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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その68~ジェイク③~

***


 周辺騎士団内は騒然としていた。彼らは立場上神殿騎士団の下位に属する騎士団だが、周辺騎士団の一人一人が神殿騎士団よりも劣っていると感じているわけではない。神殿騎士団と周辺騎士団の違いとは要は役回りであり、聖女ミリアザールに直接仕えるか、または市街地で民衆を守るかの違いだった。周辺騎士団員は、彼らなりの誇りを胸に日々勤めているのだ。

 たしかに神殿騎士団の任務には魔物討伐も含まれるため、戦闘力という点では神殿騎士団の方が優れるが、むしろ人探しや民衆間の仲裁といった出来事は周辺騎士団の方が得意とするところだ。よって、多少の荒事や近隣の魔物討伐を扱うこともあるものの、基本的には周辺騎士団は神殿騎士団とは独立して、平和を維持するための騎士団であった。

 それが今夜、神殿騎士団の要請で大量の人員を駆り出されている。しかも地下水路からは生々しい戦闘の後と、神殿騎士の死骸が発見される始末。おまけに詳細は不明だが、若いと思われるシスターの首なし死体まで出た。地下水路の惨禍を見る限りでは、どうして地上の住人が気付いていないのか不思議なくらいであった。

 そうして非番の者まで駆り出される中で、今度は市街では小火が出た。今日は厄日だとぼやきながら何人もの騎士たちが出ていき、これ以上門外で到着が遅れた商人や旅人が出ませんようにと門衛たちが祈っていた。もし閉門後に門を訪れる者がいれば、近隣の宿泊施設まで誘導するか、あるいは門の中にある簡易の宿泊所に泊まらせるのが常であったが、どちらにせよ人手を割かれることには違いない。この一帯は安全だからと門外で野宿をさせることすらあるが、襲撃の一件があって以来、門の外での野宿は禁止とのお達しが出ていたるので、余計に面倒なのだ。

 そんな状況で、残された門衛達が仮眠をとるために交代をしようとしたところ、不意に内側から門を開けて入ってきた存在と鉢合わせしたのである。入ってきた少年はにこやかに挨拶をし、自分は伝令で急ぎの要件が見張りにあると告げたのだが、そもそも自分で門を開けて入ってくるのがおかしかった。門は勤務する者ですら開けられる者が限られており、何らかの用事で外に出た者が帰ってくるときには、暗号や戸のたたき方をいちいち決めておくのが習慣であった。ゆえに、自分で鍵を開けて入ってくる者がいるはずがない。

 門衛たちは顔を見合わせると、一人は少年の調子に合わせてにこやかに立ち上がり行く手を遮ると、もう一人が部屋の中にある紐をぐいと引っ張った。その瞬間、二人は昏倒するする羽目になるのだが、同時に侵入者を告げる知らせが見張りに飛ばされ、門からはけたたましい角笛が鳴らされるのであった。


「ふう。マスカレイドの奴め、詰めが甘いな。あっさりと見破られたぞ、どうしてくれる」


 侵入者はドーラ。近寄ってくる足音の主たちを撃退するために、彼は二刀を抜くのだった。


***


「角笛だ」

「異常の合図?」

「そのはずだ」


 馬を駆るジェイクと、並行して走るルナティカが同時に角笛の音を聞いた。ジェイクは周辺騎士団でも下働きをしていたため、知識として何かしら異常があった時には角笛がなることを知っているが、建物の合間では正確な音源を特定できない。

 ルナティカは角笛が鳴ると同時に素早く建物の上に飛び上がり、その方向を確認して降りてきた。


「西門の方向だ。小火もあちらのようだな」

「小火は囮だ。今頃門が襲われているはずだ」

「そのドーラとかいう少年一人に? いかに相手が周辺騎士団とはいえ、無謀すぎ」

「いや、そこに警備兵が百人いても足りない。急ごう」


 ジェイクは馬に鞭を入れ、ルナティカはより足を速めてジェイクについていった。彼らは角笛に続き照明弾とでも言うべき魔術が空に打ち上げられるのを見たが、いつの間にか角笛はやんでいた。

 ジェイクたちは小火の出所を避けるように道順を取ると、そこは不気味なほど人気がなくなった門に到着した。いつもなら篝火や警護が数名いるはずなのだが、いつもよりひっそりとした西門は、その巨大さゆえに動かざる巨大な魔獣にでも見えなくもない。

 ジェイクは馬を乗り捨てると、わずかに開いている戸口に駆け寄った。ルナティカも後に続く。


「中に気配がしない」

「それどころか、上の方では戦いの気配。侵入者は中にいる」

「よし」


 ジェイクの決断は早い。戸口を開け、小走りに中を駆けあがる。ジェイクはこの西門に来たことがあるわけではない。だが暗闇の中、何かに導かれるように彼は迷わず階段を駆け上がった。ルナティカでさえ、後に続くのが精いっぱいである。


「(不思議な少年。そこまで強いわけでもないのに、彼の存在と行動には確かさがある。まだ自覚をしていないだろうけど、この少年はきっと人の及びもつかないことをしているのだろう)」


 ルナティカがジェイクの背中を見ながらそのようなことを考えていた。そして彼らは一直線に塔を駆け上がると、門楼で戦う影を数名見た。だが決着は一瞬。小さな影は一合たりとも切り結ぶことなく、数名の影を打ち据えていた。

 ジェイクは青い月だけが顔をのぞかせる薄暗闇の中、影の正体を確かめるまでもなく声をかけた。


「ドーラ」


 ジェイクの声は静かであったが、そこには無視できぬほどの力強さがあった。影の動きがぴたりと止まり、白い月明かりが影を払った。



続く

次回投稿は、5/16(金)19:00です。

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