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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その66~マスカレイド⑤~

「くうっ」

「おとなしくしなさい」


 マスカレイドをとらえたのはハミッテであった。彼女はマスカレイドの右肩を一瞬で外したうえで、喉元に匕首あいくちを突きつけ問いかける。


「見たところシーカーのようだが、何者だ?」

「う、ぐっ。わ、私を誰だと心得る? 貴様の方こそ何者だ!」

「質問は私がしている」


 ハミッテの冷徹な声が聞こえ、マスカレイドの左親指が折られた。鈍い痛みと、嫌な汗がマスカレイドの背中を伝う。この相手は本気だとマスカレイドは悟った。おそらくは、自分の命など羽虫程度にしか考えてはいまい。答え方を間違えれば、何のためらいもなく自分は殺されるとマスカレイドは理解した。

 マスカレイドは素直に問いかけに答えた。


「私はアミル。シーカーの王族に連なる、フェンナ様に仕える女官だ」

「それがなぜこのようなところに?」

「使いの帰りだ。緊急の用事で外に出ていたら遅くなった。今からじゃあ門衛に咎められる。私はこの地下水路の抜け道を知っているんだ」

「ほう、抜け道とな」


 ハミッテの口調がやや小馬鹿にしたように声色が上がった。マスカレイドはからかわれているように感じながらも、弁明を続けた。


「そうだ、偶然知った抜け道だ」

「いつごろ?」

「ひと月にもならない。それからちょくちょく使っている」

「何のために?」

「・・・逢引だ」

「指を見る限り、誰かの妻のようだが?」

「そんなのは私の勝手だ!」


 マスカレイドは羞恥に顔を赤らめる演技までしてみせた。その程度の演技はマスカレイドが何度となくしてきたことであり、彼女の演技力は役者顔負けであるのだが、ハミッテは薄ら笑いを浮かべながら軽い口調で、マスカレイドの言い分を聞いていた。


「なるほど、相手の身分と名前は?」

「・・・肉屋のバトスだ」

「人間ね。どこが良いわけ?」

「ふん、言わせる気か? 下衆な女だ」

「シーカーは淡白だって聞いていたけど、貴女は違うのかしらね」

「個人差はどの種族にもある」

「ふぅん。ねぇ、ちょっと聞いてみたいのだけど、人間とシーカーの男ってどこがどう違うわけ? 体力? それともアレの良さ?」

「おい、ふざけるのも大概に――」

「それはこちらのセリフよ、スコナーのマスカレイドさん?」

「!?」


 突然本名を言い当てられて、マスカレイドの瞳が驚きの色を隠せない。なんとか相手の顔を見ようとしたが、振り返ろうとしたマスカレイドの顔は地面に叩きつけられた。


「ぐあっ」

「誰がこちらを向いていいと言った? まだ私の質問は続いているぞ」

「なぜ私の名前を知っている!?」

「貴女のことなら何でも。どこでどう生まれて、誰に育てられて、誰の命令で何を目的にここに潜入していて、どのようにして化けているか。なんなら初恋の相手の名前と、初体験の相手と場所も言いましょうか?」

「貴様、記憶を読んでいるのか!?」


 マスカレイドは後ろにいるハミッテの能力に気付いたが、だからと言ってどうなるものでもない。それでも先ほどよりは落ち着いていた。記憶を自在に読み取ることができるなら、用済みの相手は殺せばよい。なんなら死体からでも読み取れるのかもしれない。

 なのに、自分は今生かされている。そうなれば理由は一つ。まだ後ろの女は自分に用があるのだとわかったのだ。下でもがく自分を抑えながら上の女は笑っているのだろうとマスカレイドは感じ取り、屈辱に身悶えながらも思考を早めていった。ここから先は自分の売り込みである。かつてヒドゥンにそうしたように、いかに自分の有用性を伝えられるかだ。まだこんなところで死ぬわけにはいかないと、マスカレイドは心に固く誓っていた。


「記憶が読めるなら、私の本当の目的もわかるだろう?」

「そうね。確かにスコナーの復権とは考えたこともなかったわ。それにスコナーが滅びかけていることも知らなかった」

「追い込んだのは貴様たち人間だ。そして裏切り者のシーカーだ! あいつらのせいで我々は――」

「語らなくてもよいわ。もう既に知っているもの」

「ならば話は早い。私を生かせ、そうすればお前たちの役に立つ。私は一族さえ無事なら、誰に仕えても構わないんだ」

「そうねぇ・・・」


 ハミッテは悩むふりをして、意地悪そうに笑った。


「誰に仕えてもいいと言うなら、いつ裏切るかわからないということよね? そんな相手、とてもじゃないけど信用できないわ。やっぱり今殺した方がいいかも」

「だが、貴様たちはオーランゼブルの本拠地を知らないはずだ」

「あなたの頭の中にもなかったわ」

「だが、行きつく方法がある。私なら行きつける、お前には無理だ。違うか?」


 ハミッテはしばし考えた。確かにマスカレイドの能力と立場をもってすれば、潜入は可能かもしれない。ハミッテも知っている。黒の魔術士たちの目的は、いまだもって不明であることを。ハミッテには正直、黒の魔術士共の考えなどどうでもよいことだったが、やがて向き合わねばならない問題であることは明白だった。

 ハミッテは中々の交渉をする相手だと考え、すっと刃を下げた。


「なるほど、一理ある」

「そうだろう。ならさっさと私の上からどいてくれ。重くてかなわん」

「これでも体格には気を使っているのだけどね――お前の言うことを聞いてやってもいい。だが一つ条件がある。オーランゼブルの本拠地を突き止めるために期間は一年以内。ひと月ごとにどんな動きがあるのかを、私に逐一報告しろ。一年で成果が上がらなかった場合、お前は殺す」


 ハミッテに組み伏せられながら、再度マスカレイドの緊張が高まったのが感じられた。だが彼女の返事は早かったのだ。


「いいだろう、一年以内だな?」

「そうだ。一日たりとも延期は許さん」

「ふん。それで? 成功報酬には何を私にくれるんだ?」


 ここにおいて図々しいことを言うマスカレイドに、ハミッテは彼女の顔面を地面に叩きつけ、マスカレイドが悶絶する間に飛びのき、影に身を隠した。


「調子に乗るなよ、小物が。お前の提案など数ある方法論のうちの一つに過ぎない。その気になれば、私の機嫌次第でお前はいつでも死ぬ立場にあることを忘れるな」


 マスカレイドは何か反論しかけたが、ハミッテは彼女の言葉を待たなかった。これ以上話すことはなかったのだ。

 そうしてハミッテが去ったあとで、マスカレイドは地面を数回殴りつけた。拳が痛み、血がにじみ出るのを感じると、周囲に不審に思われることを避けようとする自制心が働き、その手を止めさせた。

 怒りは制御できる。ただ一つ、悔しさだけが残った。


「くそっ・・・いつまで私はこんな生活を続ければいいんだ!」


 マスカレイドの絞り出すような声は、地下水路に溶けるように消えていった。



続く

次回投稿は、5/12(月)19:00です。

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