ドゥームの冒険、その3~大草原の巨大遺跡③~
胴体は細長い甲虫のようである。銀色の甲殻に、目のない虫。どうやって目標を感知するのかわからないその魔物は、薄色の羽と胴体を使いながら、びたんびたんと飛び跳ねるようにドゥームたちに向かってきていた。その数、無数。
ドゥームとオシリアはその様子を見て、遠距離からの迎撃を選択した。
「気味の悪い羽虫、潰れなさい!」
「気味の悪さなら、僕らの方がよっぽどだと思うんだけどね。なんといっても、悪霊だし!?」
オシリアの魔術が甲虫共を迎撃する。彼らは横に、縦に潰されながら、それでも攻撃を潜り抜けて向かってくる。その残りを薙ぎ払うように放たれるドゥームの波のような攻撃。使役する悪霊達を波状に変形させ、何撃もの波を放った。それぞれが人の顔の大きさ程度しかない甲虫共はたまらず弾き飛ばされ、後退したかに見えた。
だが甲虫共の進撃は止まらない。それどころか、まともな打撃を受けたようにすら見えなかった。
「しつこい!」
「うーん、頑丈だねぇ」
ドゥームは単純な物理攻撃では自分たちが傷一つ受けないことを知っていたが、得体のしれない相手にとびかかられて気持ちのよいものではない。どうしたものかと考えたが、その前にマンイーターが姿を変形させていた。下半身は馬、上半身は甲冑の騎士のように変形させたその姿は、半馬半人の魔獣のように見える。
「私がやる。武器を貸して」
「大丈夫かな? 時間がなかったから『刺し貫く牝牛』の体しか準備できていないんだけど、戦闘力に少し欠けるかもしれない」
ドゥームが悪霊を固めた槍を投げてよこしながら、マンイーターに語り掛けた。マンイーターは無表情で槍を受け取りながら、軽く振り回してその感触を確かめる。
「やってみる。武器を使うのは初めての経験だけど、これからの戦いには必要かもしれないから」
「へえ、いい心がけだね」
「串焼きって、おいしいんでしょ?」
「・・・ああ、そういうこと」
ドゥームは一瞬でも期待した自分が馬鹿だったかと考えた。マンイーターとインソムニアの融合では、向上心などとは無縁だということを再確認したからだ。
だがそんな着想とは裏腹に、マンイーターの狙いは正確無比だった。ドゥームから借りた槍は曲がったり欠けたりなどとは無縁だが、その槍を自由自在に使用する姿は熟達した騎士そのものだ。
だが甲虫共は叩かれようが突き刺されようが、前進をやめなかった。一向に打撃を受ける気配のない甲虫共に、マンイーターはその口内めがけて槍を繰り出した。さしもの頑丈な甲虫達も絶命したが、その行為は余計に他の甲虫共を刺激したようだ。虫共はより激しくマンイーターに群がり、その牙を容赦なく突き立てた。
「くあああっ! 私を食べるつもりっ?」
マンイーターが振り払おうとするが、その行為より早くドゥームがマンイーターに群がった甲虫達を弾き飛ばす。手には、鞭上に練り上げた悪霊の塊。
「少し手荒だったけど、食べられるよりマシでしょ?」
「え、ええ」
「さて。頑丈すぎて鬱陶しいけど、殺せないわけじゃない。かといって全滅させるには非常に時間と労力が必要になる。いっそ、無視するってのもアリだね」
ドゥームが自分達の周りに高速回転する悪霊の渦を作り出した。自分達に向かってくる全てを削り取る、悪霊の檻。攻防一体のこの方法は、ドゥームが最近思いついた方法である。
「うん、これなら問題なく歩いていけるでしょ」
「これは便利ね。もっと早くやってほしかったわ」
「う。それは言いっこなし」
ドゥームが余裕をもって返した言葉だが、思ったほどに状況は楽ではなかった。ドゥームは周囲に展開した悪霊の渦にとりつく甲虫達を感じ取ったのだ。
「(無駄だと思うけどな・・・あれ?)」
高速回転し、鉄すら削り取る高度を相手に何をするのかと思ったが、甲虫達は一体が削り取られたとしても、同じ場所に突貫を繰り返すことにより悪霊の渦を突破しようとしていた。
さらに渦を展開していない地中から甲虫達が顔をのぞかせたことにより、一斉にドゥームたちは青ざめた。
「チィ! ・・・なーんて」
ドゥームが青ざめたのは、半分以上演技であった。渦の内側からさらに渦を発生させ、何重にも結界を張る。さらにドゥームは体の一部を靄上に変形させると、オシリアとマンイーターを持ち上げ、地面と距離を離すようにした。まさかとは思うが、地中から出現する敵を防ぐためである。
「これで虫共は何もできない。このまま進むとしよう」
「・・・そうね」
オシリアも驚くドゥームの力の使い方だったが、そのまま彼らは進むこととした。だがほどなくして、ドゥームは甲虫たちが引き上げたことに気が付く。
「・・・?」
ドゥームは一度渦と靄を解除して、地面に降り立った。オシリアとマンイーターがドゥームを同時に見上げる。
「どうしたの?」
「甲虫たちが引いたんだ。どうしてかな」
「かなわないと思ったんじゃ?」
「そんな知恵が回るような連中かな」
「でも、行動には意図を感じたわ。まるで狩人のようだった」
「そうだね。油断はするべきじゃないか」
ドゥームはいつになく慎重だった。彼は軽薄な口調こそそのままだが、戦いにおいて油断することはもはやほとんどない。ドゥームは油断なく悪霊を周囲に飛ばしながら、状況を探っていた。
だが彼の疑問はすぐに解決される。彼らの元に近づく気配を、悪霊がすぐに察知したからだ。
「大物が来るね。ここからが本番だ」
ドゥームの表情が一層引き締まった。マンイーターとオシリアはドゥームと距離を少し離して迎撃の態勢をとった。ほどなくして彼らの前に現れたのは、銀色に輝く表皮に覆われたオオトカゲである。その体躯は竜ほどにもおよび、威厳すら漂わせるその美しさに思わずドゥーム達も見とれてしまった。
「こいつは・・・只の魔獣じゃなさそうだな」
「気を付けて。嫌な気配だわ」
「わかってる」
ドゥームはオシリアの警告を素直に受けとった。だが聞くまでもなく、そんなことは百も承知だった。先ほどからドゥームたちに向けて、十二分に敵意が向けられているのだから。
見れば、その体表では先ほどの甲虫共が蠢いている。どうやら甲虫はこのオオトカゲが使役する生き物であるらしい。ドゥームは甲虫共の動きに配慮しながら、じり、とオオトカゲに近づこうと足を踏み出しかけたその時である。オオトカゲは、ドゥームのすり足が地面に着くかつかないかの一瞬でその間合いを詰め、ドゥームを前足で打ち払ったのだ。
続く
次回投稿は、6/12(木)17:00です。