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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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小さな波紋、その4~子供たちの決断①~

 今日のようなやりとりをジェイクとネリィは何度となく繰り返したが、ジェイクが真実を語れるはずもなかった。ドーラのことは秘匿とミリアザールにも念を押されていたし、何よりジェイク自身が話すはずもなかった。誰にドーラは伝説上の騎士ドルトムントだと説明して信じるだろうか。対峙したジェイクですらまだ現実感は薄い。そしてそんな相手とはいえ、クルーダスを殺された挙句、何もできずにおめおめと取り逃がしたなどと、ジェイクが言えるはずもなかったのも事実である。

 だがさすがに限界と感じたのか、ジェイクは一つため息を吐くとネリィを半ば強引に人気のない空き教室に連れて行った。これ以上騒ぎを大きくしたくないと思ったのもあるが、このまま放置しては次の授業にまでネリィが付いてきかねないからだった。


「ネリィ、何度言わせるんだ。俺は何も話さない」

「私も、何度でも聞いてやるわ。ドーラ君のことを話して」

「話さない」

「知らない、とは言わないのね」


 ネリィの瞳がジェイクをじっと見つめる。ジェイクは嘘をつくことに自信がない。今までリサを相手にしてきたのだ。下手な嘘がリサにとっては効果がないことくらい知っているので、嘘をつくことが無意味だと考えるようになった。他人がもう少し鈍いと知ったのは比較的最近だが、それでもネリィの直感も相当である。ジェイクは沈黙はともかくとして、嘘はつきたくなかった。

 そんなジェイクの悩みが顔に出たのか、ネリィが悲しそうな顔になった。


「どうしても教えてくれないの?」

「・・・ああ、どうしても言えない」

「それは騎士の誓いにかけて? それともジェイク自身の誇りにかけて?」

「どっちもだ」


 ジェイクの真摯な眼差しと、ネリィの燃えるような視線がしばし交錯した。時間は過ぎていくが、どちらも視線を外そうともしない。どれほど時間が経ったのか、先に視線を外したのはネリィだった。ため息とともに彼女はうつむいた。


「そう・・・どうしても私には話してくれないのね?」

「そうだ」

「アルネリアの全体に大きく関わることなの?」

「それも言えない」

「死んだか、生きてるかも?」

「何も言えない。察してくれ、ネリィ」


 ジェイクの絞り出すような声に、彼の煩悶を理解したのか。ネリィもついに諦めたように背を向けた。


「・・・わかったわ、もう聞かない」

「そうしてくれ。俺もつらい」

「その代り決心したわ。私、巡礼者を目指すことにする」


 ネリィの言葉にジェイクがはっとして顔を上げる。多分に漏れずネリィも巡礼のことを知っているとは思っていたが、まさか彼女の口からその言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。


「なんだって? それがどういうことかわかって言っているのか? 巡礼者っていうのは――」

「知っているわ。アルネリアの中で特に有能な者が就くというのは方便で、必要とあればアルネリアの暗部として活躍する実働部隊。いうなれば、始末屋とでもいうべき仕事も請け負う。そういうことでしょう?」

「な」


 ジェイクは絶句した。ジェイクは神殿騎士として、巡礼者がどのような仕事をするかというのは聞いていた。確かにアルネリアの中でも特に有能な者が選抜されるのは間違いないが、その仕事内容は決して華々しいものばかりではなく、人によっては汚れ仕事を請け負うことも多いことは知っている。必然、危険度も非常に高い任務。

 だが、どうして一般生徒に過ぎないネリィがそのことを知っているのか。


「ネリィ、どうしてそれを――」

「ジェイク、私も馬鹿じゃないわ。自分の将来については色々と考えているし、アルネリアには元々残るつもりだったの。もう正規過程終了後の実地研修に関しても、ミリアザールに相談しているわ。それにこっそりとだけど、ひと月くらい前からシスターとしての研修も開始しているの。ちょっと早いんだけど、回復魔術の適性もあるのよ、私。

 その中で少しずつ、外部の者には言えないことも耳に入ってくるわ。それにわざわざ巡礼なんて任務を設けるあたり、査察官や魔物討伐以外の仕事を請け負うのに巡礼なんて自由のきく立場は便利じゃない? そりゃあ中には色々とあるのでしょうけど、ちょっと頭が回れば彼らがどんな仕事をするのか想像もつくわ。自分が就きたい職業、それに付随する危険や将来性を考慮するのは当然のことよ。いつまでも子供じゃいられないし、ジェイクやリサがいつまでも無事でいるなんてただの希望的観測だわ。この前の任務でそのことがよぅくわかったわ。あなたたちはいつも死と隣り合わせの世界に生きているのだとね。

 もしリサやジェイクが死んだら、下のチビたちの世話をするのは私。そう私に言ったのはあなたたちよ。責任が私を子どもではいさせてくれないわ。ジェイクだってそうでしょう?」


 ジェイクは黙ってしまった。確かにネリィの言うとおりだったのだ。自分が決断したように、ネリィもまた考えるところがあったのだ。ジェイクは自分が何も見えていなかったことを恥じた。


「そうか、確かにそうだった。俺はネリィのことをいつまでも守る対象だと思っていたけど、ちょっとずつ違ってきているんだな」

「そうね。できればもう少し守られる立場でいたかったけど。この前の遠征のような経験をしちゃうとね」

「普段はあんなに危険じゃないんだぞ?」

「危険じゃない任務なんて存在しないわ。どんな小さなものでも、戦うってことはいつも命を懸けているんだもの」


 ネリィが小さく肩をすくめたので、ジェイクはまたしても自分の不明を恥じた。これではどちらが正規の任務についているのかわからないと思ったのだ。



続く

次回投稿は、6/25(水)16:00です。

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