逍遥たる誓いの剣、その72~揺れる誓い①~
「変化が始まっている?」
「はい」
緊急で帰還したミリアザールに、アリストが報告を入れた。彼はかつてラファティを指導した者として、ラザール家の獣化について知識はあった。ゆえに口無したちでもその秘密を知る者とクルーダスの亡骸を整える作業についていたのだが、その際最初は人間だったクルーダスの亡骸が徐々に獣に近くなっているとの報告が上がってきたのだ。
アリストはどうしたものかと思案したが、少なくともこれでは秘密を知らない者には見せるわけにはいかないと、彼はミリアザールの帰還まで秘密を知る者以外、誰の目にもクルーダスを触れさせないことに決めた。幸いにしてミリアザールの帰還は早かったものの、それも翌日の日が暮れる前のことであった。
「クルーダスが獣化したところを見た者は?」
「報告ではジェイク、そして巡礼のブランディオ、そしてハミッテだけの模様です」
「なぜ杠がそこにおる。詳細を報告せい」
ミリアザールはアリストがまとめた報告を聞いた。ジェイクからの証言が多いが、最初はクルーダスが賊を捕まえるために地下水路に入ろうと誘ったこと。アリストに一報入れるように提案したが、クルーダスが反対したので、ハミッテの正体を知らず、なんとかしてくれるよう伝えたこと。地下水路で出会った魔物が非常に強力で、クルーダスが全力以上の力を引き出したこと。そして錯乱したクルーダスがジェイクを襲ったこと。クルーダスを仕留めたのは、アルネリアの生徒だと思われていたドーラであること。その正体がドルトムントであること――
後に確認したブランディオ、ハミッテの報告をつき合わせても特におかしな箇所はなく、ミリアザールは悲痛な面持ちでその報告を冷静に聞いていた。そして同時に、巡礼者イプスの死亡が確認されたことも聞いた。
ミリアザールは改めてアリストを呼び出してその話を問いただした。その頃には既に時刻は深夜となっているが、ミリアザールは疲れる素振りすら見せず、報告を聞いていた。
「ではイプスの暴走でこのような不手際になったと?」
「ええ、ブランディオからはそのように聞いています。そして敵はブラディマリアの眷属であり、万一のことを考えてイプスの死体を『有効活用する』とまで連絡してきました。いかがいたしますか」
「・・・好きにせいと伝えよ。ただし、弔いは丁寧にせよと」
「了解いたしました」
「他に報告はあるか?」
「いえ、今のところは」
「ならよし。一度下がれ」
ミリアザールに礼をして、アリストは退室した。しばし神妙な顔で悩んでいたミリアザールだが、不意に声を上げた。
「リサ、ミランダ。どう思う?」
「正直予想外の方向に話が行き過ぎて、考えをまとめづらいのですが」
「完全にしてやられたと思うけどね」
リサとミランダが、すっと隣の部屋から姿を現した。一連の報告は全て聞いていたのである。ミランダもまた所用でアルネリアを外しており、緊急に呼び戻されたところである。その表情には苦虫をつぶしたように、難色が見て取れる。
「揃いも揃って、上役がアルネリアを離れた隙に起こった出来事だわ。アルネリアという都市機能自体に破綻がなかったのは不幸中の幸いだけど、大失態極まりないわね。アリストが機転を利かしていなかったら、西門が強引に中から破られたことが露見するところだった」
「私も敵の気配から応援を呼ぶことが最適とは判断したのですが、まさかこの件がそのような方向に行くとは思っていませんでした。最初はミランダの依頼通り、窃盗犯を探しながらイプスの動向を調べるだけのつもりだったのですが、とんだ展開もあったものです」
「なるほど。ミランダはイプスが怪しいと睨んでおったか。で、結論はどうなのか?」
ミランダとリサは顔を見合わせた。
「正直、証拠は何もない。だけどアタシはマスターを狙う奴の正体がなんとなくわかった気がする。というか、最初からおかしいと睨んでいた」
「ほう、誰じゃ?」
「それは――」
「ちょっと待って下さい。その話、リサが聞くとまずいのでは?」
リサが止めようとしたが、ミランダは逆に首を振った。
「いいや。アタシとアルフィが友人だってのは、もう誰もが知ってることだ。むしろこの話を知らない方が、危険に気が付けないと考える。だからリサも聞いておくんだ」
「まだ可能性の段階で、断定ではないのでしょう?」
「確かにそうだが、こいつは一筋縄じゃいかない相手だ。敵であろうがなかろうが、気を簡単に許す相手じゃない。
アタシが考える獅子身中の虫は、シスターラペンティ。巡礼の二番手だ」
ミランダの報告を聞いても、ミリアザールは表情を変えなかった。その様子にミランダが首を傾げた。
「マスター。予想してたって顔だな」
「ああ、一応な。むしろワシに弓引きながら正体を悟られないようにするほどの存在が、奴程度しか思いつかなんだということもある。ただし、この敵は厄介じゃ。何せ尻尾を掴めんし、影響力が大きいせいで誰が奴の傘下におるのかもわからん。
それに信じたくないということもあった。歴代の巡礼の中でも、奴の功績は格別。アルネリアの光も闇も知り尽くすほどに、彼女はワシに忠実に仕えてきた。それに既に引退してもおかしくないほどの高齢でもある。それが今更なぜ、という動機が全く思い当らんのじゃ」
「動機か。確かに、ラペンティは報告だけなら十二分に優秀だけど、ワタシは媚び諂う相手は嫌いでね。最初から彼女のことは気に入らなかった」
「そう言うな、あれはお前のことも心から尊敬しておる。若き頃より、お前の活躍を聞かせてやると顔を輝かせて聞いておった。明らかのお前の存在が励みだったのだろうよ」
「よしてください。その結果が反逆じゃあ、なんのためにもなってない」
「あの、そのラペンティなる人物は何者ですか?」
リサは質問した。およそ初めて聞く名前に、どう反応したものかわからなかったのだ。ミランダとミリアザールは頷き合うようにリサに説明した。
続く
次回投稿は、5/24(土)18:00です。