大草原の妖精と巨獣達、その6~大草原北部の魔獣達~
フェンナが指さす方向には・・・ニワトリらしき生物の大群。だが明らかにアルフィリース達が認識している鶏より大きい。どのくらい大きいかと言うと、それはもう馬の2倍くらい。後ろにひよこらしきものがいるが、既にそれが人間くらいの大きさがある。しかも気が立っているのか、顔には青筋が浮かんで見えた。
「何アレ・・・」
「クックドゥーという巨大な鶏の魔獣よ。ちなみに性格は超好戦的」
「何の素よ!」
「それは言わないお約束」
「あの青筋を見れば好戦的なのはわかるけど・・・とりあえず、逃げる方向でいいかな?」
ミランダの提案に全員がうなずく。それはそうだろう、クックドゥーの数は目に見えて増えている。既に100体はいるだろうが、まだまだ集結中だった。
「ところであのひよこ・・・まったくかわいくないのですが」
「リサ、わかるの?」
「今は比較的調子がいいので。それより、あのニワトリ達が動きだしますよ?」
「逃げましょう、皆さん!」
「フェンナ、そういうことは早く言いなさいよ!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
アルフィリース達とニワトリが動き出すのがどちらが早かったか。全力で逃げだすアルフィリース達を奇声を上げながら追うニワトリの大群。その距離が徐々に縮まって来る。
「「コケ―!!」」
「あのニワトリ、足が速過ぎない!?」
「目が血走ってる! 怖い!」
「ひよこの目が別々の方向を向いているのが、もっと怖い!」
「お姉さま、何か便利な道具を早くその袋から!」
「こういうときに袋の中身を整頓をしておけばよかったと思うのは、きっと私だけじゃないはず!」
「冗談言ってる場合か!」
「どっちにしてもあんな大群を止めるようなものはない!」
「ここは私が止めます!」
フェンナが手で魔術の印を結ぶ。
【大地に住まう荒ぶる精霊よ。汝らの怒りを持ちて大地を歪ませ、我らが敵をその裂け目に飲みこまん】
《大地の鳴動》
フェンナが背後を振り返り魔術を発動すると、ちょうどニワトリ達の先頭の大地が揺れ始め、地割れを起こし始めた。その中に呑まれるニワトリたちと、その中に止まることなく後ろから突っ込んで来るニワトリ達。仲間を踏み潰す形になり、怒り狂ったニワトリ達は仲間同士での同士討ちが始まっている。
「コケ―!」
「コッコッコ!」
「コケッコー!!」
「こけた!」
「何便乗して上手いこと言おうとしていますか、ミランダ」
「今のうちに逃げよう!」
アルフィリースの号令一科、その場を離れるアルフィリース達。だがそこからが本番だった。
その後数日の間、転がって追いかけてくるアルマジロのような巨大生物に追いかけられ、なぜか地面を跳ねながら追いかけてくる植物につかまりそうになり、20mを越える鳥に餌にされかけ、あげく見た目だけはかわいらしい小さい2足歩行の恐竜に一晩中追い回された。つまり今日は一睡もできていない状態である。8回以上逃走が続いているので、そろそろ会心の一撃を連発できるかもしれないと、くだらないことを考える余裕も徐々になくなってくる。
そして――
「危ない、フェンナ!」
「きゃあっ!」
地面に突然できる大きな穴。砂漠だったら流砂と呼ぶはずだ。その中に落ちかけたフェンナの手をいちはやくムチで引き揚げるアルフィリース。
「ソウゲンジゴクね・・・リサが警告してくれなかったら、ワタシでもわからなかったわ」
「ユーティも万能ではないのですね」
「ワタシは水の妖精だからね。地面の中のことはわかりにくいわ」
「それより・・・」
リサが叫ぶが早いか地面に穴ができたわけだが、各自馬から飛びのくのが精一杯で、馬のことや食料・水にまで気を使うのは無理だった。馬がもがきながら草原の穴にひきずりこまれていき、最後は苦しそうにいなないてそして消えた。
「馬が・・・」
「移動手段もそうだけど、食料や水のほとんどがやられたわね」
「どうするんだ、アルフィ」
「そうね・・・とりあえず水はなんといっても必要だから、手持ちがなくならないうちに水場まで行きましょう。他の移動手段に当ては誰もないでしょうし、ユーティ、案内をお願い」
ニアの質問に即答するアルフィリース。こういうときにアルフィリースの決断は早い。だが不眠不休状態でのこの行程はきつかった。ほどなくして疲労の色が隠せなくなる一行。もっとも早く体力的にきつくなったのはフェンナだった。
「アルフィ、休憩しませんか」
「そうね・・・ユーティ、水場までの距離はわかる?」
「私が知ってる場所だと、不眠不休で歩いて1日くらいね」
「遠いですね」
「そこにいくころには手持ちの食料も尽きるぞ」
「うーん。引き揚げることも考慮に入れないと」
「とりあえずワタシがちょっと斥候してくるから、貴方達は休憩してなさい」
「お願いするわ」
ユーティが斥候に行く間、腰をおろして休憩するアルフィリース達。誰も口にこそ出さないが、全員が不安を感じていた。水・食料もそうだが、移動手段が自分の足しかない状況では大草原の魔物に出会った段階で逃げるのは不可能である。この状況でギガノトサウルスみたいな魔物に遭遇すれば死亡確定となる。
「さてと、どうしたものかしら」
「リサは引き揚げることを提案します。この状況では前になど進めないでしょう。まだ南部を出てからそう経っていません」
「でも既に南部を出てから6日経っている。馬での6日は、歩くと下手をしたらひと月かかるぞ?」
「それでもこのまま食料の無い状況で大草原を横断するよりは余程マシだと思いますが、ニア?」
「臆病な考え方だな、大して変わらないさ。それなら進んだ方がいい」
「猪突猛進とはご立派な考えですね、さすが獣人」
「何だと!?」
「おあいこでしょう?」
「2人ともやめなさい!」
アルフィリースの一喝で黙るリサとニア。
「2人とも疲れて気が立っているのよ。まずは水場までは行くこと。その間に食べ物も確保できるかもしれないし、引き揚げるか進むかの結論は水を確保してからよ。それまで各自自分の考えをまとめておきましょう。いいわね?」
「わかった・・・」
「・・・いいでしょう」
全員かなりストレスがたまっていた。それはアルフィリースも同様だったが、リーダーとして自分が先に根を上げるわけにはいかないという自覚はあったし、忍耐強いという性格もあったろう。だが彼女としてもこれからの旅に不安を覚えているのは同様であった。個人的にはアルフィリースも撤退を考えていたのだが、ここ数日でさらに雲の多くなっている大草原を思うと、引き返しても間に合わない可能性は大いにあった。何より既に周囲には大きな岩がちらほらと見られ始めており、中央の岩場が近いのではないかとアルフィリースは考えている。
全員がのんびりと休憩し、フェンナやリサなどは軽く寝息を立て始めたころユーティが慌てた様子で帰って来る。
「全員逃げて! すぐに!!」
「!」
寝ていた2人もすぐに飛び起きるが、既に時は遅かった。別にユーティの連絡が遅れたわけでも、アルフィリース達が油断していたわけでもなかった。単純に彼らが速かった。
「あれは・・・?」
「騎馬民族?」
ミランダの言うとおり、アルフィリース達を囲むように現れたのは魔物や魔獣ではなく人間達だった。顔をローブのようなもので覆い、背中には弓矢を、腰には剣を装備している。アルフィリース達が扱うような馬よりも1回り以上大きな馬にまたがり、殺気だった目でこちらを見ている。人数は30人くらいだろうか。彼らを見てユーティが全員に囁く。
「この大草原に住んでいる原住民の1つよ。この大草原の森の中に拠点はあるらしいけど、詳しいことはわからないわ。彼らは遠征して魔物を狩る部隊。全員が戦闘の達人よ」
「でも30人程度ならなんとか・・・」
「バカ言わないで! 10人いたらギガノトサウルスも標的にするような連中よ? それが30人もいるんじゃ相手にもならないわよ!」
「じゃあどうしたらいいの・・・?」
「知らないわよ。ただあいつらは動く生き物なら全部食べられると思ってる連中だからね。捕まったらロクなことにならないのは確かよ」
「リサはあんな奴らにつかまるのはまっぴらごめんです」
「・・・私がやるわ」
アルフィリースが前に出る。
「アルフィ!」
「止めないでミランダ、これは四の五の言ってられる場面ではないわ!」
「来るよ!」
馬にまたがった彼らが突撃してくるのと同時に、自分の呪印の解除に入るアルフィリース。だが大きな誤算が彼女たちにはあった。
「は、速い!?」
彼らとの距離は100m程度。馬であればその距離を詰めるのに10秒はかかると踏んでいたアルフィリースだったが、実際には3秒と立たず半ばまでその距離を縮められた。その上何かが飛んでくるのが彼女の目に入る。
「!?」
それは両側に石のついた縄であった。単純に投石武器としても使えるのだが、勢いのついたそれはアルフィリースを後ろに押し倒すのに充分であった。
「あっ!」
思ったより重量のある投石武器にアルフィリースがバランスを崩し、即座に起き上がろうとするも既に敵は目の前であった。馬から飛び降り、アルフィリースの喉元に剣を突き付ける騎馬民族達。他の仲間も抵抗らしい抵抗も出来ないまま同様に捕獲される。
「な、何を・・・うーっ、うーっ!」
アルフィリースが魔術を使うことを察したのか全員を後ろ手にするだけでなく、さるぐつわを噛まされた。これではアルフィリースにはなすすべがない。
獲物を上手く捕まえたことに満足したのか、互いを見て頷き合う騎馬民族達。そのままアルフィリース達を軽々と持ち上げ、馬に乗せようとする。一言も話さない様子がひどく不気味で、アルフィリースはこれから自分がどうなるのかを思い浮かべ、蒼白になった。
「(そんな、こんなところで・・・何とかして脱出する方法を考えないと、もし彼らの集落まで連れていかれたら! でもこんな屈強な連中を30人も相手にできるかしら・・・魔術を詠唱する時間すらないんじゃ、勝ち目は非常に薄いわ)」
実際に動きは速く、訓練されたアルフィリースが反応する暇さえない様な連中である。それにそう大柄なわけでもないのに、腕力も凄まじい。結構な重量もあるはずのアルフィリースを軽々と小脇に抱えているのである。
その男はアルフィリースを馬に乗せると、自分も飛び乗ろうとする。だがその男は馬に乗ることに失敗した。アルフィリースは馬に腹を支点にして乗せられているため何が起こっているのかよくわからなかったが、地面が真っ赤に染まっていくのは見えた。そして全員がざわめきだす。どうやら彼らもアルフィリース達を同じ言葉を話せるらしい。
「守人だ!」
「守人がきたぞ!」
アルフィリースはその様子を見ることはできなかったが、ユーティが助けに来て囁いてくれた。どうやら難を逃れていたらしい。
「大丈夫かしら、アルフィ。今縄をほどいてあげるからね!」
「むー、うー」
「あ、先にさるぐつわか」
「ん・・・ぷはぁ! 何が起こってるの、ユーティ」
「守人――外の人間は『案内人』と呼ぶけど。彼女が来たのよ」
「彼女?」
自由になったアルフィーリースが顔を起こすと、少し高い丘の上に緑の髪を風になびかせた少女が馬に乗ってこちらを見下ろしていた。
続く
次回投稿は12/20(月)12:00です。