逍遥たる誓いの剣、その67~ジェイク②~
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ジェイクは強大な敵と戦っていた。それは今まで戦った、あるいは見たことのある中で、最も強大な相手。逃げることもできたかもしれないが、ジェイクの中にある何かがそれを許さなかった。
黒い山のようにそびえたつ敵に、ジェイクは勇猛果敢に斬りかかっていった。だが、それは勇敢ではなく無謀。ジェイクの剣はあっさりと弾かれ、ジェイクは転げまわるようにしてその敵の剣をよけていた。何をどうして戦ってよいのかわからずとも、ジェイクはその敵に挑み続けた。無謀な挑戦をジェイクはやめたくなかった。逃げれば、それが最後になるとわかっていたから。そしてその最中、その敵がふっとジェイクを見て笑ったのだ。
「(どうして、僕に斬りかかるんだい?)」
ジェイクは、お前が敵だからだと答える。だがその山のような敵は一層笑って、こう返してきたのだ。
「(敵か――僕は友達だと思っていたよ)」
ジェイクがはっとすると、その敵は山のようではなく、ジェイクと同じくらいの身長の少年へと変化する。だが背丈が縮もうとも、その威圧感はそのままに、敵は笑っていた。
そして剣を振るうのだ。ジェイクがぎりぎり受け切れるくらいの速度で。明らかに手加減していることが、ジェイクにもわかっていた。
「(もっと強くなって追いかけてこい。貴様の力では、まだ届かぬ)」
少年は最後まで笑っていたが、その口調は少年のものではなかった。そしてジェイクは闇に包まれたその表情を読み取ろうとしたのだが、その前にジェイクの視界は暗転したのである。
そして――
「うああっ!」
ジェイクは飛び起きた。その目の前には驚いた顔のシスターがいた。ジェイクは周囲を見渡す。そこは地上であり、目の前には地下水路への入り口があった。周囲には周辺騎士団と思しき面々が見える。そのうちの何人かには、ジェイクも見覚えがあった。
ジェイクは状況の把握が正確にできないでいた
「ここは・・・?」
「無事でよかったです。混乱されるのも無理はないでしょうが、我々はハミッテ女史からの要請を受け、先ほど地下水路内で倒れていたあなたを救出してここに寝かせたばかりなのです。まだ地下水路を出ていくばくも経ってはいません。
申し遅れましたが、私は周辺騎士団付きのシスターパーラでございます。どうか御見知りおきを、若き神殿騎士殿」
「神殿騎士・・・」
ジェイクは剣の柄に神殿騎士団の文様が彫ってあったのを思い出す。聖女を象ったその文様は、アルネリアに限らず絶大な信頼と権威を誇る。その文様を見て、ジェイクははっと思い出した。
「クルーダスは? 先輩はどこだ!?」
ジェイクがパーラの肩をつかんでゆすると、彼女の顔はふと暗いものになった。そしてちらりと横を見るのだ。
パーラの視線の先には、一つの大きな布が敷かれてあった。少し盛り上がったその大きさは、人の姿に見えなくもない。
ジェイクはそれが何かを察すると、よろよろと起き上がり、そちらの方に歩いて行こうとした。その動きをパーラが止める。
「いけません、まだ動いては!」
「平気だ、どいてくれ」
ジェイクはパーラの肩をつかんで持ち上げるようにどかせると、布の傍により、そっと持ち上げた。その下には予想通り、クルーダスがいた。目を瞑ったその姿は、どこか穏やかにも見える。世の中のしがらみから解き放たれたかのように、彼の死に顔は穏やかだった。ジェイクはそのような静かな顔をしているクルーダスを見たことがない。ジェイクの知るクルーダスは、精悍ながらどこかいつも悄然としているように見えていた。それはもしかするとラザール家の宿命かとも思い、勝手に決めつけていたのだが。どうしてもっと彼のことを知ろうとしなかったのかと、今になってジェイクは悔やんだ。
もし知っていれば。クルーダスがジェイクにその執念を向けた理由もわかるのだろうかと、ジェイクはどれほど後悔してもしきれない思いにとらわれていた。そんな彼にかける言葉もなく傍でパーラがおろおろとしていると、そこにリサとルナティカがやって来た。
「ジェイク! 無事ですか?」
リサはジェイクがや運び込まれたというとこまでしか連絡を受けていなかったので慌てて飛んできたのだが、意外と元気そうなジェイクに安堵の色を隠せなかった。
だがジェイクの方はと言えば、駆けつけてきたリサにも気づかないほどクルーダスの遺体に没頭していた。そしてジェイクはクルーダスを覆っていた布を全てはがすと、彼の体にあった傷跡を確認した。ジェイクはその傷跡を見ていたが、ひとしきりその傷跡を見るとジェイクはクルーダスを再び布で覆い、立ち上がった。
「シスターパーラ」
「は、はいっ」
ジェイクの声には凄味があった。とても少年が発したとは思えぬ声に、思わずパーラは身をすくませた。まるで熟練の騎士に咎められたように、思わず身を固めてしまうパーラ。
「俺が発見されて目覚めるまで、正確にはどのくらいの時間だった?」
「あ・・・四分の一刻程度かと」
「俺の剣は?」
「預からせてもらっています」
「すぐに持ってきてくれ」
「え、でも・・・」
「俺の剣を持て。すぐだ」
「は、はい」
ジェイクの声には有無を言わせない響きがあった。パーラははるか年少の騎士の言葉を受けて、逃げるように走って行った。
残されたジェイクにリサは近寄れないでいた。ジェイクから発せられるのは殺気ではない。純粋なまでの闘気に、リサは邪魔をしてはならないと控えた。
そしてパーラがジェイクの剣を持つと、ジェイクは剣を抜いて正眼に構える。そして剣を一振りして体の異常がないことを確認すると、剣帯に剣を固定し、外に出ていこうとした。パーラは既に何も言えずジェイクを見守るだけだった。周辺騎士団所属の彼女では、いかに年下であろうと神殿騎士の決定に逆らうべくもない。だがリサはジェイクのことを案じ、一つ声をかけた。
「待ちなさいジェイク。傷ついた体でどこへ行こうというのです?」
「ドーラを追う。クルーダスを殺したのはドーラだ。傷跡をみればわかる」
「どこにいるかもわからないのに?」
「まだアルネリアにいる。確証はないけどわかるんだ」
「何のために? まさか復讐でもするつもりですか?」
「・・・正直わからない。でも、復讐のために剣を振るうんじゃないんだ。そうじゃなくて、今追いかけなければ、きっと一生ドーラに会えない。会う資格をなくすだろう。そんな気がするんだ。それに聞きたいことが山ほどある」
「なぜ?」
「俺はあいつを友達だと思っている。いや、友達だと思っていたことに今気が付いた。俺はあいつと対等でいたい。なら、今追いかけないとだめなんだ。止めないでくれ、リサ」
ジェイクはリサをじっと見た。元よりリサにはジェイクを止めるつもりはない。だがひとつ釘を刺しておかなければ、この少年はどこまでも走って行ってしまいそうで怖くなったのである。
そしてその予想通り、ジェイクは頑として言うことを聞かないだろう。この子だけは他の子に比べて昔から頑固だったと、リサはため息をつきたい思いだった。
「・・・わかりました。一度言い出したら譲らない子ですからね、あなたは。ならば私からは一つだけ。このルナティカを連れていきなさい。危ない時にはこのルナティカが力になってくれるでしょう」
「わかった、それがリサの望みならば。ルナ、よろしく頼む」
「心得た」
ジェイクはそれだけ言うと、くるりと振り返って出ていった。そしてルナティカはジェイクがいなくなったあと、小声でリサに語りかける。
「リサ。ついていくのはいい。でもどこまで見守ればいい? 危険があればジェイクの意向を無視しても、連れ帰る?」
「そうですね・・・でもあの子も騎士です。もし中途半端なところで邪魔が入っては、余計に悔いを残すでしょう。ならば、存分にやらせてあげるのも私の務めでしょう」
「ならば、ジェイクが自分で意志を表示できない時になって初めて力を貸す。仮に途中で死ぬことになっても――そういうことでいい?」
「・・・ええ、そういうことでいいでしょう」
ルナティカは頷くと、影のようにジェイクの後を追いかけた。残ったリサは天を仰ぐようにして祈るのみだった。
続く
次回投稿は、5/14(水)19:00です。