小さな波紋、その3~モルダードの告解③~
「・・・いいか、決して勘違いしないでほしいし後悔してもほしくはないのだが・・・お前たちを見たからなのだ」
「僕達を?」
ラファティが意外そうな顔をする。
「そう、お前とアルベルトは剣を選んだ。それはおそらく我々の役目として当然で、またミリアザール様もアルネリアも、ラザール家が剣を取ることを認めないわけにはいかないものだが、ミリアザール様の真意には反したことなのだ。鋭い妻はその事実に気が付いてしまった。だからリアンナは一つの決意をした。戦いに関係のない子孫も、きちんとその生を全うすることができると、証明したかったのだ」
「そのために、クルーダスを生む決断をしたのか。僕らが剣をとったから」
「そうだ。だが事実は全て我々の思うようには進まなかった。生まれたばかりのクルーダスは既に半獣化するほど血に良い相性を見せ、このまま順調に育てばアルベルトを超える逸材になるやもしれないと期待された。事実を突きつけられて、リアンナも私も何も言えなくなってしまった。せめてクルーダスが自ら戦いの道を選び取るのであれば納得もできたろうが、クルーダスの出産は何よりもリアンナに負担を強いた。リアンナはクルーダスが物心ついて間もなく息を引き取ってしまった。
その事実を見て、クルーダスがどんな感情を抱いていたのか、私はもっと知るべきだった。私は人間としても父としても未熟だった。この結末はリアンナもミリアザール様も誰もが望んだことではない。許せよ」
「許すも何も」
誰に向かって言ったのかと言いかけて、ラファティは口をつぐんだ。誰もが望んでおらず、また自分も知らずとはいえクルーダスを追い込んだことになる。そしてどうしてクルーダスのことをもっと気にかけてやらなかったのかと悔やんだ。あの八重の森の戦場で最後に一緒にいたのは、自分だったはずなのに。
確かに八重の森は激戦だったが、本当に弟一人、気に掛ける余裕はなかったのかとラファティは壁に頭を打ち付けたくてしょうがなかった。
だが一つの考えが脳裏によぎった。アルベルトのことだった。
「父さん、アルベルトはそのことを知っている?」
「いや、どうだろうな。アルベルトは私に輪をかけて無口だが、決して鈍くはない。そのあたりはリアンナ譲りだろうな。だがそこまで知っているとは思えないのだが」
「だとしても、アルベルトは冷たすぎやしないか。クルーダスが死んだのに、葬式にも来なかった。ミリアザール様との修行中とのことだが、ミリアザール様が勧めてもここに来なかったそうだ。一体彼は何をしているんだ?」
「獣化の訓練だろう」
モルダードはあっさりと答えた。想像はついている。ラザール家の者は、戦闘における最後の手段として、獣化を知っておかなければならない。もし騎士として撃退できない敵に出会った時、禁を犯してもでも仕留めなければならないときはその力を発動させる。
そうでなくとも、ラザールの血を引くものは生命の危機に瀕すると自動的に獣化が始まる者がいる。万が一そうなったときにことを考え、獣化の力は制御する方法を身に着けておくのが彼らの必須事項だった。
だがアルベルトは、今まで一度も獣化に成功していないとのことだった。成人前に制御方法を知らないのは、異例だった。
「それでも歴史上を振り返っても常人離れした強さを誇るアルベルトだからそれほど問題にはならなかったが、これからはそうもいくまい。ミリアザール様も懸念しておいでだ」
「だけど、それでも――」
「年齢を重ねてから初めて発動させる獣化は負担が大きい。だが、もし発動させればそれは桁違いの強さとなる。かつてリヒャルドという祖先が最長齢の21歳で発動に成功させたが、普通の何倍もの強さの獣化となったそうだ。もしアルベルトが成功すれば――どのくらいの強さになるのか想像もつかん。当然、反動も並ではなかろうな。現にリヒャルドは度重なる獣化の反動により、早逝している」
「・・・アルベルト兄さん、どうしているんだろう」
ラファティはアルベルトを案じながら、それならばせめて自分たちだけでもクルーダスの死を悼んでやろうと思ったのだ。今彼は、母であるリアンナの傍で安らかに眠りについている。それが彼にとって幸せであるかどうかはわからないが、せめて残された自分たちだけでも彼と母の冥福を祈りたいと思ったのだった。
***
「ジェイク」
「・・・」
「ジェイクったら!」
グローリアの廊下で、ネリィは人目もはばからず大声でジェイクを呼び止めた。その剣幕に何人もの生徒が振り返るが、ジェイクは一瞥もくれずその場を去ろうとした。ネリィがジェイクの後を追いかけるが、ジェイクは足を速めてネリィが追いつけないようにしていた。
その様子に業を煮やしたネリィが全力疾走でジェイクの前に回り込み、その進路をふさいだ。
「待ってって言ってるでしょう!?」
「聞こえているけど、待つつもりはない。用件はわかっているし」
「ならどうして答えてくれないのよ! ドーラ君のこと!」
ネリィの剣幕にジェイクは視線を外した。たじろいだわけではない、周囲の様子を確認したのだ。ドーラのことを知らない生徒はグローリアに多くない。だが生来の自由な気質を発揮していたドーラはその存在感ある外見とは裏腹に、授業などではあまり目立たない存在だった。それは彼が傍観に徹しただけではなく、授業そのものにあまり積極的に参加してなかったことが考えられる。
それはそうだろう。永くを生きるドルトムントにとって、今更座学など詮無きものだった。芸術の授業は興味深かったのかそれなりに出席していたが、彼にとって肌に触れて知りえるもの以外、さして興味はないのだった。
ジェイクが周囲の様子を確認したところ、周りに生徒はなんとなく事情を察したのか、その場から離れていった。もちろんジェイクとネリィの言い合いに巻き込まれたくないといういのもあったろうが、多くの生徒が察している。ドーラは何かしらの理由で、このアルネリアにとってよくないものであったのだと。ドーラについて聞き込みや、教官に質問をした生徒はもちろんいた。だが誰も明確な答えを得られなかった以上、明確な答えを得るべきでない対象なのだと彼らは悟ったのである。
だが、ネリィは納得がいかなかった。多くの生徒にとってドーラは憧れの対象であり、また嫉妬の対象であったかもしれないが、ネリィはドーラのことを真剣に好いていた。そしてともに戦場をかけた信頼できる仲間でもあった。そしてリサとジェイク以外の、初めて尊敬できる対象でもあった。ネリィは決して人懐こい性格ではないが、その分一度信頼した相手を早々裏切ることもない。ネリィはどうしても、ドーラの真実を知る以外には引き下がることはできなかった。
続く
次回投稿は、6/23(月)16:00です。