小さな波紋、その2~モルダードの告解②~
「母さんはどんな人だったの?」
「気になるか?」
「ああ、今さらだけど」
「一言でいえば、非常に責任感の強い女性だった。同時に、母性愛にも満ち溢れていた。そして私の最大の理解者で、ミリアザール様のこともよく理解されていた。それゆえに、クルーダスのことをもっとも案じていた」
「? よくわからない」
「・・・少し昔のことを話すか」
モルダードが遠い目をした。
「お前も気づいているとは思うが、私は神殿騎士としてはそこまでの戦闘力を持たない。歴代のラザールの騎士としては並に分類されるだろう。私が若くして父を倒し神殿騎士団長となったのは、父が既に内臓の病を患っていたからだ。それでも勝てる要素はなかったのだが、色々な条件が重なり、私は父に勝ってしまった。早すぎる勝利だった」
「聞いたことがある。俺たちの祖父――歴代でも有数の騎士だったけど、病でその力の半分も出せなかったって」
「それでも神殿騎士団長を20年近く務めたがな。ともかく、私は相応の実力もなく神殿騎士団長の任を拝命することとなった。私は必死だった。周りには父が鍛えた屈強の神殿騎士たちが何人もおり、私は彼らを納得させられるだけの実力をすぐにでも身につける必要があったのだ。
だが彼らは私を神殿騎士団長の座から追い落とそうとはしなかった。私は情けをかけられたと躍起になっていたが、今から思えば我らの代わりにその重責を負うのが耐えられなかったのだろうな。当然と言えば当然だが、若い私にはそのようなことは理解できなかった。
そうして焦燥感にかられ、神殿騎士団長になって一年も経っただろうか。私についに挑戦する者が現れた。それがお前達の母、リアンナだ」
「母さんが?」
ラファティが少し驚いた。ラファティが母親に抱く像は、おとなしい女性としか思えなかったからだ。ラファティはモルダードにそのことを告げたが、モルダードは少し笑って否定した。
「やはりそのように思っていたか。確かにお前たちの母親は教養もあり思慮深い人間ではあったが、おとなしくはなかった。むしろその容姿とは裏腹にはねっかえりとして有名だった。年長の騎士たちに聞いてみろ。今ではあえてそのことをお前たちに話す者はいないだろうが、口を閉ざす理由もない。かつてのじゃじゃ馬っぷりをあますところなく教えてくれるだろう。特にお前は母親によく似ているからな」
「母さんが・・・」
「そのリアンナは神殿騎士団に入ってからあまり間もなかったが、それでも剣士としての腕前は相当なものでな。特に神殿騎士団長に挑戦する機会は制限が設けられたわけでもなし、腕試しのつもりで私に挑んできた。私も最初は冗談だと思ったし、その時にはそれなりの実力を身に着けていたからあっさりと撃退できると思っていたのだが」
「・・・苦戦したんだね?」
「恥ずかしいとは思わんが、自分の自信なぞ増長であったことを思い知らされた」
モルダードは苦笑して見せた。
「ともあれ、それを機会に我々は腕を磨き合う間柄となった。私はよき練習相手を得てその力を高めたが、我々はやがてそれ以上に互いを必要とした」
「それで妻として迎えたんだ」
「ああ、我々の一族の多くは妻となる女性はあらかじめ決められているが、私は例外となった。お前もそうだが」
「確かに、僕も自分でベリアーチェを選んだ」
ラファティはやや誇らしげに語る。共有する思いはあるだろうが、だがモルダードは冷静に答えた。
「だがそうなると一つの問題が出る。お前の場合はベリアーチェが人間ではないということもあり出産における負担は少ないが、リアンナは普通の女性だった。我々の血に対して耐性があるわけでもない。
お前も知っているかもしれぬが、元来我々の妻となる者たちは子を成すためには準備を必要とする。ミリアザール様から受け継いだ血の力が大きすぎるのだ。そうでなければ体に多大な負担をきたすし、悪くすれば死んでしまうからな。私もそうなるべく、用意された女性がいたようだ。結局、その女性とは引き合わされなかったがな。
だが私は若く、その説明をされる前にリアンナと、その、なんだ」
「父さん・・・意外と考えなしなんだね」
ラファティは呆れるやら多少ほほえましいやらで苦笑した。モルダードは顔を背けていたのでどんな表情をしているのか見てやりたかったが、さすがにそこは父の誇りを優先することとした。
「それで、母さんは準備なしにアルベルトを生むことになったんだね?」
「そうだ。だから正直、アルベルト生んだことで私は二人目を作る予定はなかったのだ。最初はリアンナもそのつもりだった。彼女は出産を終えたら騎士に戻るつもりだったからな。
だが最初に生まれたアルベルトのことを見て、リアンナは考えを変えたのだ」
「どうして?」
「生まれた子供の愛おしさにな。私にも理解できる」
当時生まれたばかりのアルベルトを抱いたリアンナの表情を見て、モルダードは何も言えなくなってしまった。わが子を抱く妻の、その美しさに感動したのだ。モルダードとリアンナは何度も話し合った。そして二人目を作ることを決意した。
「代償は、リアンナが剣を置くことだった。とても騎士として働くような余力は残らないと悟ったのだ」
「そうだったのか。でも、それなら三人目を作ることは危険だとわからなかったの?」
「わかっていた。私もリアンナも三人目を作るつもりはなかったのだ。次は命がけになることはわかったからな。だが予想外の事が起きた。
リアンナは剣を置いた後、ミリアザール様の近侍として仕えていた。その中でリアンナは気づいたのだ。ミリアザール様が現行のアルネリアの体制を後悔しており、そして本来は争いなど好まない性格であることに」
「? やっぱりよくわからないよ。どうしてそれがクルーダスを生むことにつながるのさ」
ラファティの問い替えにモルダードは息子の方をちらりと見ると、意を決したように話した。
続く
次回投稿は、6/21(土)16:00です。