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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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大草原の妖精と巨獣達、その4~伝令~

「いきなり結界の中に招待するとは失礼ね。姿を見せなさい」

「アルネリア教巡礼任務についておられるシスター・アノルン、巡礼番号は0001でお間違いないでしょうか?」

「姿も見せない相手に『はいそうです」と答えると思うのかしら?」

「これは失礼しました・・・姿を現した瞬間、その袖に隠したメイスで殴られそうだったもので。今姿を現します」


 その言葉と共にすぅ、と姿を現すフードを目深にかぶるローブ姿の2人。そのうち1人がローブを取りはらう。


「何者だ! ・・・と言いたいけど、その姿を見る限りでは同業者のようね」

「はい、私も巡礼任務についているシスター・エルザでございます。以後お見知りおきを」

「以後見知りおいているかどうかは知らないけど、よく私の仕込みに気がついたわね。それだけは褒めてあげるわ」

「それはありがとうございます」


 ミランダのやや皮肉交じりのセリフにも笑顔で答えるシスター。このシスターはミランダと同じく金髪に青眼をしており背格好も似ているが、ミランダと違うところは髪が長く、派手な美人ではないが、よりおっとりして見えるというところくらいか。だがエルザの瞳に宿る輝きは、彼女がただのシスターでないことを知らせるには十分な輝きを放っていた。もっとも巡礼の任務に就く段階で、ただのシスターのはずがないのだが。

 そしてミランダがもう1人の人物に目線を移す。


「それでそっちの怪しい人物は紹介してもらえないの?」

「また手厳しい言葉を・・・イライザ、自己紹介なさい」


 イライザと呼ばれた人物がフードを取りマントを脱ぐ。中から出てきたのはこれは身目麗しい美少女だった。その恰好は騎士そのものであり、しかもアルネリア教会の神殿騎士団の正装である金の鎧に身を包んでいる。金の髪に緑色の瞳をしており、髪は短く首の周辺で切り揃えてある。髪を伸ばしてドレスを着ればどんなにか、とミランダは内心思うが、この引き締まった表情を見れば並一般の軟弱な男では、舞踏会で出会ってもきっと逃げ出してしまうだろう。


「初めましてシスター・アノルン。私はイライザ=ファイディリティ=ラザールと申します」

「ラザールって・・・アルベルトは三人兄弟だと聞いたけど?」

「私はアルベルトの従妹いとこにあたります。正確にはアルベルトの父モルダードの弟が、私の父ブランツになります」

「ふぅん。で、貴女はいくつになるの?」

「今年で16になり、無事成人と相成りました」

「弱冠16歳にして、単独で巡礼の護衛任務か。とんでもない腕ききだわね」


 ミランダは純粋に褒めたのだが、イライザは黙って一礼を返すのみである。その様子を見て、アルベルトと同じタイプで無駄・余計なこと一切話さないタイプだと見てとったミランダは、話す相手はエルザに絞ることを即決した。


「で、アタシに何の用? まさか通りすがりの巡礼ってわけでもないでしょう」

「はい。ミリアザール最高教主からの伝言を預かっております」

「マスターの?」


 最高教主からの伝言を直接預かるということは、エルザが巡礼の任務に就く者の中でもかなりの実力者だということがわかる。またミリアザールの信頼も厚いのだろう。もっともラザール家の人間が傍にいる段階で、それは想像に安いわけだが。


「それでマスタービショップはなんと?」

「『アルネリアの近くに寄ることがあれば必ず顔を出すように』とのことです。できれば即座にこちらに向かってほしいと付け加えていました」

「今の依頼を終えたら特に用事は無いからそれは構わないけど・・・教会本部で何があった?」

「なぜそう思われます?」

「わざわざそんなことを伝えるために、忙しい巡礼のシスターを大草原までよこすわけはないでしょう。まあここならたいていの者は盗み聞きできないから、密談にはもってこいだけども。逆にいえば大草原で密談をしなければいけないほど、マスターの周囲は信頼のできる者が少なく緊迫しているともいえるわね。それで要は信頼できる手駒が欲しいから、至急アルネリアまでできるだけ内密に顔を出しなさい、とそういうわけね?」


 エルザは内心非常に驚いた。以前ミランダが教会本部にて「酒と男のあしらいかたについて」演説を行ったときに彼女はその場にいて聞いていたのだが、このときのミランダの印象は豪快かつ洒落な人間だった。もちろん優秀なことは窺えたが、もっと大雑把な人間だと思っていた。何年も教会に帰ってないと聞いていたが、まさかそこまで内情を察する鋭さも兼ね備えているとは。

 だがそのようなエルザの動揺は一瞬だったはずなのだが、ミランダはそれすらも見逃さなかった。


「そんなに驚かなくてもいいわよ、だいたいあなたの予想通り、アタシは本来細かしいのが性に合わない鈍い人間さ。だけど数々の経験からそれだけでは生きていけないことも知っている。いつもはほったらかしのアタシに声がかかるなんざ、切羽詰まってる証拠ってだけよ。むしろ貴女も召集を受けた口なんじゃないの?」

「・・・これは失礼しました。お察しの通りです」

「で。本部で何があったの?」

「何、とは」

「とぼけなくてもいいわ。本部でなにかしら抜き差しならない事態があったから焦ってるんでしょう、マスターは。もちろん話せないならそれでも構わないけど」

「いえ・・・・・・お話しましょう」


 話の間にしてはやや長い程度の時間、だが沈黙と呼ぶには短い時間でエルザが返事をする。一瞬後ろに控えるイライザが何かを言いかけるが、それをエルザが目で制し、ミランダにアルネリア教会襲撃の様子を話し始めた。黙って話を聞いているミランダだったが、エルザが話し終えてからもしばらく何かを考え込んでいた。だがミランダがおもむろに口を開いた時、さらにエルザは驚くこととなる。


「それは、遊ばれたんだね」

「! どういうことです?」

「まあ襲われた当人達からしてみたら認めたくないかもしれないけどさ。襲撃をもっと効率よくかけようとしたら夜襲ないし、最後に出てきた2人が同時に来るだろう? もしそいつらに来られてたら、今頃教会はこの世になかったかもね」

「御冗談を・・・」

「冗談でも何でもないさ。エルザがマスターの性格を知ってるかどうかわからないけど、あの人は自分にケンカをふっかけた人間に容赦するほど甘い性格じゃない。そのマスターがみすみす見逃したということは、その段階でやりあって勝率が5割以下だと判断したということ。そこから考えると、アタシ達の教会は、奴らにとって体のいい遊び相手・・・ないしは実験相手」

「実験。何の実験でしょうか?」

「最初に仕掛けてきた少年の実験と、魔王の実験といったところかしら? 実際本部に出た魔王は全て形が違ったのでしょう?」

「はい」

「なら高い確率で当たってるかもね。実は私達もアルベルトと別れてから2回ほど魔王らしきものと戦っているけど、形が全く違ったわ。それによくよく考えると、この魔王ってのはどうも色んな生物が合体してる気がする。そこから推察するに、おそらく奴らは最近各地で出没している魔王を作っている当人じゃないかな。そして何かを企んでいる。だけど、その目的がわからない」

「我々はどうすべきでしょうか?」


 エルザが真剣な表情で質問する。このような質問をする予定はエルザにはなかったのだが、ミランダの見識につい口をついて言葉が出てしまった。

 こういう質問に答えるのは嫌いな性分のミランダだが、この時ばかりは素直に舌が動いてしまった。


「まず魔王の生産を止めないとね。ある程度の数が揃えば嫌でも大きな動きがあるでしょう。そのために奴らの拠点を探さないと。そしてもう奇襲は無いと思うけど、この経験を生かした騎士団作りが・・・まてよ」

「?」


 ミランダは腕を組んで考え始めたが、その顔が青ざめていく。そして悪夢を振り払うかのように頭を左右にふるふると振った。


「シスター・アノルン、どうされましたか?」

「いや、まさかね。あまりにも突拍子もない考えが浮かんだんだけど、さすがにね・・・」

「後学のためにお聞きしても?」

「・・・もし奴らの目的が、私達を強くすることだったら?」

「そんなことをしても、彼らには何の得もないかと思いますが」

「だよねぇ・・・辻褄は合うような気がするけど、さすがに荒唐無稽すぎるか。まあ後は調べた方が早いだろうね、どうせマスターなら何らかの手は打ってるんだろうし。確率は低いけど、アタシ達も何か掴んだら連絡入れるよ」

「わかりました、ではそのように連絡しておきます」

「まだ何か用事ある? なかったらそろそろ解放してほしいな、戻らないと皆が心配しちゃうしね」

「いえ、用件は済みました。それではアノルン様に聖女アルネリアの加護があらんことを」

「お互い様にね」


 シスター・エルザが防音と人避けの結界を解くと、何事も無かったかのように去っていくアノルン。

 その様子を見届けた後、エルザとイライザは本来の目的地に向かうため歩き出す。2人きりになってほどなくしてイライザがエルザに話しかけた。


「気は済みましたか、エルザ様」

「ええ、やはり無理にでも会いに来てよかった。収穫はあったわ」


 微笑みをイライザに向けるエルザ。イライザの方はあくまで冷静な表情のままだ。


「しかし本部での出来事は内密に、とのことでしたが」

「ああ、かたいこと言わないの。そのくらいは聖女様も、お目こぼしをくれるわよ」

「・・・」

「ところでイライザ、貴女はシスター・アノルンをどう見たかしら?」

「どう、とは?」

「将来の私達の上司としてふさわしいかどうかよ。なんといってもミナール様の代わりの大司教候補ですからね、シスター・アノルンは」


 やはりエルザは微笑みを崩さない。イライザはやや黙考してから返事を返す。


「・・・一族の話を聞く限りでは、正直もっとがさつな方だと思っていました。鋭いのは経験でしょうが、ああいった方が上司なら働き甲斐もあるかと」

「あら、ラザール家は盲目的にアルネリア教に忠実なのかと思っていたけど?」

「それは本家の話。責任も義務も違う分家の私は、自分で自分の主人を見極めたい」

「それもまた騎士道なのかしら? それとも今の主人、ミリアザール様に不満があるということかしら?」

「そんなまさか。ただあの方はなんでも出来過ぎて、私ごときでは何の力にもなれないのではないかと思う時があります。直接の補佐である本家の人間達も十分すぎるほどに優秀ですし」

「信頼されてなければ、今回の命令は回ってこないと思うのは私だけかしら?」


 エルザがイライザに優しく微笑みかける。だがイライザは目を伏せたままであった。


「まあいいわ。早いところ『犬』と合流しましょう」

「御意」

「全く、ミリアザール様も無茶を言うわ。私達だけで敵の本拠地の下調べをしてこいだなんて」

「・・・」

「まあ仕事と言われればやるのみね。本拠地が変な所でなければいいわね、お肌が荒れちゃうから」

「御意」

「ふふ、あなたもお肌には気を使ってるものね。誰か意中の殿方でもいるのかしら?」

「お戯れを・・・」


 表情は冷静そのものを保つイライザだが、少し頬が紅潮し声もやや上ずっている。感情が容易く外に出てしまうあたり、やはり彼女もまだ少女なのだとエルザは実感する。


「ではさっさと終わらせて教会に帰還しましょう。飛ぶからつかまりなさい」

「御意」


 イライザがエルザにつかまると同時に転移の魔法陣が地面に描かれ、光が2人を包む。そして光が消えた後に2人の姿は既になかった。



続く


次回投稿は12/19(日)11:00です。

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