逍遥たる誓いの剣、その64~騎士の資格④~
「あんさん・・・まさか何も考えとらんかったんか?」
「何も考えていなくはない。ただ、俺は本当に命令されただけなのだ。詳しいことは何も知らないし、知る必要もない。余計なことをしれば、オーランゼブルに敵対視される。奴はこの世の魔術に詳しすぎる。本格的に睨まれたら、俺では抵抗できぬだろう。
何も知らないでいるからこそ、役に立つ場面もあるだろう。頭を使うのは、さほど得意ではないのだ。ならば余計なことは考えず、己がすべきことにのみ集中した方がよかろうというもの。貴様にとって何が大切なことかは知らぬが、ジェイクにとってのリサのように、俺にとっては主に対する忠誠こそが全て。それ以外のことは、正直どうでもいいのだよ」
「忠誠ねぇ。ワイにはなんとも縁遠い言葉やな。でも、あんたにそれだけ忠誠を誓わせる相手、今はそこまで魅力的なんかいな?」
ブランディオの言葉にひっかかるものを感じたドーラに、わずかに迷いと殺気が籠る。
「それはどういう意味だ?」
「そのままの意味や。忠誠ってやつは、誓う相手を間違えると破滅一直線やからな」
「貴様はどうなのだ?」
「ワイが一番可愛いのは、常に自分やで。忠誠っちゅうよりは、交換条件かいな」
「掴めん奴だ」
クルーダスはそのような会話を聞きながら、なんとか生き延びようと剣を手探りで探した。だが剣は見当たらず、そして左手は動かない。よく見れば、肘から先はもうなかった。右手も、もう指が三本ない。さらには、あるべきはずの自分の下半身がないことに気が付いた。出血があまりないから意識こそ保てているが、徐々に獣の姿が人間に戻っていくことに気づく。完全に人間に戻れば、生きてはいられまい。獣の生命力だからこそ、いまだに命をつないでいるのだから。
逃げるなら今しかない。クルーダスは懸命にこの場から脱出しようとしたが、それを見逃す二人ではない。案の定、ブランディオがいち早く気が付いた。
「呆れたわ、まだ動くんかい。ほんまに人間やないねんな、その頑丈さは。でも逃げるんは無理やで。お前は間もなく死ぬ」
「あ・・・うあ・・・」
「意識が混濁しとるな。それでも生に執着するとは、まだなんぞ未練があるんかい。どれ」
ブランディオが手のひらをクルーダスの頭に当て、クルーダスの記憶を読みとった。彼の人生が、濁流のようにブランディオに逆流するのを整頓しまとめあげ、小川のように穏やかな流れにする。ブランディオは、クルーダスの人生の記憶を、おおよそを読み取った。
「――なるほどなぁ。この状況で、俺の裏切りを仲間に伝えようとするんか。立派っちゅうか、憐れやな。さっきまで欲望に任せて全部ぶっ壊そうとしとったのに、意識が混濁した状況でとる行動がこれか。騎士っちゅうんは、まるで呪いのようや」
「・・・そうだな、俺もそう思う。この男は剣士や戦士だったらば幸せに生きることができたろう」
「やっぱりアルネリア教ってのは歪んどるなぁ。きちんと正さんと、この先何度も悲劇は生まれるやろうな」
「お前がそんなことを考えるような殊勝な奴には見えんがな」
「まあ形式上、そういうことにしといてや。それで、この騎士のとどめを頼んでもええかいな? ワイが仕留めると、何の拍子で気づかれるかもしれへんからな。獣を前に血の匂いをつけるんはよくないわ」
「代わりにこの場は見逃すと、そういったところか?」
「話が早い奴は好きやで」
ブランディオが笑顔で返し、ドーラはため息をついた。振り上げたその剣が、クルーダスの心臓に狙いを定める。
「せめてもの情けだ、首は残してやろう。どうやら貴様の首の代わりになりそうなものがあるらしいからな。ではさらばだ、若き剣士よ。いずれ涅槃にて会おうぞ」
ドーラはそう告げると、クルーダスの背中から剣を心臓に突き立てた。クルーダスの体が大きく一つ刎ねると、彼の呼吸はやがてゆっくりとなり、そしてついにぴくりとも動かなくなった。ドーラはクルーダスの死を確認すると、剣を引き抜いて影の中に戻した。そして外套を目深にかぶり、その場を後にしようとする。
ブランディオが背後から声をかけた。
「今更やけど、ワイはやらんくてええんか?」
「必要ない。それよりもいち早くこの都市を脱出する必要がある。お前みたいに手強い奴と、直接やり合っている暇はない。
いかに手薄とはいえ、この都市を脱出するのはそれなりに手間取るだろう。まだ何らかの仕掛けや奥の手があるとも限らない。俺はミリアザールのことを見くびってはいないよ。昔からそうだった」
「へえ。直接知っているんかいな?」
「面識はある。俺の顔を直接見ていないはずだがな」
「人間っていろんなところで関わっているんやなぁ。ワイはそういうのちっともあらへん」
「そういう風に生きているからだろう?」
「まぁそうやなぁ。あんまし目立つの好きやないんや」
ブランディオが照れくさそうにするのだが、既にドーラは闇の中にすっと気配を消していった。姿が見えなくなると、あっという間に気配も消える。見事なまでの気配遮断に、ブランディオも内心で拍手を送った。
そして残されたジェイクと、クルーダスの死体を見る。
「奴が最初の騎士にして、騎士の原型か。強いにもほどがあるわ。この状態のクルーダスとやりあって、傷一つつかんとはなぁ。
しかし歴史っちゅうんは適当なもんや。騎士の都合のええ部分だけ伝えて、奴の本当の人物像なんかちっとも伝えてへんねんな。あんな孤独と苦しみを抱えた騎士になりたいんか、お前ら?」
クルーダスがジェイクの表情をうかがう。見事に気絶させられてはいるが、命に別状はなさそうだ。このまま放置しても何も危険はないだろうが、この一帯には人除けの魔術が貼ってある。明らかに人間の手によるものではない。放っておけば発見が遅れる可能性もあるし、水場が近い。気絶したまま水場の近くに放置すれば、溺死する可能性もある。
ブランディオは深くため息をついた。
「うーん、発見されやすい場所に放置しておくかぁ。面倒くさいなぁ。それにこっちは・・・」
ブランディオがクルーダスの方を見る。彼もこのまま放置すれば、人知れず朽ちていく可能性もある。
ブランディオはばりばりと頭をかいた。
「このまま朽ちさせるには惜しいわなぁ。死に際くらい、綺麗でもええやろ。呪われた一族とはいえ、な」
ブランディオは2人の少年を担ぎ上げると、すたすたと歩いて去った。後に残る血痕が、傷跡が、戦いの激しさを物語っていた。
続く
次回投稿は、5/8(木)20:00です。通常ペースに戻します。