逍遥たる誓いの剣、その69~ジェイク④~
「ジェイク、もう来たのか」
「ああ、来た」
既に二刀を抜いているドーラに対し、ジェイクは剣に手をかけもしていなかった。その様子を見て、ドーラも剣を下げる。地面には、おそらく気絶しているであろう城壁の兵士たちが多数横たわっている。先ほど倒れた者たちで最後だったのだろうか、この場所に立っているのはドーラ、ジェイク、ルナティカの三人だけだった。
これだけのことをしでかしながら、ドーラはいつものように優雅にジェイクに話しかける。
「何の用かな。僕のことは敵だと認識したんじゃあないのか?」
「敵だとは思う、でも友達だとも思っている。だから疑問を晴らしに来た」
ジェイクの声にドーラが驚き、そして困ったような顔をした。その中には、どこか嬉しそうな表情が見えなくもない。
「困った奴だな、ジェイクは。そんなことを言われたら、うやむやにして脱出するっていう手段が取れなくなるじゃないか」
「好きにすればいい。その前に質問に答えてくれればありがたい」
「そのつもりだよ。時間が許す限りね」
ドーラはちらりと市街地を見やった。既に深緑宮はこちらの動きに気が付いているだろう。ドーラもここまで暴れておいて警戒が鈍いのは深緑宮が手薄だからだとわかったが、さすがにこれ以上の長居はまずいと思った。いかに手薄でも、自分を追跡するだけの能力を持つ誰かはいるだろう。
だが、幸いにしてまだ誰の気配も感じない。ジェイクもまた時間稼ぎに来たわけではないとドーラは判断し、彼の質問に答えることにした。正直もう少し、ジェイクと話していたくもあった。
「質問するなら早くしたらどうだい? 時間は限られているんだ」
「アルネリアに潜入した目的は?」
「君の警護さ。君は自分が思うよりも注目された存在だ。もっとそのことを自覚した方がいい。ドゥームなんて小者に殺させるわけにはいかないんだよ。もちろんクルーダスにもね」
「だからクルーダスを殺したのか」
「そうだ」
ドーラの声には澱みがなかった。ジェイクは質問を変える。
「お前は黒の魔術士の仲間か?」
「首魁のオーランゼブルとは知らぬ仲ではない。一応その縁もあって彼に協力する立場ではあるが、別に主と決めた人がいる。そういった意味では、本当の仲間とは言いがたいかな。少なくとも彼らと思想は共にしていないし、彼らの主義主張なんてどうでもいい」
「俺たちと行動を共にしたのは、全部演技か」
「君を護るために、確かにいくらかの演技を必要とした。なにせ、見た目と実年齢がまったく違うものでね。でも君たちと交わした会話が全て嘘だったわけじゃない。むしろ、君たちと交わした会話はほとんど偽らざる僕の本音だ。
グローリアは良いところだ。多少の諍いや争いはあるが、多くの若者が希望を胸に勤しんでいる。ああいう場所があるのなら、かつて好きでもない剣を振るって戦ったのも無意味ではなかったと思える。
マリオンは良い王になるだろうし、ミルトレはきっと立派な指揮官になる。ブルンズやラスカルだって、良い騎士になる可能性を秘めている。ルースはまあ・・・悪い方向に行かないことを祈るよ」
「ネリィのことはどうなんだ?」
「・・・痛いとこをつくね」
ドーラが困ったような顔をした。その心情は表情だけでは読み取れないが、確かに彼はネリィのことを何とも思っていないわけではないようだった。
「ネリィはお前のことを真剣に好いている。最初は単なる憧れかと思ったが、ネリィがお前のことを考えている時は本当に幸せそうだ。俺はネリィの兄代わりとして、その幸せに責任がある。ドーラがネリィのことをどう思っていたのか、本当のところを聞かせてほしい」
「ネリィは――彼女はとても良い子だ。本当に、僕にはもったいないと思っている。願わくば、僕のことは忘れてくれると助かる」
「ネリィの気持ちに応えるつもりはないのか」
「敵である僕に、その期待をするのか?」
「ネリィのことを考えるのなら、その選択肢を考えないでもない」
ジェイクの言葉に、ドーラは多少呆れ顔になった。
「・・・本当に君って、時々すごく大胆だよね。誰よりも騎士らしいのに、既存の概念にはとらわれない。でも、生憎とそのつもりはないよ。彼女のことを娘や妹のように愛しいと思うことこそあれ、伴侶として過ごすことはできない。その資格も僕にはない――流れる時が違いすぎる」
そう告げたドーラの顔は本当に悲しそうで、ジェイクはそれ以上ドーラを責めるつもりにはなれなかった。少なくとも、ドーラの心情は聞けた気がする。
ジェイクは次の質問にうつる。
「最後に一つだけ。ドーラ、お前は何者だ?」
「ふふ、やはりその質問は外せないか。僕は本当にドーラだよ、この姿もまた僕の真実だ。旅を愛し、芸術を愛し、自由な時を謳歌し、そして時に剣を振るう。そんな僕ではいけないか?」
「誤魔化すな。俺は『騎士』としてのお前に聞いている」
そのジェイクの言葉に、ドーラの目がぎらりと光った。
「できればただのドーラで通したかったが、君のように勘がよいとそれも無理か――よかろう」
ドーラの口調が変わり、その姿が再度闇に包まれる。月明かりの下、確かに影が自らの意志を持つようにドーラにまとわりつき、その姿を変えた。
そして巻き付くようにドーラにまとわりついた闇が崩れた時、そこには闇色の鎧をまとった巨人が立っていた。
「私は『宵闇の一族』の末裔にして、我が主グラハムに忠誠を誓う者。世に知られた名では、私をドルトムントと呼ぶ」
続く
次回投稿は、5/18(日)19:00です。