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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その79~ドーラ③、エルリッチ②~

「・・・向いていないとわかったからだ」

「向いていないと?」

「そうだ。私にはどうしても誰かを率いたり、命令したりするのが性に合っていないのだ。生まれながらの資質だな、これは。私は人に使われることで、初めて力を存分に発揮できるとしか思えない。よく考えれば、元が卑屈な性格なのだ。ようやく最近認めることができた。

 だがそんな私にも誇りはある。迂闊な主には仕えたくないし、まして今更人間などに。その点、あの方は十分だ。かの名高い英雄王ならば、これ以上ない主だろう」

「隠遁することも可能だろう」

「アルネリアの巡礼がうろつく世界でか? 一生安心が得られない世界など願い下げだ。それならばいっそアルネリアを滅ぼしてでも、私は自分の安寧を求める」

「世界の秩序を崩壊させてもか」

「当然だ。私を受け入れることのなかった世界に、未練などない」


 そうきっぱり言い切るエルリッチを見ると、なるほどこの精神性は魔王だなと、ドルトムントは納得する。これが元は『人間』かと思うと、人間とはよくよく業が深い生き物だと思う。そのことはライフレスに仕えた時に、十二分に承知していたはずだったのだが。

 そしてエルリッチが今度は逆に切り出してきた。


「さて、今度は私の質問に答えてもらおう」

「内容によるがな」

「私だけに答えさせておいて、それはなかろう。なに、簡単なことだ。どうしてお前はこれほど長くライフレスに仕えるのだ? 『宵闇の一族』の話は聞いたことがあるが、確かに彼らは卓越した戦闘力を持つが、同時に無欲な一族としても知られていた。金銭的な報酬はいざという時の蓄え程度で、無益な殺生もしないし、基本的には自然奥深くにこもって出てこないはずだ。それがなぜ、人間に仕えた?」

「・・・かつて、姉がいた。私と、姉と、ライフレスと、他に数名。我々は旅の仲間だった」


 ドルトムントは少し遠くを懐かしむように、顔を上げた。


「まだグラハムが少年のころだ。もう既に我々の一族は衰退の一途をたどり、また新天地を求めてそれぞれが新たな住処を探すために旅をしていた。私と姉シェリーもそうだった。その過程で我々は出会った。

 姉は私よりもはるかに格上の剣士だった。私はせいぜい剣に近い得物しか使えないが、シェリーは武器を選ばなかった。戦い方次第ではティタニアに迫る強さを、いや、それ以上の強さだったかもしれん。私でもグラハムでも、ついにシェリーの全力を引き出すことはできなかった。ティタニアと違うとすれば、彼女にはただ一つ、戦う覇気だけが欠けていた。

 ライフレスに戦い方の手ほどきをしたのも、シェリーと私だ。ライフレスに文字や算術、道徳といった教育を施したのもシェリーだ。初歩的な魔術すらもそうだった。シェリーはあらゆる意味でライフレスの師であり、そして姉であり、友人であり、そして恋人で、妻だった」

「・・・婚姻をしていたのか?」

「それどころか子どもがいた」


 ドルトムントの言葉に、エルリッチの歩みが止まる。


「待て。そんな記述は歴史書には見られないし、何よりそのようなことは一言もあの方は告げていないぞ?」

「忘れたのだ。いや、忘れるためのあの体になったというべきか。シェリーとその子どもは戦いの中で死んでいった。我々の人生は戦いと共にあった。やむを得ない出来事だっただけに、ライフレスは感情のやり場をなくした。彼らをなくした悲しみと怒りは、当然のように戦いに向けられたのだ。だが千を超える戦場を経ても、その感情が昇華されることはなかった。

 戦いを求める極地として、記憶と人生の一部をなくすことで、ライフレスは不死身に近い体を手に入れることに成功した。いや、記憶をあえて差し出したかったのかもしれない。オーランゼブルと関わってからはもっとだ。

 だから私はライフレスの傍にいる。あの人の真実を覚えているのは、もはや私だけだ。私が仕える前から友人であったことなど、もはや覚えてもいないだろうが、それでも私はライフレス、いや、グラハムのために剣を振るうのをやめないだろう。たとえこの身が朽ちようともな。それが私の剣の誓いであり、戦う理由だ。私の剣は、彼の敵を駆逐するためだけに存在する」


 ドルトムントはそう告げると、足早に去って行った。残されたエルリッチも何かを考えているようだったが、やがて闇に溶けるように消えていった。

 その時ドルトムントは偽らざる本心を語っていたのだが、一つだけエルリッチに語らなかったことがある。そこまでして固く誓った剣なのに、ジェイクと切り結んだ時、この上なく気分が高鳴り、また同時に押しつぶされそうなほど心苦しかったことに。もし叶うならば、かつてライフレスとそうしたように、ジェイクと共に背中を合わせて戦ってみたいと思ったなどとは、口が裂けてもドルトムントは言えなかった。



続く

このシリーズはこれにて終了です。感想・評価などお待ちしています。次回より新シリーズです。

次回投稿は、6/6(金)18:00です。


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