ドゥームの冒険、その6~大草原の巨大遺跡⑥~
「どれか一つを開けろってか?」
「その通り。ここまでたどり着いた労力と、幸運の対価として」
「どうせ小さいのに一番良い物が入っているんだろ? ちなみに、中身を聞いてもいいのかい?」
「それは当然答えられぬが、何がどう役に立つかは人によるじゃろう」
「あー、はいはい。そういう問答は嫌いだよ」
ドゥームはそう言い残すと、一番小さな箱の前に立った。オシリアが心配そうに傍に寄る。
「その箱でいいの? 小さいものに最も良いものが入っていると?」
「いや、自分で持って帰れるものの大きさを考えた。どれだけ役に立つ物でも、持ち帰れなければ意味がない」
「? 転移の魔術があるわ」
「転移が使えるかどうかはわからない。そんな生易しい遺跡なら、誰も苦労してやしないさ」
その手をドゥームが箱に向けてかざそうとすると、箱は自動的にばらけて中身をさらした。ドゥームは肩透かしをくわされたような気分になったが、中からは一振りの杖が出てきたのである。その形は歪んだ木のようでもあり、下手をすればただの木の枝と言われても納得しそうな造りである。
ドゥームはいぶかしそうにその杖を取ると、回したりかざしてみたりしてその様子を確認したが、これといって何も感じなかった。ドゥームははずれを引かされたかとトゥテツを睨みながら質問した。
「これはなんだ?」
「さて、何かな? ただお主の手の内に入ったのであれば、それはお主にとって必要な物なのであろうよ」
「使い方はそのうちわかると?」
「かもしれぬ」
ドゥームはじっとトゥテツをみつめると、無言で彼を背にしてその場を去り始めた。これ以上の質問は無駄だと感じたのである。慌ててオシリアとマンイーターがその後に続く。
ふとオシリアが背後を振り返ると、先ほどまでの部屋はいつの間にかそこにはなく、彼女は再びうすら寒い感情を覚えてその場を後にした。そしてドゥームの言った通り、確かにオシリアの転移は使えなかったのである。
そこからドゥームたちはどうやって遺跡を脱出したのか、詳細は覚えていない。降りた時に使用した階段はもはや使用不可能となっており、ドゥームたちは強力な魔物の襲撃にさらされながら、生きた心地なくその場から命からがら脱出した。いかに彼らが悪霊として最上級であるとはいえ、場の属性がなければ彼らも大きな力は使えない。まして魔術がろくに効かず恐れもない敵を相手に、彼らの本領は発揮できなかった。だが、ドゥームは手に入れた杖を地上に持ち帰ることだけは成し遂げたのである。
ドゥームは地上に出ると、手に入れた杖を空にかざしてみた。既に時刻は夜も半ばであった。
「(僕に必要なもの、か。さて、どうしたもんかね)」
「ドゥーム、これからどうするの?」
オシリアの質問に、ぼうっとしていたドゥームが我に返る。
「ああ、一時探索はおしまいだ。ラムフォート大森林の一部に、どうやら凄まじい魔獣がいるらしい。長らくギルドの討伐対象上位にいるのに、いまだ一度も討伐報告のない伝説の魔獣の一体『カレヴァン』の討伐。最後に完成した魔王たちと、ヘカトンケイルの調整をかねて挑戦するそうだ。あとはいくつかの新戦力か」
「どうして今更?」
「森の魔女アンシェーレンが死んだから。彼女がカレヴァンの存在を隠していたせいで、カレヴァンは長らく討伐されなかった。ならばなぜ隠していたか。
一つにはカレヴァンが強すぎて、挑むだけ無駄だから。奴は古代から存在する魔獣で、少なくとも二千年は生きているとね。かつていろいろな種族が討伐しようとしたが、全て無駄だったと。
だがカレヴァン自体は非常におとなしい性格で、自分の領域からは決して出ないため、やがて互いの領分を侵食しないことで暗黙の合意ができたそうだ。きっと、森の魔女はうかつにカレヴァンの領域に入る者がいないように見張っていたんだろう。だが今は森の魔女はいない。カレヴァンを倒せるかどうかは別として、こちらの戦力の確認としては十分すぎる相手だ。撤退もしやすいだろうしね。
そしてここからが本題。二つ目に、そういった魔獣の存在が何を意味するのか。オシリアはもうわかったんじゃない?」
「・・・カレヴァンは、遺跡の守護者の可能性があるということね」
オシリアの言葉にドゥームがにやりとした。
「一つの箇所を離れず、迎撃のみに専念する強力な魔物。おそらくはそうだろうね。だからカレヴァンはこのついでに倒してしまうつもりさ。そのために準備をしているんだ。おいしいところだけ僕たちがいただく。それでいいだろ?」
「ええ、そうね。素敵な発想だわ」
オシリアはにこりと微笑むとドゥームに寄り添い、彼らは消えていった。
***
「トゥテツ、ご苦労だったな」
「ふふ、久々の来訪ですな」
「その前に比べればすぐだろう。我々に時間の間隔などないと先ほど小鬼どもにのたまったのはなんだったのだ?」
「聞いていたとは人が悪い」
ユグドラシルがトゥテツの元を訪れていた。彼らがいるのは、大草原の遺跡さらに奥深く。限りなく深層部に近い位置である。
ユグドラシルはゆったりとトゥテツに歩み寄ると、トゥテツはその重そうな眉を上げて彼に答えた。
「ですがまさか、第五階層の門番である私に頼みごととは。それも、外からの来訪者の相手などと。あの小僧、それほど危険な相手だとは思いませんでしたが」
「我をもたぬ相手では、ドゥームに搦めとられる恐れがあった。思っているよりも油断ならん相手だ、あれは。あれは自分のことをよくわかってはいないが、成長速度は黒の魔術士の中でも一番だ。何せやつは『生まれたばかり』だからな。
それにあれの特性と、その起源が問題だ。オーランゼブルの目的を止めることができるとしたら、あるいはああいう存在が重要なのかもしれん。だがそのためとはいえ、あまり際立ってもらってはこまる。これが難しいところだ。
まあ何かあったとしても、ドゥーム対する反存在は既に生まれている。ジェイクが奴を仕留めるだろう、たとえ全てを引き換えにしてもな。そう彼が望んだ以上は」
「ふむ、抽象的すぎて私にはよくわかりませんが・・・積極的に歴史に干渉するのは、あなたにとっても越権行為なのではないのですかな?」
「ここまでは制限がかかっていないよ。それに歴史を捻じ曲げようとしているのはオーランゼブルの方だ。私は修正をしているに過ぎない」
ユグドラシルの物言いに、トゥテツは大きく息を吐いた。
「・・・どうにも言い訳に聞こえてしまいますな」
「まずいか?」
「いえ、私はあなたの言うことに従います。なにせ私の主はあなたですから、マスター」
「その言い方は好きではない。今の私には名前がある、ユグドラシルという名前がな」
「これは・・・あなたに名前を付ける者がいるとは、たしかに外の世界の流れは変わっているようですな。私ですら外の世界に興味を引かれましたぞ」
「焦らずとも、きっとお前の元を訪れる人間は来るさ。かつて草原竜イグナージやジャバウォック、ファランクスがそうであったように。むしろそうでなくては困る」
「ええ、それまでゆるりと待ちましょう。私を倒すほど、人間が成長するのをね。『間に合って』ほしいものですな」
「ああ、そうだな。ところでドゥームの奴は何を持っていったのだ?」
「さて、なんでしょうな。私もこの遺跡の全てを把握しているわけではありませんから」
「そうか。あまり余計なものでないとよいのだがな」
「それこそ、時が経ってみねばわかりますまい」
「それもそうだな」
そういって二人はともに姿を消した。同時に遺跡内を徘徊していた魔物たちの気配も消える。大草原の遺跡は再度、眠りについたのだ。
続く
次回投稿は6/17(火)17:00です。