逍遥たる誓いの剣、その70~ジェイク⑤~
「ドルトムント!」
ドーラの名乗りに対し、ルナティカが初めて声を上げた。彼女ですら驚くドーラの正体。それもそのはず。英雄王グラハム――ライフレスに仕えた、最強の騎士。まだ騎士という概念が世の中に存在しない頃、最初の騎士と呼ばれ、その行いが後の世の規範となったと言われる戦士。そして、その強さもまた伝説となった。
その戦いぶりは正々堂々としており、卑怯なことを嫌い、弱きを助け悪しきを挫いた。戦場において逃げ傷の一つもなく、常に勇猛果敢に戦った男。英傑が集ったグラハムの部下の中で、最も英雄譚を多く残した、最高の戦士である。千年たった今も、その強さと高潔さに並ぶ騎士はいないとまで言われる。
それが目の前にいるのだ。ルナティカでさえ、そのお伽話は知っていた。
「馬鹿な。千年も前の話」
「英雄王が生きているのだ。私が生きていても不思議ではあるまい?」
「だがしかし」
「ネタをばらしてしまえば、私は亜人だ。私の一族は非常に長命だが、数が少なく新たな命が滅多のことでは生まれない。姉が死んで、もう私が最後の一人になってしまった。
だがこう見えて、英雄王に武芸を教えたのも姉と私だ。グラハム――ライフレスよりはかなり長く生きているな。もう1500歳にもなるだろう。正確な年齢は忘れたがな」
「せんご――」
「それでも寿命の半分程度か。人間に換算すれば30歳半ばといったところだ。多少長生きしすぎな気もするが、それでもこの激動の時代であったのは幸いだったな。長く生きて、退屈だったことは一度もない。だが、そんなことは今はどうでもよいのだ。肝心なのは、これからだよ」
ドルトムントがジェイクをじろりと見た。その表情には怯えなどは一切見られない。いまだ澄んだ目。ジェイクの瞳に迷いはなかった。
「そうか。私が何であっても、気持ちは揺らがないか」
「ああ。お前の正体がなんであれ、俺のやることは変わらない。アルネリアの騎士の一員として、そしてお前の友人として、ここでお前を止める」
「言うことだけは一人前だ。が、実力が伴わねばただの道化となる!」
ドルトムントが一歩踏み出した。巨躯に相応しいだけの重量感と、重々しい威圧感がジェイクにまとわりつく。傍で見ているルナティカでさえ相当の圧力を感じるが、対峙しているジェイクはその比ではないだろう。
だがジェイクの精神状態はどうなっているのか、ただドルトムントをまっすぐに見つめて動かなかった。目に入るのは先ほどまでとは比べ物にならない大刀。そして表情の見えぬ鎧の化け物。片手で軽々と斬馬刀並の大刀を振り上げるその迫力は、かつてサイクロプスをまとめて三体胴斬りにしたというのも頷ける。
だがそのドルトムントが大刀を振り下ろそうとした瞬間、ジェイクが疾風のごとく動きが、ドルトムントの顔面を剣の腹で打ち据えていた。起きた衝撃よりも、何をされたのか一瞬わからなかったドルトムントは現実を認識して驚いた。そして、それ以上にジェイクの表情に驚いたのだ。
「俺を馬鹿にしているのか、ドーラ!」
「・・・なんだと?」
「お前の剣には殺気がない、俺を打ち据えて逃げるつもりか。俺には本気で相対する資格もないというのか!」
ジェイクの声は怒りに満ちていた。確かにドルトムントはジェイクを本気で殺すつもりはなかったので、せめて戦闘不能にしようと考えていた。だが研ぎ澄まされたジェイクの感覚の前では、少々迂闊な選択となった。
研ぎ澄まされたジェイクの感覚は、容易にドルトムントの動きを凌駕した。ドルトムントはジェイクの成長幅を見誤っていたことに気付く。鎧越しにドルトムントの表情が変わったのがジェイクとルナティカにも伝わった。
「ジェイク・・・意地は時に人を殺すぞ?」
「俺は最強になると誓ったんだ。お前が相手でも、いや、相手がお前ならなおさら退くわけにはいかない!」
「馬鹿がっ、それは誓いではなく呪いと言うのだ!」
ドルトムントが大剣を構えた。振り下ろせば城壁ですら抉るであろう剣が、油断なくジェイクに狙いを定める。受ければジェイクを剣ごと真っ二つにするだろう。
それでもジェイクは躊躇なく飛び込んだ。守れば負ける、ならば先に攻撃するしかない。ドルトムントが殺気と共に大剣を振り下ろす。唸りと共に襲いくる武骨な鉄の塊が、ジェイクの胴を薙ごうとしたその時、ジェイクは飛んでいた。
続く
次回投稿は、5/20(火)19:00です。