ドゥームの冒険、その2~大草原の巨大遺跡②~
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ドゥームたちはするすると洞窟の中を進む。洞窟の中は発光するコケや、定期的にファランクスが炎をともしていたせいで以前は生活空間だけは明るかったが、ファランクスが死んだ今となっては灯りの一つも見られない。ほぼ真なる闇となった洞窟内だが、ドゥームたちにとっては、人間が昼間に活動するのと同じように動き回ることができた。闇こそが本来、彼らの領分である。
だが進めども進めども、彼らの眼前の光景に変化はなかった。オシリアが苛ついた声を上げる。
「ドゥーム、まだなの?」
「さあ? 僕だって当てがあるわけじゃない。下手をしたら数日このままだよ」
「そこまで退屈な探索に付き合えないわ――待って、数日動き回れるほどにこの洞窟は広いの?」
ドゥームの言葉にオシリアは違和感を覚えた。なぜなら、今ドゥームたちはそれこそ名馬も真っ青なほどの速度で移動している。彼らの移動速度を考えれば、一日で巡ることのできない洞窟など早々存在しない。
まして今ドゥームは悪霊達を四方八方に飛ばして、分かれ道を同時に探っていた。これほど広範に渡る探索をしても数日かかるというのならば、いったいどれほどこの洞窟は広いというのか。
オシリアはドゥームに問いかけた。
「どうしてこの洞窟の広さを知っているの?」
「前にアルフィリースがライフレスと初めて戦った時――ミュートリオのことを知っているかい?」
「話だけは」
「バカの話によると、あの時アルフィリースたちは洞窟の中を馬で脱出している。大草原固有種の馬で一直線に駆けて移動した距離を考えると、直線だけでも相当なものだ。それが分かれ道を含めて放射状に洞窟が伸びている。これは凄まじい大洞窟なのさ。下手をすると、大草原北部一帯にまたがるくらいの」
「・・・そんな広大な洞窟を作るなんて、不可能だわ」
「だが事実だ。そんな凄まじいものを作った連中が、かつてこの大陸に存在したことになる。それは誰なのか。またそれほどの洞窟がありながら、どうして誰もその存在を知らないのか。
ファランクスはこの大草原の秩序を守っていたのではなく、あるいはこの遺跡の存在をひた隠しにしていたのかもしれない」
「オーランゼブルや、真竜たちはこの遺跡の存在を知らないのかしら?」
オシリアの問いかけに、ドゥームは少し悩んだ。
「・・・それはどうだろうね。真竜たちは何かを知っているかもしれないけど、どうあっても言わないだろうとは思う。それだけこの遺跡の存在は不可思議だし、謎なんだ。僕もいったいどうやって作ったか、想像もつかない。だからこそ探索してみたいんだ。オーランゼブルを倒すには、彼よりも高次の存在の力を知る必要がある。付き合ってくれるかい、オシリア?」
「私はあなたの伴侶よ。あなたがそう望むならついていくわ、その首をひねってでもね」
「いい答えだ」
ドゥームはにこりとすると、改めて探索を続けていた。それから数日、ドゥームたちは遺跡の中を探索していたが、いくつかの隠された出口を見つけたくらいで、中には何も見当たらなかった。ドゥームは根気よく洞窟内を探検していたが、マンイーターはつまらなさそうに、ドゥームの後をついてきている。マンイーターはインソムニアを吸収したせいで、その意志の表現が豊かになっていた。
「ねぇドゥーム、そろそろ飽きてきた。それにお腹が空いた」
「確かに何も食べていないね。僕らはほとんど悪霊だから何も食べなくても平気だけど、さすがに気分転換は必要かなぁ。さっき見つけた出口から、一度外に出ようか?」
「うん」
ドゥーム達は一度探索を中止し、外に出た。久しぶりに外の空気を吸うと、悪霊のくせに妙に旨く感じるから不思議であるとドゥームは思う。やはり自分にも人間らしい部分はあると、ドゥームは再確認するのだった。
「(でも何も食べなくても平気だし、僕ってつくづく不思議だよなぁ。どうやったら死ぬかも想像できないし、そもそもどうやって発生したかも覚えていないんだよねぇ。どうやって人間の成分が混ざったんだっけ? 人間が悪霊に襲われてそれで懐胎して・・・いやいや、非現実的だな。それにしては、母体の記憶がありゃしない。まぁ高次の悪霊ならマンイーターがやっているみたいに憑依、もしくは受肉なんてのもあるだろうけど。それにしちゃあ肉体が出鱈目だ。どうやっても死なないんだから)」
ドゥームは遠くを駆ける魔獣の姿を見ながら、その気になればマンイーターのように、憑依したりすることもできるのだろうかとふと考えた。そして、同時に妙なことに気が付いたのだ。
「・・・ねぇ、オシリア」
「なにかしら?」
「僕たち、この数日で何か魔獣か魔物を見たかな?」
「いえ、一度も。痕跡すら――」
そこまで言って、オシリアとドゥームははっと顔を見合わせた。そう、彼らは一体も魔物を見ていないどころか、その痕跡すら見ていない。いかに広い洞窟といえど、出口があるのならそこを塒にしている魔獣がいてもおかしくないだろうと思うのだ。
だがそれすらいないとなると、明らかに違和感があった。ドゥームは周囲で魔獣を追いかけまわして空腹を満たしているマンイーターを呼び止めた。
「マンイーター! どれでもいい、一体捕まえて取り込め!」
「? 記憶を読めってこと? でも知性の低い魔獣なんて、考えていることが知れるかも」
「それでもかまわない。漠然とした意識でいいんだ」
「わかった」
マンイーターは言われるがままに適当に魔獣の一体に憑依して、その体を取り込んだ。そしてその意識と記憶をおぼろげに読み取ったのだ。
「・・・恐れ、禁忌、敵・・・そんなところ、この魔獣が遺跡に抱く感情は」
「そうか、十分だ」
「何がわかったの?」
オシリアが問いかける。ドゥームは真剣な表情で答えた。
「この遺跡には番人がいる。つまりそれは、この遺跡に知られてはまずいことがある証拠だ。問題は、その番人がどこに潜んでいるかだけど」
「それなら話は早いわ。燻りだしましょう」
オシリアが手の中に黒い球体を魔術で作り出していた。力場を圧縮した、魔術の塊。オシリアは突如としてそれらを遺跡の中で放ったのだ。壁に命中し、遺跡が衝撃に揺れる。
「・・・強引だなぁ」
「まだまだよ」
続けざまに放たれる攻撃を、ドゥームは周囲を警戒しながら見守っていた。どこから番人が出現するか、見定めるためである。そして、ほどなくしてドゥームは高速で接近する何かを発見した。
「オシリア、読み通りだ。来たぞ!」
「ふふ、ようやく楽しい展開になったわね」
「ドゥーム、戦っていいの?」
「もちろん!」
3人はそれぞれが期待に胸を躍らせたのだが、彼らの視界に入ったのは、今まで見たこともないような敵だった。
続く
次回投稿は、6/10(火)17:00です。