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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その71~ジェイク⑥~


「馬鹿な、餌食だ!」


 ルナティカがあっと思ったその時には、既にドルトムントの剛剣がジェイクの下を通過しようとしていたが、ジェイクはただドルトムントの剣をかわすだけではなく、剣を突き出し、ドルトムントにわざと自分の剣を払わせることで、自らの体捌きを加速させた。


「何!?」


 ドルトムントは既に二の剣を振り下ろそうとしていたため、今更止まることなどできない。加速と回転のついたジェイクから、ドルトムントの兜めがけて剣が振り下ろされた。

 交差は一瞬。ジェイクはドルトムントの剣をよけるべく体を捻っていたため思うような一撃を加えられなかったが、確かにジェイクの切っ先には手ごたえがあった。そしてドルトムントの剣はジェイクをまともにとらえることこそなかったが、その圧倒的な風圧でジェイクを巻き込み、そのまま地面に叩きつけた。

 巻き上がる土煙と城壁の破片が地に落ちる前に、ルナティカは叩きつけられたジェイクをいち早くつかんで後方に飛びずさった。ジェイクは見た目こそ大きな怪我をしていなかったが、叩きつけられた衝撃で苦悶の表情を浮かべており、これ以上の戦闘継続が不可能だとルナティカは判断した。

 もしドルトムントが動けないほどの打撃を与えられていたならば、ジェイクを置いてドルトムントを確保することも考えたルナティカだが、残念ながらそこまでドルトムントは甘い相手ではなかったようである。


「ジェイク・・・やるな!?」


 ドルトムントの兜はその一部が欠けていた。双角の片方が欠け、不格好な兜と成り果てていた。変わらずドルトムントの表情はわからないが、その気配は傷を負わされた不快感というよりは、強敵を見出した時の歓喜といった方が適切なのか。それでも一分の隙もないドルトムントに、ルナティカはただジェイクを抱えながらドルトムントを睨みつけるのが精一杯だった。

 ドルトムントは欠けた角を確かめながら、ジェイクに語り掛ける。


「確かに私が侮っていた。そのことは詫びよう。だが同時に、これで私が遠慮する理由もなくなった。さて、今から全力で立ち会おうか――と言いたいが、どうやら時間切れのようだ」


 ドルトムントは街中をちらりと見て、馬蹄音や人の声が増えたことに気が付いた。この門に到達するまでほとんど時間もないだろう。


「私は去るが、この決着はいつかつけよう。騎士の約束――いや、誓いとして。それまでに、自分の剣がなんたるか、しっかりと見出しておくことだ。クルーダスのように自分の剣を見つけられていなければ、私の剣には決して届かないだろう。これは忠告ではない、事実だ」

「待てドルトムント。俺はまだ――」

「さらばだ、ジェイク。皆には上手く伝えてくれ。そして――すまない」


 ドルトムントはそう告げると、城壁の上から身を翻した。そして重量感のある着地音が聞こえると、ルナティカはその身を乗り出してドルトムントの逃げる方向を見たが、北西に駆けていく闇色の塊が少し見えただけで、すぐにその姿は闇に紛れた。灯りの少ない山野では、ルナティカの視力をもってしても闇に紛れるドルトムントを見い出せない。

 ルナティカはジェイクの元に戻ると、彼が拳を地面に叩きつける手を掴み、やめさせた。


「やめろ。手を痛める」

「くそっ、くそおおおっ! 何も、何もできなかった!」

「・・・よくあること。人が簡単に死んだり壊れたりする世界では、特に」


 ルナティカは自身の経験も交えて素直な慰めを述べたが、ジェイクの耳に入ることは決してなかった。ドルトムントの兜に傷をつけることだけでも相当名誉なことなのだが、ジェイクもルナティカも、そんなことは知りもしなかったし、どうでもよかった。


***


 そして一夜明けて。クルーダスの死亡がグローリアにて公表され、多くの者が自分の耳を疑った。現在のグローリアで最強の騎士であったクルーダスが死ぬなど信じられなかったのか、多くの者が各教官に問い返したが、ただ事実のみが告げられただけで、その詳細が明かされることは決してなかった。

 噂は飛び交う。昨日市街地で爆発音を聞いた者がいたとか、あるいは小火が何らかの関係があったとか、また西門を破った者がいたとか。ただどれも曖昧な情報として処理され、真実に到達する者は誰もいなかった。またクルーダス自身、親しくしていた者はマリオンとミルトレくらいであり、クルーダスの死を悼み悲しむ者は多くあれど、彼のために涙を流す者はそう多くはなかった。彼らの中でこの記憶は徐々に風化していくのだろう。

 ミルトレはしつこく教官に食い下がったが、無駄と悟るとマリオンと共に深緑宮に乗り込んで、今度はアリストに詰め寄った。だがアリストとて全てを話せるわけもなく、アルネリアの中に潜んでいた賊に不覚を取ったとしか告げられなかった。マリオンはアリストの言い様に何らかの意味を感じ取ったのか、さらに食い下がろうとするミルトレを引きずるようにして下がっていった。彼らは、クルーダスの亡骸にすら会わせてはもらえなかった。そのようにアリストに命じられたからだ。

 なぜなら――



続く

次回投稿は、5/22(木)19:00です。

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