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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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小さな波紋、その1~モルダードの告解①~

***


 アルネリアの中ではちょっとした動きがあった。一つには、何者かがアルネリアの中で暴れたのではないかということが、まことしやかな噂として流布したことだ。

 ドルトムントに打ちのめされた兵士たちには箝口令が敷かれたが、それでも彼らの変化を家族や身近な者は察する。そこから様々な憶測が飛び交ったが、市井の人々ではせいぜい盗賊が出たという程度が精いっぱいの想像で、まさか歴史を代表する騎士が敵として潜入していたなどということは、誰も想像がつかなかった。

 噂はやがて消えていくが、ミリアザールの治世に対する――少なくとも世間一般に認知されている今の『聖女』としてのミリアザールの治世に翳りが見えたのは事実であった。聖女認定された最高教主は、衆目にはお披露目の時以外はほとんど触れることがないが、民衆は今回の聖女が幼いことは知っていたため、その統治能力に疑問が呈されることは自然な流れだったかもしれない。

 一方で、クルーダスが死んだことは大きな波紋をグローリアに残していた。特に卒業を間近に控えた彼の同輩たちの間では大きな反響があり、何人かはアルネリアに残ることを辞退した者もおり、逆にアルネリアに残ると志願した者もいた。

 クルーダスの死を受けて義姉ベリアーチェは人目もはばからず涙を流したが、彼の肉親たちは誰も涙を流さなかった。薄情なのではない、彼らにとってはそれが一族の運命でもあり、彼らが辿ってきた多くの道の一つである。ラザールに残る者は、既にその覚悟を終えていた。ラザールの責に耐えられない者は、口無しの監視付きとはいえ、アルネリアとは関係のない場所へと去っていくのが慣例だ。つまりアルネリアに残った段階で、彼らは死を覚悟していなければならない。

 肉親たちにとってクルーダスの死は連綿と繰り返される事実の一つとして受け入れられたが、ただ一人、ラファティだけが父モルダードと話す時間を設けていた。


「父さん、少しいいだろうか」

「・・・なんだ」


 ラファティがモルダードのことを父と呼ぶのは、数年ぶりのことだった。彼らは神殿騎士団に入ってからは既に親子としての縁を切っており、ただ戦う者としての関係になっていた。そして今はその実力からして、息子たちが上官になっている。神殿騎士団内では、既にモルダードは自分の息子たちに敬礼をする立場だ。


「クルーダスのこと、父さんはどう思う?」

「・・・父としてか、騎士としてか」

「その両方」

「難しいことを聞く」


 モルダードは一瞬表情を曇らせると、無言で歩き出した。ラファティもそれに続く。二人は深緑宮の物見台に登った。見張りたちは普段とは違う二人の雰囲気を察したのか、ラファティが頷いて促すと足音を立てないように去って行った。

 見張りがの気配が遠ざかると、モルダードは遠くを見ながら呟くように語った。


「クルーダスは優しい子だった。無表情で寡黙ゆえあまり知られていなかったが、戦いにはまるで向かない性格だった」

「知ってたんだ」

「その反面、武器には興味を示していた。戦いが嫌いなくせに武器に興味を持つとは皮肉な話だ。武器職人などになっていれば、最も力を発揮したかもしれんな。それに幼くして血の力に目覚めたのも問題だ。なまじ力の使い方を知っていたゆえに、戦いが捨てきれなかった」

「そこまで知っていて、どうして放っておいたのさ。いかに縁を切ったとはいえ、父親だろう?」


 ラファティの問い詰めるような言葉に、モルダードはちらりとラファティの方を見た。


「私もかつて同じ悩みを抱いた」

「父さんも?」

「ああ、私も戦いが嫌いだった。だが我々の一族は戦わなくてはならない運命だ。若い頃はそのことで随分と悩んだ。我々の一族は誰しもが一度は悩むことだ。そしてその答えは、自分で見つけなければならない。昔から、私たちはずっとそうだった」


 モルダードの視線はラファティを責めるようでもある。ラファティはぐっと言葉につまった。


「確かにそうだよ、でも――」

「お前とアルベルトは見つけた。そうでないものは去って行った。クルーダスは見つけていないのに、去りもしなかった。そしてそのまま戦った。この結果は当然のことだ」

「そんな言い方!」

「だが」


 モルダードは一息入れた。


「もしクルーダスが母のことで――リアンナのことで負い目や何らかの責任を感じていたのだとすれば、そのことをきっちりと晴らしてやれなかった私の罪は大きい。もっと早く説明をしてやればよかった」

「母さんのこと」


 ラファティは母親のことを思いだす。昔は神殿騎士だったそうだが、ラファティが生まれた時は既に剣はおいていた。それにあまり体調が思わしくないのか、外にも出たがらなかったのを覚えている。

 自分はといえば、アルベルトに追いつくため剣の稽古に夢中だった。母のことなどほとんど覚えていないし、クルーダスを身ごもってからは余計にその傾向は強まった。そしてクルーダスを生んでからはいよいよ病気がちになり、その頃には既に深緑宮内で親元を離れての修業に入ったため、ラファティにあまり母親の思い出はない。寂しいというよりは、修行で毎日疲れ果てて寝るだけの毎日であったため、母親のことを考える余裕すらなかったというのが正直なところだった。

 だが今思えば不思議である。元々それほど体が頑丈でない人が、どうして無理をしてクルーダスを身籠ったのか。ミリアザールの血を引く自分達ラザール家の出産は、普通の出産よりも相当負担がかかる。ゆえにラザール家の男子は妻を選ぶ時にかなり慎重に選ぶ。出産に耐えられないと想定される女性を妻に迎えることはなく、また一族に迎えられる女性にもそれは説明される。そして多くの者が出産を経験できるのは一度、もしくは二度。三度の出産を経験できるほど頑強な女性は歴史上ほとんどいない。ラファティは問うた。



続く

次回投稿は、6/19(木)17:00です。

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