最高教主の依頼、その3~シスター・ミリィの正体~
「だから誰なのよ、アナタ!?」
「まだわからんのか?」
アルフィリースに微笑んでいた時の天使のような表情が嘘であるかのように、邪に口元を歪めた表情でミリィはアノルンを見ている。
「さっぱりよ!」
「ワシじゃよ、ワシ」
「何それ、新手の詐欺のつもり?」
「いや、どっちかというともう使い古されておる・・・って違うわー!」
ミリィがイライラしているのか、地面をダン! と踏みしめる。
「お主、本っ当にわからんのか?」
「アタシは幼女に知り合いはいないわよ」
「くっ、貴様がここまでニブかったとは。どうやら折檻せんとわからんようじゃのう?」
「折檻って・・・ま、まさか最高教主!?」
「ワシのイメージは折檻だけか!?」
ついにミリィが地団駄を踏み始めた。その仕草をちょっと可愛らしいと思ってしまうアノルン。
「っていうかわかりませんよ。前に会った時はオバサンくらいの外見でしたよね? 声まで違うし。なんでまた幼女の恰好なんですか?」
「事情は色々あるのじゃがな。ともあれどうじゃ? 似合っておろう?」
くるんと一回転して、フフン! と、得意げな顔をしているミリィ。
「この恰好で下町にお忍びでいくとな、便利なんじゃよ、色々」
「・・・例えば?」
「そうさな、店じまい半刻前を狙って下町の焼き菓子の店で『おじちゃーん、遊びにきたよ!』なんていうと、余ったお菓子を高い確率でもらえるぞ?」
「な、なんてみみっちい・・・」
「先週なんぞは下町の孤児どもと、缶蹴りで遊んだのう・・・なかなかよい運動になった!」
「いや、自分の歳を考えて? あえて言いましょう。ババア、無理すんな」
「言うに事欠いてそれか!? 貴様だって大概な歳じゃろうが!」
「まだアンタの半分もいってないはずです。使い古した×××ひっさげて何言ってんだか・・・」
「まだまだ全然いけるわい! 貴様こそ男の前でばかり猫なで声しよってからに、この×××の分際で!」
「くっ、それを言うか? アンタの×××な××言いふらすわよ??」
「やってみぃ!? 貴様の恥ずかしい×××を教会中に勅令で伝達するぞ?」
「言ったわねぇ!? この××××―!」
「やかましゃあ、この××―!」
この表現するに耐えない言い合いが、この後長きにわたって繰り広げられることになる。外で待たされているアルフィリースとアルベルトのことは、完全に2人の頭からは消えていたのであった。
***
「ハァ、ハァ・・・このパワハラ上司!」
「フゥ、フゥ、権力は濫用してナンボじゃ! ちっとは目上を敬わんかい」
全力で言い争うこと20分。さすがに両者の体力が切れたらしい。
「一端休止じゃ。さすがに疲れたわい」
ふー、と息を吐きながら、どかっとその辺の椅子にミリィは腰をおろしている。いやミリィではないく、正確にはアルネリア教会最高権力者、ミリアザール最高教主である。この大陸に187の教会、974の関連施設、総勢3万を超える神殿騎士・周辺騎士団と、5万以上のシスター・僧侶を抱え、他の業務への従事者も加えれば数十万を数えるアルネリア教会の最高権力者、最高教主ミリアザールその人である。教会の歴史は800年にも及び、各国の王、都市の首脳陣で、その影響を逃れられる者はいないとまで言われる組織である。
直接各国の政治に口を出すことは禁じている一方で、魔物征伐や貧民救済には力を注いでおり、被害拡大のためには各国に協力体制、時には戦争停止までを求めることができ、アルネリア教会の協力要請を無視することは、以後どのような状況においても教会の手助けを必要としないという意志表明になってしまう。そのため、必ずしもアルネリア教会に好意を持っておらずとも、協力せざるをえないというのがこの世界の暗黙の了解である。
獣人の国であるグルーザルドもいち早くこの姿勢に協力し、既にグルーザルドにもいくつか関連施設が設立されている。その最高教主自身は滅多に人前に出ることはなく、たいていを教会奥の神殿で暮らしている。その姿を直接見たことがあるのは、三人の大司教、直属の親衛隊、あとは身の回りの世話をする女官ぐらいである。アノルンはその中でも例外と言ってよい。
「で、何の用ですかマスター。わざわざ出向かれるからには、相当に火急の要件なんでしょう?」
やれやれと思いながらも、少し真面目な雰囲気に戻ってアノルンが質問する。
「まあ火急半分、遊び半分じゃな。貴様が本部におらぬと退屈でしょうがない。最近の奴らは真面目すぎてのう。ワシの護衛もとんだ堅物じゃしの」
「護衛・・・ちらりとしか見てませんが、あれが今代の最強で?」
「そうじゃ。ラザールの名は貴様にも懐かしかろ?」
ミリアザールはいたずらっぽくアノルンに問いかける。アノルンはしかめっ面で答えた。
「懐かしすぎて反吐がでます」
「そう言うてやるな、貴様と唯一対等に口をきいた家系の者じゃ。貴様が現在の任務につく前じゃから、100年以上も前のことか」
「あの時は最悪でした」
「ワシにとっても最悪じゃったな! もう五代も前のラザールになる。あ奴め、ワシの側仕えの侍従を片っ端から手籠めにしよってからに。まさか侍従を三年で全員入れ替える羽目になるとは思わなかったわい」
「私も手籠めにされかけました」
「嘘つけ! あやつが貴様を口説きに行くたびに、奴の悲鳴が聞こえてきたがな? 教会中の名物行事じゃったわい」
「こっちはとんだ大迷惑でしたけど。あれで神殿騎士団中で一番腕が立ったんだから、驚きです」
「歴代でも有数の使い手じゃったな。現在のラザールも同じじゃ。この前2、4、7番隊の隊長を三人まとめてあしらいよったわ。強さだけなら歴代一じゃろうな。また純粋な剣の能力で奴より強い者は、大陸中探してもそうおるまい」
ちょっとだけミリアザールは得意げだ。アノルンが直接関わったラザール家の者は五代前の人間だけなので、ラザール家といえば自然とその人物が思い出される。
「(初対面でいきなりアタシの尻を鷲掴みにしながら、『やぁ、美人ちゃん!』とか言ってヘラヘラしていたあいつ。その時100発ぐらい殴り飛ばしたのに、翌日にはアタシの胸を鷲掴みにしながら同じことを言ってきた。あんなくじけない阿呆は後にも先にもあいつだけだったわ。しかもあれだけ人に『君だけだ・・・』とかいいながら、ちゃっちゃと違う女と結婚しやがって・・・。教会律の守護者とかいう大層お堅い役職だったくせに、なんて適当な奴だと当時はむかっ腹が立つだけだったけど、今ではそれすら懐かしい記憶だわ。永遠に生きていれば、いずれ全ての記憶をただ懐かしいと感じられるようになるのかしら?)」
そのアノルンの回想は、ミリアザールの言葉によって中断される。
「ともあれ、あやつのおかげで貴様は人間らしさを取り戻した。感謝はしておけよ?」
「・・・」
「まぁ、ワシにとっても奴は忘れられぬ男の一人じゃ。死に様まで含めてな」
「・・・それで、要件とは?」
「おおいかんいかん。やはり歳かの、話がそれてしまう」
ミリアザールは居住いを正して向き直る。今度の表情は真剣そのものだ。
「まずは、貴様の現在の任務についてからじゃ」
「はい」
もはやアノルンにも茶化す様子はない。巡礼の任務につくものとして、最高教主の言葉を謹んで聞いている。
「貴様が巡礼についてから100年余り。我が教会の版図は広がり、不正も随分正された。また魔物の活動や、国家間の戦争もかなり少なくなったと言える。これは貴様の功績じゃ」
「ありがたき御言葉」
アノルンは頭を垂れる。
「貴様が行った行動を手本として、現在同じような任務に就いている者がシスター・僧侶が78人、神殿騎士が354人。もはや巡礼の業務は軌道に乗ったと思うて差し支えなかろう。現時点をもって貴様の巡礼の任務を解く。長い間大義であった」
「御意にございます。で、新しい任務とは?」
「そう急くな」
ミリアザールは一度目を伏せる。
「今回出現した魔王のことじゃ。魔王の出現自体は世に知られる常識と違いそれほど珍しくもないが、どうも出現の仕方が不自然でな・・・下手な者を向かわせたくなかったのじゃ。それで貴様が適任じゃろうと思うてな」
「魔王の出現は確実なので?」
「先ほど確認を取ったが、間違いない。ここより北西に7日ほど分け入った森の中じゃ」
「まさか!? 街に近すぎます」
「ワシもそう思う」
「(何の兆候もなく、魔王の出現? いやそれよりも、このあたりは近年大きな戦乱もなく、教会による浄化もしっかり行われている。魔物にとっては非常に暮らしにくく、毒気を抜かれるような場になっているはずだ。元戦地や、闇に属する土地というのは魔物にとって成長に適した場となる。そのようなことが数百年前に分かってからは、教会に限らず、各国が協力して土地の浄化を行ってきた。このような大都市が近くにある場所は特に浄化が進んでいて・・・浄化が進んでいるからこそ、大都市化しているともいえるが、魔王となる魔物が育つような余地はないはずだ。それなのに・・・)」
アノルンの思考がめまぐるしく回転する。だがどう考えても手持ちの情報では答えは出ない。
「誰かの手によるものだと?」
「わからん。そのようなことをして誰の得になるのか・・・そういったことも含めてお主に調査・討伐を依頼したい」
「マスターの命令とあらば、いかようにでも。では私一人で?」
「いや、アルフィリースを連れていけ。アルベルトも貸してやろう」
「! マスター、彼女の事情を知った上でアルフィリースを利用するつもりですか!?」
「そう凄まじい剣幕をするな・・・そうではないよ。お主もそろそろ乗り越えてもよいじゃろう? アルベルトもアルフィリースも、簡単には死にはせぬよ」
「ですが、しかし」
アノルンにしては珍しく歯切れの悪い、戸惑ったような表情をした。ミリアザールはアノルンを窘める。
「貴様がそんな顔をするようになるとはな。むしろ、じゃからこそアルフィリースを連れていくべきじゃ。お主があの子の真の友人たらんとするならば、絶対にそうするべきじゃ」
「ですがアルフィは・・・」
「お主にとっての試練は今からじゃが、あの子にとっての試練はもっと先に訪れる。おそらく一人では乗り越えれぬだろう・・・あの子を直接見て確信できたわ。あの子はお主が思うておる以上の人間じゃよ、アノルン。いや、二人の時はミランダ、と呼ぶか?」
アノルンは反論しようとしたが、ミリアザールの瞳に満ちる色は慈愛の眼差しそのものである。ミリアザールは本気でアノルンを心配しているのだ。本名で呼ばれるのは二度とごめんこうむりたかったが、確かにアルフィリースに嘘をつき続けるのも心苦しい。あの子になら言える・・・いや、言うべきだと。アノルンはそう思い始めていた。
「アルフィリースが壁に突き当たった時、真の友の助けが必要になるじゃろう。お主はそれとも、あの子がどうなってもよいか?」
「いえ・・・いいえ!」
アノルンははっきりと答える。その表情を見て、ミリアザールは満足そうであった。
「ふむ、では今回の依頼、受けてくれるな?」
「御意にございます、マスター」
アノルンは片膝をついて正規の礼をする。
「だからそう堅苦しくしてくれるな。ワシにとっても、お主は対等に話せる数少ない友の一人じゃと思うておる。公式の場ではともかく、二人の時は気楽にやってくれぃ」
「じゃ、遠慮なく。ヤってくるぜ、ババア!」
「遠慮しなさすぎじゃ!!」
そして口論の最初に戻るのであった。
***
一方、外で待っているアルフィリースとアルベルト。中でこれだけぎゃあぎゃあと騒がしくやってるのに比べ、外の二人は全く会話がなかった。
「え~と、ラザールさん?」
「アルベルトで結構です」
「き、今日は良い天気ですね?」
「そうですね」
「アルベルトさんは騎士の家系なんですか?」
「そうですね」
「だいぶ強いとお見受けしたんですが?」
「そうですね」
「あっさり肯定するんだ!? あ、声にだしちゃった・・・」
「・・・・・・フ」
「(こ、この人、カッコいいけど何か変!)」
どこかの昼時にかわされるような内容の会話になっていた。アルフィリースが普段一緒にいるのがかしましいアノルンだけに、こういう無口なタイプ、しかも男とは会話が全く成立しない。厳しい鍛錬にも滅多に弱音をはかないアルフィリースだが、気まずい空気にべそをかきたくなってきていた。
「(こ、これなら素振り千本とかの方が楽だわ・・・アノルン、早く帰ってきて!)」
その時――
「アルフィ、お待たせ」
「アノルン~」
あまりにもちょうど良い時にアノルンが顔を出したため、アルフィリースは思わず泣きそうな声になってしまった。それを聞いてアルベルトがアルフィリースに何かしたと勘違いしたのか、
「てめぇ、アタシのアルフィに何をしやがった! これだからラザールの奴らは信用できねぇ!! あれか、貴様はむっつりスケベタイプか!?」
「お姉さま~(静かにせんかこの×××シスターめが!)」
という裏の意味を含めた、無駄に殺気を孕んだ猫なで声がアノルンの後ろから聞こえて来る。得意のメイスをシスター服の袖から取り出しかけたアノルンの動きが、ぴたりと止まる。
ミリアザールのアノルンを捕まえる手に一層力が入り、アノルンは確かに骨の軋む音を聞いた。
「それではお姉さま。依頼の件、確かにお伝えしました。アルベルト、打ち合わせ通りシスター・アノルンに同行するように。私は他の用事を済ませてから、教会本部に戻ります。アルベルト、よろしいでしょうか?」
「了解しました」
自分に殴りかかろうとしたアノルンも全く意にかけないように、アルベルトはミリィに向かって返事をする。
ミリィへと態度を翻したミリアザールは、輝く表情でアルフィリース達に語りかけた。
「それでは私は忙しい身にてこれで失礼いたしますが、アルフィリースには別途報酬のお話をいたします。成果に応じた報酬となりますが、教会本部のあるアルネリアにお寄りの際は、いつでも私のところまでお申し付けください。とりあえず、先に必要と考えられる経費はお渡ししておきます。アノルンから受け取られるがよいでしょう」
てきぱきと指示をして、あっという間に話を進めるミリィことミリアザール。
「それでは皆様失礼します。アルフィリース?」
「は、はい!」
急に声をかけられ、思わず先生に怒られた生徒のようになるアルフィリース。
「(なんだかミリィって、威厳あるわよねぇ・・・)」
「困った時は隣にいる者を頼りなさい、きっと助けになってくれます。くれぐれも私の言葉、お忘れなきよう」
「え、あ、はい」
アルフィリースが不思議そうな顔をしていると、ミリィはかすかに微笑んでその場を後にした。その少し寂しそうな笑顔が、アルフィリースには随分と印象的だった。
残された3人は互いに顔を見合わせた。
「で・・・どうしよっか??」
「宿に一度戻らない?」
「えーと、アルベルトでいいんだっけ? アンタはどうする?」
「お二人の指示通りに。ただ依頼をこなすならば、最低あと一人は仲間が欲しいかもしれません。準備も必要でしょう」
「うーん、仲間ねぇ。ぶっちゃけアタシ一人でも何とかなるような・・・下手なのは足手まといにしかなりそうにもないけど、使えそうなのがいるなら一応探してみるか。あ、でももうすぐ日が暮れるし・・・武器や食料の調達は明日にしよう。今日はとりあえず晩飯も兼ねて、ギルドに行かないか? 夕方なら人も多いだろうし、仲間を探すならもってこいだ」
「それはともかく、依頼って何なの?」
「魔王討伐」
「そっか・・・って、ええぇ!?」
アルフィリースは唐突な依頼にかなり混乱状態だったが、アノルンが落ち着いて説明をすると渋々納得したようだった。最終的には、
「アタシ、魔王討伐の経験あるから大丈夫だって。それにいざとなったらこの朴念仁を囮にして、アタシたちはトンズラだ!」
で無理やり納得させられた。だが、
「(魔王討伐の経験とかしれっとすごいこと言ってるけど、大丈夫かな・・・)」
と不安を隠せないアルフィリースだった。
続く
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