は後5本しかない。効率的に使うはずと誰もが考えたが、少女は口元にかすかにほころばせ、
「フ・・・」
と笑った。まるで彼らの考えは全てわかっているとでもいいたげに。少なくともそのように追っている騎馬民族からは見えたのだ。
そしてまずは追手の1隊に的を絞り、残った手裏剣の4本を少女は惜しげもなく投げる。2本は騎馬民族の方へ飛んだが、もう2本はあらぬ方向に飛んで行った。1人がかわしきれず重傷を負うものの、今度は大半がうまくかわす。だがかわしたところにヒュン、と空気を切り裂く音と共に、あらぬ方向から手裏剣がまた飛んできた。
追い立てていたうちの一隊はその手裏剣で全滅した。死んだ騎馬民族は自分が死んだことすら理解してはいないだろう。用は少女は最初の2本を囮にし、敵を一列に追い込んだ。そしてブーメランの要領で手裏剣を使い、背後から一列に並んだ敵の首をまとめて落としたのだ。もちろん風の魔術で強化してはある。
さらに手元に戻ってきた手裏剣を3本回収し、残り4本。まずいと思ったのか、追いたてる残りの一隊は急速に距離を詰めようとするが、馬の性能が違いすぎる。そして容赦なく放たれる残り4本の手裏剣。今度は全てがあらぬ方向に飛んでいる。騎馬民族全員がその手裏剣の行方を思わず目で追ってしまうが、それこそが少女の罠であり、一瞬彼らが気を取られた瞬間を狙い、手裏剣を刺してあった盾代わりにも使える丸い円盤を投げつける。その周囲は刃物のように磨いてあり、これ自身も投擲武器として活用できるように工夫されているのだ。その円盤が、手裏剣で自然とほぼ1列に誘導されてしまった騎馬民族の追手に襲い掛かる。
その一撃を剣で防ごうとした者は容赦なく剣ごと首を切断された。かろうじてかわした者も既に重傷であり、しかもそこに四方から手裏剣が襲いかかる。あっと言う間に追手の2隊16名は命を落とした。
その様子を見て言葉もないアルフィリース達。
「うっそお」
「す、凄過ぎ・・・」
「あんな戦い方が・・・」
「(そりゃこの大草原の管理人ですもんね。大概の魔獣よりは強いって他のフェアリーが言ってたけど、どうせ話が大きくなっただけだと思ってた。でもこれは本当に強いわ。この強さがただの人間なのかしら?)」
ユーティの思考もよそに、残るは先回りした1隊10人のみである。だが今度は投擲武器は少女の手元に無い。少女は背中に差してある槍を取りだし構え、体を反転させるとそのまま正面から隊に突っ込む少女。騎馬民族の隊長も迎え撃つべく馬を駆るが、激突の手前で少女が馬の方向をずらして接触を避けた。やむなく隊は馬の向きを変更すべく減速するが、そこに一閃の光が走る。と、同時に隊の一人が首から血飛沫を上げて馬から落ちた。
一瞬何が起こったかわからない騎馬民族達だが、傍から見ていた者には一目瞭然だった。何のことはない、少女が背後から追いついて切り捨てただけだ。ただ少女が方向転換をするときにほとんど減速をしなくてよいのは、騎馬民族にとってすらかなりの常識離れだった。乗り手の技術もそうだが、馬の性能が違いすぎることの意味を、騎馬民族達は理解していなかった。
さらに同様にしてもう1人を倒す。それを見て動いては不利と悟った騎馬民族は、互いを背にして円を組み、少女を迎え撃とうとするが今度は少女がそれを見て手に印を結んでいる。隊長がその動作に気付いた時には既に手遅れだった。
【大気に住まう精霊よ、来たりて集いて弾となれ、弾を寄せて玉となれ、大気、その玉の通り道とならん。彼らの頭上に精霊の御力示し給え】
《風塊砲》
可視化できるほど圧縮された風の塊が円形になった騎馬民族に襲い掛かる。騎馬民族達も魔術は使えるらしく、全員が防御魔術でそれを防ぐが、何人かは致命傷を負い、また生き残った連中も圧縮された風の塊にバランスを崩し、視界を奪われる。
「ぐあああ!」
「うおお!」
騎馬民族達の叫び声が上がる中、少女の馬の蹄の音が近づいてくる。隊長はさしたるもので、舞い上がる土煙りの中少女の馬の影を視界にとらえ斬ろうとしたが、馬の上に少女の姿は無かった。そのことに隊長が気がつくと同時に、彼は自分の背中に走る熱い痛みと、部下の断末魔の悲鳴を聞いた。
そして馬から落ちるとすぐに起き上がって何があったのか確かめようとする隊長。だが仰向けになった瞬間、彼の喉には少女の槍が刺さっていた。もはや体を動かすこともできず、部下の行方を確認することはおろか自分の反撃もままならない。それでも左手を動かし、倒れるときに手に持った短刀を投げようとするが、少女の馬に容赦なく左手を踏みぬかれた。そして慈悲なく横に引き抜かれる少女の槍。血飛沫が舞い、少女にもいくらかの血が顔まで届くが、少女は瞬きすらしなかった。
そのまま隊長の瞳がぐるりと反転して白目を剥き、もはや反撃するようなことが無いことを少女が悟ると、自分の馬に乗り悠然とアルフィリース達の方に歩いてくる。その光景をまるで芝居の役者を見るような心境で見つめるアルフィリース達。
「(なんて・・・きれいなんだろう)」
それがアルフィリースの偽らざる感想であった。おそらくは自慢であろう緑の髪も返り血で赤く染まっている部分がある。人間の血だから乾けばそれなりに固まってしまい髪が風になびきにくくなるのだが、まるで気にかける様子もなく、顔についた血すらぬぐおうとせずに悠然とこちらに馬を歩かせる少女を、アルフィリースは美しいと思ってしまったのだ。恐ろしい光景を見過ぎると感性が麻痺し、美しいとすら感じることもあるというが、それにも近い感覚だったのかもしれない。
続く
次回投稿は12/21(火)14:00です。