ドゥームの冒険、その5~大草原の巨大遺跡⑤~
「こいつ、気配と姿を消して――」
ドゥームの言葉が終わるか終らぬかの内に、球体がかっと目を見開き、有無を言わせぬ魔術の発動でドゥーム達の体を貫いていた。赤い光線で貫かれてもドゥームとオシリアは平気だったが、実態を持つマンイーターは一瞬で致命傷を負い、肉体を捨てる羽目になった。彼女が憑依する魔獣の体も、相当に高位の魔獣であったはずなのだが。
ドゥームは攻撃を受けると同時に、悪霊を剣状に変形させ、一文字に魔物を切り裂いていた。思ったよりもあっけない手ごたえに、ドゥームが拍子抜けした時である。
「ビィイイイイイイイ!」
真一文字に切り裂かれた魔物が突如として悲鳴を上げた。全身に出現した口から絶叫を上げ、ドゥームが思わず耳を抑えるほどの大音量を発したのだ。
たまらずオシリアがありったけの魔術を収束させ、その魔物を叩き潰した。潰れた魔獣を見て、オシリアがつぶやく。
「なんなの、一体」
「・・・まずいかも」
「え?」
ドゥームがぽそりと漏らし、彼は周囲をさらに油断なく注意していた。そして舌打ちをして、突如としてマンイーターとオシリアの手を引いて走り出したのだ。
「ちっ、完全にやられた! こいつは警報だ!」
「警報?」
「そうだ。この魔獣はこちらを倒すのが役目じゃない。むしろ倒されると絶叫して、他の守護者を呼びつけるんだ。ここの魔獣や魔物は全て目的を共にする、遺跡の守護者だ!」
ドゥームが全力で飛び抜けようとした先に、ぬっと黒く巨大な影が姿を現す。空中で思わず急停止したドゥームだが、黒く面長のぬっぺりとした顔がドゥームの方をむくと、彼ですら背中に寒気を覚えた。その顔には何もない。ただ鋭い歯と、横に裂けた口がにたりとしてドゥーム達の方に向けられたのだ。
ドゥームは思わず全力で後退した。するとドゥーム達が後退する端から、何らかの衝撃波が雨のように頭上から降っていた。もし後退が一瞬でも遅れていたら、ドゥーム達は地面でへしゃげる羽目になっていただろう。
一定の距離を取ると、今度は横道から細長い四肢と胴体をもった魔物が現れた。まるで金属の棒をつなぎ合わせた人形のような魔物は、体をぬるりと鋭く変形させると、大剣のような右腕でドゥーム達を薙ぎ払いに来たのだ。
ドゥームは悪霊でその攻撃を受けようとしたが、オシリアがとっさにドゥームを押し倒した。その頭上で悪霊たちは切り裂かれ、霧散していた。ドゥームの眼が驚きに見開かれる。
「悪霊を斬った!?」
「特性持ちかもしれない! 油断しないで!」
もし悪霊に対して特性を持つ敵なら、一撃が致命的になる可能性が高い。ドゥームたちは態勢を立て直すと、即座にその敵からも離れた。だが敵は四方、八方から次々と現れ、そのたびにドゥームたちは闇雲に逃げ惑った。どの敵もまともに戦えるとは思えなかったからだ。
時間をかければ、あるいは勝てることもあるのかもしれない。だが今の目標は魔獣討伐や修行ではない。何らかの遺物をこの遺跡から持ち帰ることが目標だ。ドゥームたちは、持てる力の全てを逃走と戦闘回避に費やした。
そのうち彼らは一つの広い部屋に出る。その部屋についたとき、ドゥームたちは追撃の手がなくなったことを感じた。同時に、部屋の中央にしわだらけの老人が座っていることにも気が付いたのだ。ぼろきれを纏うその姿は、狂人かはたまた賢者か。
ドゥーム達はその老人を警戒しながらも、つかつかと歩み寄った。今更引く選択肢があるとは思えない。
「じいさん、何してるのさ」
「ほっほっほ。座っておる、見てわからんか?」
相手を下に見た口調に対し、馬鹿にした言葉で返されてドゥームはかちんときた。だがドゥームは油断していない。じっくりと老人の周りをまわり、その様子を観察した。
「ふーん、じいさんに聞きたいことがあるんだけどさ」
「何かの?」
「爺さんは何者?」
「見た通り、爺さんじゃよ。見るものによっては若者や美女にも見えるかもしれんがの」
「ふざけたことを。名前は?」
「人に名前を尋ねる時は、お主から名乗らぬか」
「ドゥームだ」
「トゥテツじゃ」
老人はひげをさすりながらゆったりと答えた。その様子を見ながらドゥームは質問を続ける。
「この遺跡はなんなの?」
「質問が漠然としすぎておるわ。もっと的を絞れ」
「この遺跡はいつごろできたんだ?」
「いつ、か。それは難しい質問じゃな。ワシがこの世にあった時には既にあったものじゃ。ワシも知らぬ」
「なら、爺さんはいつから生きているのさ」
「それもわからん。ワシは生まれたこのかたここから出たことがないから、時間をいうものの概念はあっても時を数える方法を知らん。ゆえにワシが何歳かと言われても、答えるすべを持たぬのさ」
「それはおかしな話だ。ならそれだけの長期間、何を食べて生きているんだ?」
「じっとしておれば腹はそうそう空かぬし、空けば食べればよいじゃろう。餌はそこかしかにあるからの」
その言葉にざわ、とオシリアの背筋が逆立った。ここまで植物らしきものの自生もあるにはあったが、食用かどうかは甚だ怪しかった。まさか、先ほどまでに遭遇してきた魔物たちを餌と表現したというならば、この老人の底知れなさはとても理解できるものではない。
オシリアはドゥームを見たが、ドゥームもまた同じ感想を抱いたようだ。
「なるほど、あんたがこの階の主か」
「どう思ってもらってもかまわんよ」
「僕は次の階に行きたい。行き方を教えてくれ」
「それはできぬ相談だ」
「なるほど、次の階があるのか」
ドゥームはにやりとし、老人は初めて眉をぴくりと動かした。
「子鬼らしく、知恵はそこそこに回るようだ」
「お褒め頂きどうも。で、通さないなら僕はここで何を得る?」
「お主次第じゃ」
老人が指を地面にあてると、三方に箱が出現した。黒い石柱にも見えるその箱は、大中小の三つの大きさだった。ドゥームが顔をしかめる。
続く
次回投稿は6/15(日)17:00です。