逍遥たる誓いの剣、その76~メイソン②~
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ほどなくして――メイソンは屍の山の上に座っていた。正確には灰となった魔王の群れの上に、である。口には葉巻、手には投擲用の小さい鉄杭を遊ばせている。その表情はどこか茫洋としていて、掴みどころがなかった。彼の足元では灰となった魔王たちが、風にのって順に消え去っていた。
そこに一人の人間が歩いてきた。少年のような身なりに、重厚な司祭服をまとった姿はいっそ滑稽ですらある。その者がぎこちない足取りで歩いてくると、メイソンに気楽に話しかけた。
「よっ、おっさん。元気か? 随分と殺ったもんだ。ざっと30体ってところか」
「・・・なんだ砂利。俺は今神聖な祈りの最中だ。邪魔するな、しないでください」
「どうせ通じない祈りなんか脇においておけよ、殺戮者メイソン。それとも狂信者、の方がしっくりくるか? そんなことより建設的な話をしようぜ」
砂利扱いされたポランイェリだが、気にかけることなくメイソンに対等に口をきいた。メイソンもこの男の話し方を指摘してもどうにもならないことを知っているので、放っておくことにしている。
それよりも口先三寸で巡礼の14番にまで上り詰めたポランイェリは、その能力を十分に発揮する。
「久々にあんたに正式な任務が下された、黒の魔術士たちの討伐任務だ。受けるかい?」
「・・・任務とあれば受けなければならないだろう。俺もアルネリアって組織の一員だからな、ですから。だがつまらんな。その任務を俺に命じたのは、ラペンティとミリアザールの、どっちのババアだ? どちらのご老体ですか?」
「それ、言い直してもなお失礼だよ。残念ながら、どちらでもありません。我々の頂点に坐する人からの命令ですよ、ある意味彼女もババアですが。おっと、失礼」
ポランイェリの言い草にメイソンは目を一瞬丸くし、そして忍び笑いを漏らした。
「くくく、やはりお前は面白い。詳しい話を聞こうか、聞きましょうか」
「そうこないとね」
ポランイェリは詳しい依頼の内容を話し始めた。そして話を聞き終わると、メイソンが思いのほか真剣な表情になったのだ。
「今回の作戦の発案は、本当にラペンティか?」
「さあ? 僕の知ったことではないけど、気になるなら調べようか?」
「いや、いい。それより本部に久しぶりに顔を出そうか。そのアノルンなるシスターの顔が見たくなった、なりました」
「まあ直属の上司だからね、一度は顔を見ておいた方がいいだろう。ちなみに、結構な美人だよ」
「外見に興味なんざねぇ、ありません」
メイソンはそれだけ言うと、黒の司祭服に身を包んでその場を去る準備を始めた。辺り一面は火に包まれており、既に動くものは一つとしてない。魔王に召喚された魔物たちも、一体残らずメイソンが殺して回った。さきほどメイソンが話していた盗賊たちも、それぞれ魔物に殺されたのか、無残な死骸をそこらにころがしていた。
いや、一人だけ。先ほどのまとめ役だと思われる男はわずかに息があった。潰された下半身のせいで出血が少なかったのか、死に損ねたように恨めしそうな目でメイソンとポランイェリの方を見ている。だが二人とも、彼を助けようとはしない。
念のためポランイェリがメイソンに問いかける。
「助けないのかい? 一応、回復魔術は使えるはずだけど」
「それはお前も同じだ」
「僕は生憎と慈悲深い方じゃなくてね。依頼外のことは一切しないクチなのさ。でも君はいつもアルネリアの慈悲がどうのとかのたまっているじゃない?」
「アルネリアの慈悲は無限だ。だからこそ彼らにはふさわしい死をアルネリアは賜うた。仲間を売り払うような男が人間のまま死ねるなど、過分なまでの扱いだ、です」
「うわー、そういう解釈しちゃうんだ。随分と都合のよい信仰だこと。まあもっともだけど」
「それよりも、最近魔術が使えない土地がまた増えている。気付いたか?」
「ああ、仕事柄いろんな土地に行くからね。報告だけは上がっているけど、まだアルネリア教会では何も対策は打ち出されていないよ。ただそのアノルン様だけは何かしら考えて――」
男は遠ざかっていく2人のやり取りを聞いて、まさか完全に無視されるとは思わなかったので一瞬目を見開いたが、燃え盛り倒れる建物が彼を炎の中に押し込めた。そして後には今度こそ、誰一人として生きている者はいなかったのである。
これは辺境ではありふれた話。この場所にはやがてまた、人の世を追われた何かが棲み始めるだろう。それこそが辺境が辺境足るゆえんであり、放置される理由でもある。
続く
次回投稿は、6/1(日)18:00です。